【ひとり寿司】第21章
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やだ、やだ、やだ! よりにもよって、こんなときに遅刻なんて!
レックスはタイヤを軋らせて、中央高速を降りてすぐのところにあるワサマタユ施設の大きな駐車場に入った。重いジムバッグをつかみ、ロビーへとヨタヨタ走った。
「レックス・坂井です。バレーボールのトライアウトに来ました」
受付担当者は、スポーツクラブの後ろにあるバレーボールのジムを指さした。
巨大なジムに入りながら、恐怖のために気を失わないよう努力した。新しいジムに行くと、その値踏みをする癖があるのだが、ここは、これまでに見たジムとは雲泥の差だ。天井はとても高く、ライトは眩しくないよう完璧に配置されていて、理想的な照明のコートだ。ワックスを塗ったばかりの床の上で、スニーカーの底が鳴り響いた。周囲の壁に並んだ新しいアルミニウムの観客席に取り付けられた木の椅子——折り畳まれているが、椅子を引っ張ったとしても、コートの周りにはまだ十分なスペースがある。最高級のネットは、たるみなく、二つのコートにピンと張られている。
レックス以外に女子が九人、サイドラインでウォームアップしていた。アジア人はレックスだけ——みんな彼女より一〇センチ以上背が高い。幸先が良くない。
彼女らはお互いの様子を伺っているようだった——お友達ごっこはしない、ここでは。バレーボールのトーナメントで会ったことがあるような顔を数人、見つけた。みんな優秀な選手だ。
(怖気づいちゃダメよ)靴を履き、ストレッチを始めた。さっきストレッチをしていた女子らはウォームアップを始め、ボールを投げて肩の筋肉をほぐし、その後、レシーブ、トス、そして最後にペッパー(対人レシーブ)。
レックスは急いでストレッチをした。どうしてまた遅刻してしまったのか? 確かに時計を確認したはずなのに。後悔と罪悪感が肩の筋肉を引っ張り、心拍が速くなった。
(やめなきゃ。緊張してる場合じゃないわ)
三人組でウォームアップをしている女子に近づいた。「誰か私とウォームアップしてもらえる?」
笑い合っていた三人は、笑うのをやめた。「もう終わったわ」氷のような青い目の金髪直毛がボールを取り、彼女の後をついてコートから出るようにと、自分の取り巻きに身振りで示した。
胸腔が溶鉱炉のようになり、手が震え出した。ネブカドネザル王なんてクソ食らえ——これ以上熱くなったら、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴもフライにしてしまいそうだ。二人組でウォームアップをしていた他の女子も、レックスを見ないようにしていた。
怒りにまみれて誰かの顔にボールをぶつけたいと思う時はいつも、視野が広がった。照明は明るくなり、ジムは大きくなった。ネットの小さい揺れ、ブラブラするコード、一人の女子がパスをしようと少し動かした重心——全ての瞬間を捉えた。
レックスは壁の方へツカツカと進み、ボールを投げて肩を慣らした。感情はなくなっていた——全てのエネルギーが、そのボールに集中していた。燃える炎、原子核の星のようだ。
技術的に最も難しいトスの練習に移った。一人でウォームアップするのは久しぶりだった——いつもはチームメートと楽しみながらペッパーをして体をほぐしていた。やっと今、彼女の筋肉は水のように流れ、その体は、難しい課題でも正確に動く。これからはもっとこういうウォームアップをしよう。
男女のグループがジムに入ってきて、そのうちの一人が笛を鳴らしてみんなの注意を集めた。レックスは、彼らの周りに集まる女子の輪に加わった。
「ワサマタユで男女混合チームと女子チームのコーチをやってるダレンです。今日は、この二つのチームに入るためのトライアウトで、ポジションは一つです」ダレンはクリップボードをちらりと見た。「さて、ワサマタユは、エリートスポーツクラブのネットワークに属しています。みなさん、男女混合チームと女子チームのトーナメント・スケジュールを受け取ってますよね」
他の仲間の方を身振りで示し、名前を呼んだ。
「こっちのみんなは男女混合チームと女子チームのメンバーで、ここにいるクリスタは僕のアシスタントコーチ」
クリスタが一歩前に出た。「じゃあ、ドリルを始めましょう」
