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Showing posts from May, 2026

【ひとり寿司】第26章

→ 作品ページにもどる 第26章 いや、彼のことは、少しも怖いと思わなかった。だって、あと数分後に、彼女は彼を殺すつもりだから。 「エイデン! 今の、本当に痛い!」レックスは、上半身を起こしてPT治療台を押し、エイデンの指によるマッサージ——いや、太腿の外側の拷問から逃げようとした。 エイデンの穏やかな声は、レックスを叫びたい気持ちにさせた。「腸脛靱帯はヒップから太腿、そして膝関節まで走ってる。これが硬くなると、怪我が起こるんだ」彼はもみ続けたが、戦闘靴で足をゆっくりと蹴られているように感じる。 レックスは治療台の端をつかんだ。「痛いのはもう十分じゃない? 手術して、水膨れもできた。鎮痛剤も使えなかった。覚えてる? ねえ!」 隣の治療台で別の患者を診ているもう一人のセラピストは、同情しながらも面白そうに見ていた。そっちの患者は、レックスの叫び声に反応して、青くなっていた。 レックスは気にしなかった。(罵声を浴びせてやろうか) やっとエイデンは手を止めた。「今日はこれぐらいでいいと思う」 「思う?」 「家でもやってみて。楽になってくるから」 「信じられないわ」患部をさすると、熱く敏感になっている気がした。それに、エイデンにさわられるのに慣れることが、理学療法の最も難しい部分だろうと思っていた。 「じゃあ、ジムでちょっとエクササイズしようか」 レックスは治療台から降りた。「エクササイズだったら、できるわ」 エイデンは患者エリアから公共のジムエリアに案内してくれた。「ちょっと筋萎縮があると思ってて」 「切ってから四週間なのに? 冗談じゃないわ。最高の体調だったのよ」 五分後、マラソンを走ったように息切れした。足は鉛のように重い。 「頑張れ」エイデンはレックスの前に立った。「足をもっと高く上げて」助手に頼む代わりに、彼は自分で彼女のエクササイズを指導することに決めた。レックスは、助手の方がよかったなと思った。そっちの方が親切そうに見えたから。 一方を足首に取り付け、他方に滑車がついたコードを引っ張ると、真っ直ぐ伸ばした足への抵抗が上がる。大腿四頭筋が燃えている。お尻の外側も。いい方の足も燃えている。 「もう一回」エイデンはレックスを見ていた。「もっと高く。いいよ」 足を下ろすのが少し早す...

神様はコピー機を直してくださるの?

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仕事でコピー機が壊れた時、神様は直してくださるのでしょうか? 詩篇には、ダビデが神様の力によって敵を打ち破ったり、城壁を越えたりした話がたくさん出てきます。 ……さすがにドラゴン退治まではありませんけど。 「神様には何でもできる」と頭では分かっています。 けれど正直に言うと、私は「山を動かせるほどの信仰」を持っているとは、とても思えません。 だから私は、イエス様にこう願った人の言葉に、すごく共感します。 「信じます。不信仰な私をお助けください。」 疑いたくないのに、どうしても「自分の目に見えるもの」や「自分の力」だけを頼りにしてしまうことがあります。 イエス様は「神には不可能なことはない」と言われました。 でも実際の毎日の中では、どうしたらいいのでしょう。 コピー機が壊れて、10分後の会議までに500枚印刷しなければいけない時。 締切一時間前なのにレポートが終わらない時。 六時間かけた実験を、一瞬で台無しにしてしまった時。 そんな時、私の頭の中を占める言葉は決まっています。 「私が」 「私の仕事が」 「私の努力が」 気づけば、自分のことばかり考えてしまっています。 もちろん、神様が突然白い服で現れて、「はい終了!」と魔法みたいに全部解決してくださるわけではありません。 コピー機が急に直るわけでも、締切が延期されるわけでも、落とした実験プレートが元に戻るわけでもない。 ……まあ、研究室で奇跡を祈ったことはありますけど。 でも、神様に心を向けて祈る時、不思議と気持ちが変わることがあります。 「全部自分で何とかしなきゃ」と握りしめていた力が、少しゆるむのです。 すると、落ち着いて別の方法を考えられるようになります。 二階のコピー機を使えばいいかもしれない。 集中すれば、レポートは間に合うかもしれない。 やり直しになっても、以前より早くできるかもしれない。 状況そのものは変わらなくても、心の中に少し余裕が生まれる。 私は、それも神様の助けなのではないかと思うのです。 スーパーヒーローみたいな力を感じるわけではありません。 でも、自分の不安ばかり見つめるのではなく、神様の愛に目を向ける時、苦しい状況の中でも前を向きやすくなる。 ……とはいえ。 いつか本当に、神様...

【ひとり寿司】第25章

→ 作品ページにもどる 第25章 「ミミに聞いてみよう」 「ええっ?」ベッドに横になりながら、レックスは痛む背中の後ろに置いてある枕を動かす手を止めた。「冗談だよね?」 ビーナスは携帯を出した。「あの子、何年か前に車の事故に遭った時の傷痕、全然ないよね。火傷がひどかったじゃない、あの時。あなたの水膨れをどうしたらいいか、聞いてみよう」 あのいとことは、クラスタシアン・レストランでゲス野郎のジョージを盗まれて以来、会ってなかった。 「だけど、ミミよ。あなたも好きじゃないと思ったけど」 「他にいい考え、ある?」 レックスはまたCPMマシーンを始動させ、徐々にひいてきた水膨れから波のように打ち寄せる痛みのために、顔をしかめた。「ないかもね」 ビーナスは電話をかけた。初めは少しとげとげしい話し方だったが、うまくいった。「ミミ、これから来るって」 「どうせ、私がひどい状態なのを見て、ほくそ笑むために来るんでしょ。期待しないことにする」 「スープを温めるわ。あなた、三日も食べてないでしょ」 レックスは枕にもたれた。CPMマシーンは左足ではなく、右足だけを動かしている——だから、仕事のために悪くなった脊椎の下の方がさらにひどくなった。 携帯が鳴った。「リチャード、何の用?」 「お気に入りのお兄さんに向かって、その言い方はないだろ」 「切るから——」 「待った、待った。行ってもいいか?」 警笛が鳴った。「何で? 病人のうちなんて来たことないでしょ」 「実は、友達と——」 「友達って? リチャード、私ね、手術したのよ」体を伸ばして、背中の痛みを和らげようとした。 「大丈夫か? 出血は?」 「三日間ゲロってる」 「ああ」間が空いた。「だけど、やっぱり連れていってもいいか?」 レックスは電話をパチっと閉じた。 ビーナスは、電子レンジのタッチパッドを押した。「最近、よく男を紹介してくるわね」 「そうなの。訳が分からない。多分おばあちゃんの差し金かも」 「だけど、おばあちゃんは彼の弱みを握ってないでしょ。どうしておばあちゃんの言うことを聞くのかなあ?」 「確かに」 生ぬるいチキンヌードルスープを半分食べ終わった頃に、ドアベルが鳴った。「ミミ、もう来たのかしら」もう一口、すすっ...