おいおい、このドリルは、レックスが自分の中学生女子チームにさせるものより簡単じゃないか。それに、ボールの制御練習の中には、自分のチームに新しく取り入れられるものがありそうだ。疲れたが、ヘトヘトになるようなドリルではなかった。立ったまま顔の汗を拭いていると、中には前かがみになって息をきらしている者もいた。
(あはは)
彼女らはブロックが得意だろうと予測していた——身長があるだけでも、ネットでは効果的だ。ブロックのドリルでは、タッチはできたが、他の数人の女子のようにはできなかった。しかし、トスのドリルでは上出来だった。
一八○センチの敵がフロントゾーンでボールを叩くのを見た後、最後のグループにいるレックスはアタックラインに立った。レックスはもっと上手なアタックの仕方を習ったことがあった。
レックスは、初めの二回、コートの真ん中にきれいなアタックを送った。三回目のアタックを始める前に、ダレンがネットの向こう側に来て、ブロックに入った。彼は、彼女にうなずいた。
ドリルの途中で、彼がブロックに入った選手はいなかった。
ニヤリとした。彼だったら、高めのセットが必要だ。「五番でお願いします」
セッターは、空中で浮いているように見えるきれいな弧を描いたボールを送った。レックスはアプローチを始め、踏み込み、跳んだ。
ダレンのいいブロック——コートの真ん中に楽に打ち込むことはできない。ギリギリで体をひねり、ラインに沿ってボールを打ち込んだ。白線の上にまっすぐ落ちた。素晴らしい。
レックスと同じアタックのグループにいる二人の女子のため、ダレンは続いてブロックに入った。一人は押し返され、もう一人のアタックは高すぎて外に出た。
またレックスの順番がきた。今度は少し近づいてきたので、ライン・ショットは難しい。レックスのきれいなカットショットは、彼の左脇の真下に飛んだ。
二人は着地し、彼はニヤリと笑った。
液体カフェインのように、エネルギーが彼女の静脈を走った。肺と筋肉が二倍大きくなったような気がした。
ディフェンスのドリルでは、コートの後ろにいた二人の女子と組まされた。レックスは、ダークブラウンの髪の子——ボールホグ——から少し離れて位置をずらし、金髪——のろま——に近づいた。ネットの近くで強く短いショットを受け、残りのボールも、下で待ち構えた。セッターへのレックスのパスは、完璧で滑らかだった。
そして、終わった。レックスはほとんど汗もかいていない気がした。この四時間より、キンムンと砂の上で練習した時の方がずっと疲れた。
レックスが靴を履き替え終わる頃には、他の女子はすでにいなくなっていた。ダレンがドアのところに立って、レックスを待っていた。
彼女が通り過ぎる時、彼はハイタッチをした。さっと周りを見て、彼女の方に傾いた。「楽勝だったね」
体の中が火照ってきた——体中が光になった気がした。「ありがとうございます」
「クリスタとちょっと話したけど、誰を選ぶかは極めて明らかだ」ダレンは声をさらに低くしたが、その笑顔はエタノールのようで、レックスの顔はもっと赤くなった。「レックス、君がチームに入るのを楽しみにしているよ」
**********
三人のいとこと一緒にお祝いをする場所は、ホットポットタウン・レストラン以外に考えられない。
ただし、そのうちの一人が、兄弟でもなく、いとこでもなく、ましてや親しい知り合いを連れてきたら、話は別だ。
ジェニファーがミスター・ゲッコウ——青白く、目の下がたるみ、常に唇を舐めている——と一緒に駐車場からレストランの方に近づいてくるのを見て、ビーナスがレックスをつっ突いた。「誰? あの人」
「彼氏かな?」
「ジェニファーも、彼のことが耐えられないように見えるわ」トリッシュは二人をじっと見た。「見て、ジェニファーが彼から離れるたびに、彼は近づいてる」電話が鳴った。「あ、和夫だ。ヘイ、ベイブ……」数メートル離れた。
ビーナスがレックスの方に傾いてきた。「ねえ、トリッシュに聞いた? 教会であなたから逃げた理由」
「私が呼んでるのが聞こえなかったって」
ビーナスは、(私がそんなにバカだと思う?)と言っているような表情を向けた。
「そうよね、私も信じていいのか、分からないわ」レックスは頭を横に振った。
「あの彼は、凶報だわ」
「だったら、あなたから話してみてよ。私と二人だけになるの、避けてるみたいだし」
「分かった」ビーナスは行きたくてウズウズしていた。
「そうだ、言うの忘れてた。住むとこ、見つかったんだ。教会の女の人に電話したの。その人の姪がね、自分のタウンハウスの空いてる部屋を貸したいんだって。ベッドルームは二階で、裏にカーポートがあるみたい。明日、見に行ってみるわ」
「よかったじゃない」
「やっと上向きになってきたかも」
ジェニファーが来た。「や、ヤッホー」
ゲッコウはビーナスの方にすり寄ってきて、用心深く見下ろそうとしている。ビーナスは一歩下がり、あのとびきりの、臓器を縮み上がらせるようなにらみを放った。彼は目が飛び出て、チワワのようにジェニファーの近くに小走りで動いた。
「ジェン、あなたの友達って?」ビーナスは一向に気にしないだろうが、レックスは彼のことを一晩中ゲッコウと呼びたくはなかった。
「ええと……ヘクターよ」
「素敵」ビーナスはせせら笑いを浮かべた。
「二人はどうやって知り合ったの?」レックスは、涼しい笑顔を見せた。
「実は……さっき会ったばかりなの」
レックスはジェニファーに向かって眉毛を上げた。
「あのね、レックス、あなたから電話があった時、おばあちゃんがうちにいたの」
(やっぱりそうか)
「それで、ヘクターも一緒に、って頼まれたの」ジェニファーはレストランのドアを絶望した目で見た。「いい?」
ヘクターがビーナスの後ろ側をジロジロ見ながら、彼女を追ってレストランに入る傍ら、レックスはジェニファーを引き止めて、彼女の腕に爪を立てた。(気味の悪い男)「ジェン、どういうこと? どうしておばあちゃんの言うことに反抗できないの?」
「じゃあさ、あなたから断ってよ」
「何で私と出かける、って言ったのよ? あの人が何を考えてるか、分かるでしょ」
「おばあちゃん、最近よくうちに来るのよ。ほんと、疲れる」ジェニファーはレックスの腕をほどき、レストランに入っていった。
レックスは一瞬、立ちすくんだ。驚きのために動けない。ジェニファーがそうやってピシャッと言うことなど、一度もなかったからだ。
身振りでトリッシュを促すと、彼女は一人で中に入った。
「レックス! 待て!」
振り向いた。「リチャード、何やってるの? ここで」もう一人、男性の友人もいる?
リチャードは急いで近づいてきた。日焼けした男がゆっくりついてくる。「ばあさんが、ここにいるって言うから」
レックスは叫びたい衝動と戦った。
リチャードはそれを無視して、友達の方に合図した。「友達のオリバー」
「はじめまして、こんにちは」オリバーがリチャードの友達であるはずはない。彼の友達は、みんな調子がよく、人を惹きつける魅力があったが、オリバーはどちらかと言うと、マナーはまあまあで、アジア系クラーク・ケントのようだった。「じゃあまた、リチャード」
「ちょっと待って、どこに行くんだよ?」
「ディナーだけど」
「分かってるよ。僕たちも一緒に行く」
レックスは声を低くした。「あなたを誘った覚えはない」
レストランのドアに向かってレックスの横をさっと通り過ぎながら、リチャードはレックスのあごの下をなでた。「俺はお前の兄貴。呼ばれなくてもいいんだよ」
レックスは彼らの後をついて飛び込んだ。
ホットポットタウンは、レストランというより倉庫のように見えた。テーブルは隙間がないほど寄せ集められ、ビュッフェカウンター近くのカフェスタイルのテーブルをやっと見つけた。ウェイターは、チキンブロス(だし)入りの鍋——ホットポット——が乗った卓上コンロに火をつけ、飲み物の注文を取った。
レックスは、冷蔵の生肉の方へ歩いて行き、鶏肉と牛肉を選んだ。とても薄くスライスされていて、白いお皿が見えそうなほど透けている。各自、自分が選んだものを、テーブルに置かれたブロスに入れる。シーフードのマリネにたどり着いた時、ゲッコウが後ろをついてきているのに気がついた。
「君がレックス?」
「そうだけど」
そのぶっきらぼうな口調の意味を理解しなかったようだ。「僕、ヘクター」
「知ってるわ」(それから、あなたのことは何も知りたくないから)うーん、帆立かエビか、どっちにしよう? 一杯ずつ取った。
ゲッコウが肩越しにさまよっている。プライベートなスペースに侵入されたので、離れた。
「で、レックス、どんな仕事してるの?」あまりに上辺だけの陽気さは、バーニーの映画のように聞こえる。
彼を正面からにらみつけて、ピシャリと言った。「やめてくれる? どうせ私の祖母があなたのお母さんに——」