【ひとり寿司】第24章

→ 作品ページにもどる 第24章 トイレに行きたい。 手術台の上で何時間寝ていたのか知らないが、レックスは天井を見つめ、すっかり目が覚めていた。寝袋の中で寝そべっているビーナスの小さいいびきは、CPMマシーンが足を曲げ伸ばしするリズミカルな機械音と呼応しているようだ。 かわいそうなビーナス。あのネズミのことについて尋ねる余裕もなく(あの後、まだ見かけていない)、レックスのために全てを整えた後、疲れ果てて倒れ込んだ。今、彼女を起こすことはできない。 マシーンが足を曲げると、頭がかべにぶつかった。ベッドのバカ。斜めに寝ても、マシーンをつけて横になると短すぎることに、どうして気がつかなかったのだろう。スペースがないから、ベッドを壁から少し離すこともできない。ビーナスはベッドの足元に段ボール箱を引っ張ってきた。CPMマシーンが、レックスの足と一緒に滑り落ちないように、固定する必要があったのだ。足が真っ直ぐになるのを待って、電源を切った。 レックスは、アイスマシーンを抜いた——これも、ビーナスを疲れさせた理由の一つだった。レックスの小さい冷蔵庫は製氷機がついていないことが分かった後、ビーナスはスーパーまでアイスバッグを買いに行ったのだが、この氷は、レックスがバレーボールのために使っていた大きいクーラーの中でゆっくりと溶けた。ビーナスは、明日も氷を買いに行かなくてはならない。 レックスは、横に飛んでベッドから出なくてはならない——松葉杖につかまりながら飛ぶのは、大変なわざだ。延長コードでつまずきそうになった——家にあった延長コードは五○センチほど短すぎたので、ビーナスが(また)買ってきたのだった。 トイレは海の向こう側にあるように思えた。本当に、早く行かないとまずい。 狭いトイレまで、何かにぶつかりながら足を引きずり、トイレに座った。膝は鈍い痛みを感じているだけなので、よかった。ノボケイン(麻酔薬)はまだ切れていないようだ。 一日中ビーナスにきつく当たり、怒っていた。明日はもっといい子になろう。 最悪なことは終わったのだから。 ********** 「ノボケインが切れてきたみたい」これは報復だろうか。昨日の鈍い痛みは、関節に千本の針が刺さっているような痛みに変わった。 ビーナスは、スターマガジンから目を上げた。「バイコディ...

【ひとり寿司】第23章

→ 作品ページにもどる 第23章 祈ることができなかった。 レックスはベッドの中にうずくまり、時計をじっと見た。手術は明日——少し眠らなくては。そうすれば、手術室の看護師に言われた、「深夜以降に水を飲んではいけない」という決まりを守らずに、冷蔵庫のウォーターボトルを一気飲みしたいという誘惑からも解放される。 コンドミニアムに引っ越してから一週間が過ぎた今でも、レックスはネズミの音に耳をそばだてていた。その後、あのネズミは出てこなかったが、それでもベッドの周りにわなを仕掛けた。 静かなワンルームは、祈りが届かないほど壁が厚い鳥かごのようだ。神様は、レックスの祈りを聞いているのだろうか? (本当に、あなたに怒ってるんですよ。もちろん、もうご存知ですよね) 聖書を読むべきなのかもしれない。だけど……まだ開けていない段ボール箱の中に入っている。それに、どこから読むべきなのか、見当もつかなかった。不運な自分のことだから、どうせ「ユダはアリストテレスをもうけ、とかなんとか」いう箇所を開くのがオチだろう。下手をすると、血にまみれた野蛮な戦争の箇所かもしれない。 母が亡くなった時と同じように、見捨てられた気分だった。化学療法のために具合が悪くなり、結局、効果は何もなかった。母はレックスの手を握りながら、自宅で亡くなったのだ。自分の最期のために着飾って。 レックスは身震いした。膝の手術を受ける前夜に母の死を思い出したのは、あまり賢明ではなかったかもしれない。 強くならなくては。自分が持っているもの——それを考えるべきだ。手術後は、ビーナスが面倒を見てくれる。最後の最後に一階のコンドミニアムの部屋を見つけ、ネズミは戻ってきていない。外科医の腕は素晴らしい——オークランド・レイダーズ(フットボールチーム)の顧問医だ。 (だから、早く寝て、明日手術を受けよう) レックスは横になり、コンドミニアムの静けさに耳をすました。 眠れない。お水のことに取りつかれていた。 ********** 「大丈夫だって」ビーナスは、また彼女を優しく説得した。「台の上で、死んだみたいに深い眠りに落ちるの」 「その『死ぬ』って言葉、使わないでくれる?」 レックスは、手術センターの待合室にある、座り心地の悪い椅子の上でモゾモゾした。それほど座り心...