「母じゃなくて、実は叔母」
レックスは肩をすくめ、ブラックビーンズ・ソース味の鶏肉まで戻った。
「じゃあ、隠しごとはもう何もないんだから……」ゲッコウの声はさらに強引、さらに不快になった。「正直に言うとさ。ゲームのチケットが欲しいんだよね」ゲッコウは、何か知的なことを言ったかのように微笑んだ。
「ないわ」あ、チャイニーズブロッコリーとちんげん菜は向こうだ。
「頼むよ」ネバネバした声だ。「お礼はするからさ」
「正直に言うけど、ゲッ、じゃなくて——ヘクター、あなたみたいにつまらない人とはデートしたくないわ」コーンをすくってお皿にのせた。
「誰がデートって言った? 他の方法でお礼をするから」
さりげなく言おうとしているようだ。やくざとしては、非常にお粗末だ。「お金っていう意味?」声の調子を上げた。
ゲッコウは頬をへこまし、彼女の前であわてて声を落とすよう、手を上下にパタパタさせた。「ちょっと静かに」
「お金ってことでしょ?」さらに大きな声で言った。
「はいはい、ちょっと黙って」
お皿の端から落ちそうになった一切れの魚を救助した。鍋に入れる食べ物を取り終わった。「答えは『ノー』よ」
「君が欲しいだけ払うよ——」
レックスはテーブルの方を向いたが、ゲッコウは邪魔をして、彼女の腕に手を置いた。レックスはガタガタ揺れて離れた。「あのさ、未成年者を誘惑して刑務所行きになるようなこと、させないでくれる?」
「誰にも言わなきゃ分からないよ」
「答えは『ノー』よ。分かった?」
「頼むよ——」
「ヘイ、レックス」
エイデンと会えるのは、すごく嬉しい。今回もまたそうだ。「何してるの?」
エイデンの眉毛が上がった。「何って、『エイデン、こんにちは。元気?』だろ?」
彼女は微笑んだ。「エイデン、こんにちは。元気?」
「まあね。友達のスペンサーと、そのガールフレンドと一緒なんだ」
「私は、ワサマタユのトライアウトがうまくいったお祝い」
「すごい! それで、どう——」
「ちょっとごめん、エイデンだっけ、僕たち話してる途中なんだ」ゲッコウが、二人の間に顔を突き出した。
エイデンの顔が石のようになった。「もう終わってるみたいだけど」
「全然終わってない」
「何て言った?」レックスはゲッコウの方を向き、その突き出た喉仏を凝視した。あそこにパンチを食らわせたら、彼はしゃべらなくなるだろうか。
「君のおばあさんが、僕にそのチケットを約束してくれたんだよ」
「ああ、それは残念だったわね」
「当てにしてたのに」
「へえー、それはすごいわね」
ゲッコウの血走った目は、頭蓋骨から飛び出しそうに見えた。「だってさ、君が——」
エイデンの引き締まった体が、彼らの間に入り込んできた。「こちらの女性は『ノー』って言ってるよ」
レックスは後退りした。周りの人が、彼らの口論に気づき始めた。
ゲッコウの顔は、狂ったウサギのようにひきつった。「君に話してるんじゃないよ」
「僕は君に話してるんだ」エイデンの鋭い声は、引き抜こうとする刀のような響きを持っていた。「彼女は『ノー』って言ってる。放っておいてくれるかな」
「どけよ」
「外で話そう」
「君とどこかに行く気はないよ」ゲッコウが、突然エイデンの肩を押したので、エイデンは後ろによろめいた。
レックスは、よけようとして向きを変えた。
エイデンは地面に倒れないように腕を伸ばした。彼の肩が、レックスの膝関節のど真ん中にぶつかった。
膝から(ポン)という嫌な音が聞こえ、それを感じた。
足の内側に沿う膝下の柔らかい部分の中で、捻挫のような痛みが膝蓋骨の周りで破裂した。レックスは地面に倒れた。生肉と野菜はお腹、足、髪の毛の上に落ちてきた。右膝をつかんだ。
(ウソだ、神様、そんな——)
焼けるような熱い川が流れるように、関節が腫れてきた。膝が強く脈打つ不快な音が聞こえ、鋭く刺されたような関節は皮膚から飛び出しそうだ。
(やめて、お願い、やめて)
足を持ち上げると、スネがぶらぶらし、太腿からの角度が少し変になっている。
(やめて、今だけは、お願い)
「シーッ、レックス。大丈夫だから」ビーナスの顔が目の前に現れた。
レックスは、知らない間に叫び声を上げていたのだった。
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第21章
やだ、やだ、やだ! よりにもよって、こんなときに遅刻なんて!
レックスはタイヤを軋らせて、中央高速を降りてすぐのところにあるワサマタユ施設の大きな駐車場に入った。重いジムバッグをつかみ、ロビーへとヨタヨタ走った。
「レックス・坂井です。バレーボールのトライアウトに来ました」
受付担当者は、スポーツクラブの後ろにあるバレーボールのジムを指さした。
巨大なジムに入りながら、恐怖のために気を失わないよう努力した。新しいジムに行くと、その値踏みをする癖があるのだが、ここは、これまでに見たジムとは雲泥の差だ。天井はとても高く、ライトは眩しくないよう完璧に配置されていて、理想的な照明のコートだ。ワックスを塗ったばかりの床の上で、スニーカーの底が鳴り響いた。周囲の壁に並んだ新しいアルミニウムの観客席に取り付けられた木の椅子——折り畳まれているが、椅子を引っ張ったとしても、コートの周りにはまだ十分なスペースがある。最高級のネットは、たるみなく、二つのコートにピンと張られている。
レックス以外に女子が九人、サイドラインでウォームアップしていた。アジア人はレックスだけ——みんな彼女より一〇センチ以上背が高い。幸先が良くない。
彼女らはお互いの様子を伺っているようだった——お友達ごっこはしない、ここでは。バレーボールのトーナメントで会ったことがあるような顔を数人、見つけた。みんな優秀な選手だ。
(怖気づいちゃダメよ)靴を履き、ストレッチを始めた。さっきストレッチをしていた女子らはウォームアップを始め、ボールを投げて肩の筋肉をほぐし、その後、レシーブ、トス、そして最後にペッパー(対人レシーブ)。
レックスは急いでストレッチをした。どうしてまた遅刻してしまったのか? 確かに時計を確認したはずなのに。後悔と罪悪感が肩の筋肉を引っ張り、心拍が速くなった。
(やめなきゃ。緊張してる場合じゃないわ)
三人組でウォームアップをしている女子に近づいた。「誰か私とウォームアップしてもらえる?」
笑い合っていた三人は、笑うのをやめた。「もう終わったわ」氷のような青い目の金髪直毛がボールを取り、彼女の後をついてコートから出るようにと、自分の取り巻きに身振りで示した。
胸腔が溶鉱炉のようになり、手が震え出した。ネブカドネザル王なんてクソ食らえ——これ以上熱くなったら、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴもフライにしてしまいそうだ。二人組でウォームアップをしていた他の女子も、レックスを見ないようにしていた。
怒りにまみれて誰かの顔にボールをぶつけたいと思う時はいつも、視野が広がった。照明は明るくなり、ジムは大きくなった。ネットの小さい揺れ、ブラブラするコード、一人の女子がパスをしようと少し動かした重心——全ての瞬間を捉えた。
レックスは壁の方へツカツカと進み、ボールを投げて肩を慣らした。感情はなくなっていた——全てのエネルギーが、そのボールに集中していた。燃える炎、原子核の星のようだ。
技術的に最も難しいトスの練習に移った。一人でウォームアップするのは久しぶりだった——いつもはチームメートと楽しみながらペッパーをして体をほぐしていた。やっと今、彼女の筋肉は水のように流れ、その体は、難しい課題でも正確に動く。これからはもっとこういうウォームアップをしよう。
男女のグループがジムに入ってきて、そのうちの一人が笛を鳴らしてみんなの注意を集めた。レックスは、彼らの周りに集まる女子の輪に加わった。
「ワサマタユで男女混合チームと女子チームのコーチをやってるダレンです。今日は、この二つのチームに入るためのトライアウトで、ポジションは一つです」ダレンはクリップボードをちらりと見た。「さて、ワサマタユは、エリートスポーツクラブのネットワークに属しています。みなさん、男女混合チームと女子チームのトーナメント・スケジュールを受け取ってますよね」
他の仲間の方を身振りで示し、名前を呼んだ。
「こっちのみんなは男女混合チームと女子チームのメンバーで、ここにいるクリスタは僕のアシスタントコーチ」
クリスタが一歩前に出た。「じゃあ、ドリルを始めましょう」