【ひとり寿司】第22章

→ 作品ページにもどる 第22章 レックスが片方の腕をビーナスの首に回して車に乗り込む間、エイデンは、前のドアを開けて押さえていた。かわいそうにビーナスは、身長の差があるために老女のようにかがまなくてはならない。 レックスは黙ったままだった。家に運び込まれ、たるんだソファに倒れ込んだ。呼吸は荒く、痛みのために顔が歪まないよう努力した。ジェニファーは、レックスの膝を楽にするためにベッドルームから枕を二つつかんで居間へと急いだ。 普段の二倍の大きさに腫れ上がった膝を見つめた。また涙が出てきた。 ジェニファーがエイデンに何か囁いている間、ビーナスはレックスを看ていた。彼が出ていく時、ビーナスは振り向いて彼に手を振った。「ありがとう、エイデン」 レックスはまだ黙っている。口を開けることができなかった。頭は何かを言うよう命令しているのだが——少なくともうちまで送ってくれたエイデンに感謝するぐらいは——アロンアルファで喉が固く閉じられたようだった。 ビーナスの顔は青白い能面のように、悲しげだが落ち着いていた。ソファーの反対側に座っているジェニファーの目は、涙でうるんでいた。ビーナスは、じょうぶなコーヒーテーブルの上に腰を下ろした。「お父さん、いつ帰ってくる?」 「コホッ」レックスは咳払いをした。「一〇時」その言葉を言うだけで疲れた。 三人は、古い鳩時計がいつものようにカチカチ音を立てるのを聞きながら、黙って座っていた。レックスの頭の中は、霧が充満していた。しかし、少しモヤがはれ始め、誰がいないのかに気がついた。 「トリッシュは?」その声は、柔らかく、悲しげな口調だったので、まるで自分の声ではないように聞こえた。 ビーナスは、唇を噛んでいるジェニファーを見て、レックスの肩に触れた。彼女は飛び上がった。 「トリッシュは……行くところがあって」 レックスはトリッシュに会ったかどうかを全く覚えていなかった——中でも外でも——あの後——唾を飲み込んだ。「いつ? どこに行かないといけなかったの?」 ビーナスは目をそらせた。ジェニファーは、ソファーのほつれた糸をいじっている。 「どっちでもいいから、言ってよ」その言葉は、すすり泣きで終わった。 ビーナスはため息をついた。苛立っているように聞こえた。「トリッシュはね——」ビーナス...

【ひとり寿司】第21章

→ 作品ページにもどる 第21章 やだ、やだ、やだ! よりにもよって、こんなときに遅刻なんて! レックスはタイヤを軋らせて、中央高速を降りてすぐのところにあるワサマタユ施設の大きな駐車場に入った。重いジムバッグをつかみ、ロビーへとヨタヨタ走った。 「レックス・坂井です。バレーボールのトライアウトに来ました」 受付担当者は、スポーツクラブの後ろにあるバレーボールのジムを指さした。 巨大なジムに入りながら、恐怖のために気を失わないよう努力した。新しいジムに行くと、その値踏みをする癖があるのだが、ここは、これまでに見たジムとは雲泥の差だ。天井はとても高く、ライトは眩しくないよう完璧に配置されていて、理想的な照明のコートだ。ワックスを塗ったばかりの床の上で、スニーカーの底が鳴り響いた。周囲の壁に並んだ新しいアルミニウムの観客席に取り付けられた木の椅子——折り畳まれているが、椅子を引っ張ったとしても、コートの周りにはまだ十分なスペースがある。最高級のネットは、たるみなく、二つのコートにピンと張られている。 レックス以外に女子が九人、サイドラインでウォームアップしていた。アジア人はレックスだけ——みんな彼女より一〇センチ以上背が高い。幸先が良くない。 彼女らはお互いの様子を伺っているようだった——お友達ごっこはしない、ここでは。バレーボールのトーナメントで会ったことがあるような顔を数人、見つけた。みんな優秀な選手だ。 (怖気づいちゃダメよ)靴を履き、ストレッチを始めた。さっきストレッチをしていた女子らはウォームアップを始め、ボールを投げて肩の筋肉をほぐし、その後、レシーブ、トス、そして最後にペッパー(対人レシーブ)。 レックスは急いでストレッチをした。どうしてまた遅刻してしまったのか? 確かに時計を確認したはずなのに。後悔と罪悪感が肩の筋肉を引っ張り、心拍が速くなった。 (やめなきゃ。緊張してる場合じゃないわ) 三人組でウォームアップをしている女子に近づいた。「誰か私とウォームアップしてもらえる?」 笑い合っていた三人は、笑うのをやめた。「もう終わったわ」氷のような青い目の金髪直毛がボールを取り、彼女の後をついてコートから出るようにと、自分の取り巻きに身振りで示した。 胸腔が溶鉱炉のようになり、手が震え出した。ネブカド...

【ひとり寿司】第20章

→ 作品ページにもどる 第20章 トリッシュが久しぶりに教会に来た。ワーシップ・リーダーが閉会の祈りを言い終わる前にトリッシュが抜け出さないよう首を伸ばしながら、レックスは、長椅子でそわそわしていた。 「アーメン」 レックスは椅子から飛び上がり、教会の裏へと急いだ。後ろの方に座っていたトリッシュは、すでにドアの外に滑り出ていた。 トリッシュがマリコのブライダル・シャワーに来ていれば、家の前であっさりレックスを降ろして走り去るという行動をエイデンに取らせるようなことを、レックスは言わなかっただろう。ドラマミンのせいで眠すぎて、思い出せなかった。少なくとも、車を取りに、父と一緒にマリコの家まで行くべきことは覚えていた。 「レックス」 立ち止まって振り向いた。「ビーナス。今日は教会、行かなかったの?」ビーナスは、レックスの教会の独身男性が執拗に言い寄ってくるので、別の教会に行っていたのだった。 「今日はこっちに来たの。あなたに会いたかったから」 「どうして?」レックスは、トリッシュがトイレに隠れるのを見た。よかった。ビーナスと話す時間ができた。 「ブライダル・シャワーのこと、聞いたわよ」 低いうめきが喉の中でゴロゴロした。「その話はやめよう」 「デトックスの泥ラップはどう?」 「へ?」レックスは顔をしかめた。「ちょっとまだ胃の調子が良くないの、ビーナス」 「違うって。ベルビュー・スパのデトックス・トリートメントよ」 「私の肌はそんなに大事じゃないから」 「リラックスするためよ、バカね」 「あーあ、すごい、それいいわ、ビーナス」トリッシュがトイレから出てくるのが見えた。「ちょっと待って、トリッシュと話さなきゃ。トリッシュ!」 トリッシュは振り向かなかった。いつも日曜学校の先生をスカウトしようとしているミセス・キャスカートに追いかけられているかのように、建物から走り去っていった。おしゃべりをしている人のグループを迂回しながら、レックスはトリッシュを追ってドアの外に出た。 よろめきながら駐車場に出ると、賢そうなアジア系の男性が運転する赤いマツダのオープンカーに、ちょうどトリッシュが乗り込むのが見えた。彼らは車を急発進させて、教会の駐車場を出ていった。 取り残された。虚しさのためにお腹が痛い。トリッシ...