おいおい、このドリルは、レックスが自分の中学生女子チームにさせるものより簡単じゃないか。それに、ボールの制御練習の中には、自分のチームに新しく取り入れられるものがありそうだ。疲れたが、ヘトヘトになるようなドリルではなかった。立ったまま顔の汗を拭いていると、中には前かがみになって息をきらしている者もいた。
(あはは)
彼女らはブロックが得意だろうと予測していた——身長があるだけでも、ネットでは効果的だ。ブロックのドリルでは、タッチはできたが、他の数人の女子のようにはできなかった。しかし、トスのドリルでは上出来だった。
一八○センチの敵がフロントゾーンでボールを叩くのを見た後、最後のグループにいるレックスはアタックラインに立った。レックスはもっと上手なアタックの仕方を習ったことがあった。
レックスは、初めの二回、コートの真ん中にきれいなアタックを送った。三回目のアタックを始める前に、ダレンがネットの向こう側に来て、ブロックに入った。彼は、彼女にうなずいた。
ドリルの途中で、彼がブロックに入った選手はいなかった。
ニヤリとした。彼だったら、高めのセットが必要だ。「五番でお願いします」
セッターは、空中で浮いているように見えるきれいな弧を描いたボールを送った。レックスはアプローチを始め、踏み込み、跳んだ。
ダレンのいいブロック——コートの真ん中に楽に打ち込むことはできない。ギリギリで体をひねり、ラインに沿ってボールを打ち込んだ。白線の上にまっすぐ落ちた。素晴らしい。
レックスと同じアタックのグループにいる二人の女子のため、ダレンは続いてブロックに入った。一人は押し返され、もう一人のアタックは高すぎて外に出た。
またレックスの順番がきた。今度は少し近づいてきたので、ライン・ショットは難しい。レックスのきれいなカットショットは、彼の左脇の真下に飛んだ。
二人は着地し、彼はニヤリと笑った。
液体カフェインのように、エネルギーが彼女の静脈を走った。肺と筋肉が二倍大きくなったような気がした。
ディフェンスのドリルでは、コートの後ろにいた二人の女子と組まされた。レックスは、ダークブラウンの髪の子——ボールホグ——から少し離れて位置をずらし、金髪——のろま——に近づいた。ネットの近くで強く短いショットを受け、残りのボールも、下で待ち構えた。セッターへのレックスのパスは、完璧で滑らかだった。
そして、終わった。レックスはほとんど汗もかいていない気がした。この四時間より、キンムンと砂の上で練習した時の方がずっと疲れた。
レックスが靴を履き替え終わる頃には、他の女子はすでにいなくなっていた。ダレンがドアのところに立って、レックスを待っていた。
彼女が通り過ぎる時、彼はハイタッチをした。さっと周りを見て、彼女の方に傾いた。「楽勝だったね」
体の中が火照ってきた——体中が光になった気がした。「ありがとうございます」
「クリスタとちょっと話したけど、誰を選ぶかは極めて明らかだ」ダレンは声をさらに低くしたが、その笑顔はエタノールのようで、レックスの顔はもっと赤くなった。「レックス、君がチームに入るのを楽しみにしているよ」
三人のいとこと一緒にお祝いをする場所は、ホットポットタウン・レストラン以外に考えられない。
ただし、そのうちの一人が、兄弟でもなく、いとこでもなく、ましてや親しい知り合いを連れてきたら、話は別だ。
ジェニファーがミスター・ゲッコウ——青白く、目の下がたるみ、常に唇を舐めている——と一緒に駐車場からレストランの方に近づいてくるのを見て、ビーナスがレックスをつっ突いた。「誰? あの人」
「彼氏かな?」
「ジェニファーも、彼のことが耐えられないように見えるわ」トリッシュは二人をじっと見た。「見て、ジェニファーが彼から離れるたびに、彼は近づいてる」電話が鳴った。「あ、和夫だ。ヘイ、ベイブ……」数メートル離れた。
ビーナスがレックスの方に傾いてきた。「ねえ、トリッシュに聞いた? 教会であなたから逃げた理由」
「私が呼んでるのが聞こえなかったって」
ビーナスは、(私がそんなにバカだと思う?)と言っているような表情を向けた。