【ひとり寿司】第19章

→ 作品ページにもどる 第19章 マリコは、その悪名高い甘党遺伝子の威力をフル活用していた。 食べ物のテーブルを眺めながら、レックスはすでに、歯のエナメルが砂糖にやられるのを感じた。ナッツ入りバナナブレッド、セサミボール、アーモンドクッキー、フルーツカクテル、アーモンドカスタード、蒸しケーキ、それに、エビとくるみのはちみつソースもある。その朝、トランズ・ニュークリアコーヒーショップで買った強いコーヒーが、お腹の中でブクブクと音を立てていた。 「お腹空いてないの?」レックスのいとこのティキは、チョコレートクロワッサンを食べながら、不可能なほど長いまつ毛をゆらゆらさせている。 そもそも、アジア人のティキのまつ毛が何故そこまで長く、カールしているのだろう? 偽物に違いない。それに、何のためらいもなくチョコレートクロワッサンを食べているこの子がゼロサイズなんて、信じられない。ティキは息子も一人産んでいるというのに。 「ねえレックス、マリコは何かあなたを驚かせたいことがあるそうよ」 レックスはティキをのぞき込んだ。「時間の無駄よ」 猫のような目が、陽気に輝いた。「そうなの? どうして?」 「バイロン・ハーベイがいるのに、男は要らないわ」サクラメント・キングズのトップスコアラーだ。 ティキは瞬きした。その顔はぼんやりしている。脳みその容量と同じだ。「それは……いいわね」 レックスは口をすぼめた。「そうなの……バイロンか、ジェフ・ジャーマンか、どっちにしようかと思ってさ」 ティキの整った眉毛にシワができた。「誰それ?」 「ジャーマンよ。オークランドA’sの」 眉毛が真っ直ぐになった。「ああ、野球ね」選手の名前など知るものか、という言い方。 レックスは、横隔膜が落とし戸のように落ちるのを感じた。このおバカさんは、スポーツのヒーローを誰も知らないのか。マリコの結婚式にプロのアスリートを連れて行くということは、文盲者が集まるディナーでピューリッツアー賞に輝くようなものだ。 「タヴィが泣いてるわ」ティキは、金切り声を上げる赤ん坊をなだめようと、飛び出して行った。 レックスは肩を落とした。少なくとも、UCLAの同窓会担当者の機嫌を取ってバイロンの電話番号を聞き出す手間が省けたから、よかった。どうせ、本物の恋人だと祖母に...

【ひとり寿司】第18章

→ 作品ページにもどる 第18章 今は、レックスが大好きな気晴らしの時間——いとこのブライドジラの相手をすることだ。できる限り長い間放っておいたのだが、今は金曜日の夕方。オフィスのドアを閉め、マリコに電話をかけようと腰かけた。 「もしもし?」 レックスはためらった。甘く柔らかい声——とてもマリコらしくない。「マリコ、レックスよ」 「何か用?」マリコはいつもの声で怒鳴った。 「明日のブライダルシャワー、行けない」 「もちろん、来られるわ」一言一言がナイフのように鋭い。 レックスはため息をついた。マリコはホルモンに動かされている。「考えてみて、おばあちゃんが決めたブライズメイドで、私はその中のただ一人よ。友達との楽しい時間を私に壊されたくないでしょ」 意味ありげな沈黙——マリコのどっちつかずな態度が目に見えるようだった。(おばあちゃん……友達と楽しむ……おばあちゃん……友達と楽しむ)「ダメよ」 「どうしてよ?」 「おばあちゃんに殺されるからよ」困窮しているような調子の声だった。 「おばあちゃんは来ないでしょ。私が行かなかったことがどうやって分かるの? 誰かが告げ口するとか?」 「だって……おばあちゃんから電話がかかってくるわ。どうだったかって」 何という下手な言い訳、たとえマリコだったとしても。彼女に対するレックスの信頼は、ハワード叔父さんが悪い冗談を言わないことを信じているのと同じぐらいのレベルだった。「他に何かあるんでしょ?」 「何もない」しかし、そのキツい言い方からは、本物の苛立ちが感じられなかった。 何故マリコは、そこまで頑としてレックスに来てもらいたいのだろうか? 「何かおばあちゃんに頼まれてる? 私に紹介したい男を招待したとか?」 「ち、違う! あなたのためにそんな努力はしないわ」 「そうよね。だけど、おばあちゃんのためだったらするでしょ」 「あなたって、本当に自分のことしか考えてないわね。絶対に来るのよ。そして、何もぶち壊さないで。あなたはいつも何かをダメにするんだから」 レックスは喉が苦しくなり、痛みを呑み込んだ。「そんなことない」咳払いをした。「そんなことない」そうだ、もっと力強く言った。 運よくマリコは聞いていなかった。「どうして次のOSFCがあなたなの? ...