「そうよね、私も信じていいのか、分からないわ」レックスは頭を横に振った。
「あの彼は、凶報だわ」
「だったら、あなたから話してみてよ。私と二人だけになるの、避けてるみたいだし」
「分かった」ビーナスは行きたくてウズウズしていた。
「そうだ、言うの忘れてた。住むとこ、見つかったんだ。教会の女の人に電話したの。その人の姪がね、自分のタウンハウスの空いてる部屋を貸したいんだって。ベッドルームは二階で、裏にカーポートがあるみたい。明日、見に行ってみるわ」
「よかったじゃない」
「やっと上向きになってきたかも」
ジェニファーが来た。「や、ヤッホー」
ゲッコウはビーナスの方にすり寄ってきて、用心深く見下ろそうとしている。ビーナスは一歩下がり、あのとびきりの、臓器を縮み上がらせるようなにらみを放った。彼は目が飛び出て、チワワのようにジェニファーの近くに小走りで動いた。
「ジェン、あなたの友達って?」ビーナスは一向に気にしないだろうが、レックスは彼のことを一晩中ゲッコウと呼びたくはなかった。
「ええと……ヘクターよ」
「素敵」ビーナスはせせら笑いを浮かべた。
「二人はどうやって知り合ったの?」レックスは、涼しい笑顔を見せた。
「実は……さっき会ったばかりなの」
レックスはジェニファーに向かって眉毛を上げた。
「あのね、レックス、あなたから電話があった時、おばあちゃんがうちにいたの」
(やっぱりそうか)
「それで、ヘクターも一緒に、って頼まれたの」ジェニファーはレストランのドアを絶望した目で見た。「いい?」
ヘクターがビーナスの後ろ側をジロジロ見ながら、彼女を追ってレストランに入る傍ら、レックスはジェニファーを引き止めて、彼女の腕に爪を立てた。(気味の悪い男)「ジェン、どういうこと? どうしておばあちゃんの言うことに反抗できないの?」
「じゃあさ、あなたから断ってよ」
「何で私と出かける、って言ったのよ? あの人が何を考えてるか、分かるでしょ」
「おばあちゃん、最近よくうちに来るのよ。ほんと、疲れる」ジェニファーはレックスの腕をほどき、レストランに入っていった。
レックスは一瞬、立ちすくんだ。驚きのために動けない。ジェニファーがそうやってピシャッと言うことなど、一度もなかったからだ。
身振りでトリッシュを促すと、彼女は一人で中に入った。
「レックス! 待て!」
振り向いた。「リチャード、何やってるの? ここで」もう一人、男性の友人もいる?
リチャードは急いで近づいてきた。日焼けした男がゆっくりついてくる。「ばあさんが、ここにいるって言うから」
レックスは叫びたい衝動と戦った。
リチャードはそれを無視して、友達の方に合図した。「友達のオリバー」
「はじめまして、こんにちは」オリバーがリチャードの友達であるはずはない。彼の友達は、みんな調子がよく、人を惹きつける魅力があったが、オリバーはどちらかと言うと、マナーはまあまあで、アジア系クラーク・ケントのようだった。「じゃあまた、リチャード」
「ちょっと待って、どこに行くんだよ?」
「ディナーだけど」
「分かってるよ。僕たちも一緒に行く」
レックスは声を低くした。「あなたを誘った覚えはない」
レストランのドアに向かってレックスの横をさっと通り過ぎながら、リチャードはレックスのあごの下をなでた。「俺はお前の兄貴。呼ばれなくてもいいんだよ」
レックスは彼らの後をついて飛び込んだ。
ホットポットタウンは、レストランというより倉庫のように見えた。テーブルは隙間がないほど寄せ集められ、ビュッフェカウンター近くのカフェスタイルのテーブルをやっと見つけた。ウェイターは、チキンブロス(だし)入りの鍋——ホットポット——が乗った卓上コンロに火をつけ、飲み物の注文を取った。
レックスは、冷蔵の生肉の方へ歩いて行き、鶏肉と牛肉を選んだ。とても薄くスライスされていて、白いお皿が見えそうなほど透けている。各自、自分が選んだものを、テーブルに置かれたブロスに入れる。シーフードのマリネにたどり着いた時、ゲッコウが後ろをついてきているのに気がついた。
「君がレックス?」
「そうだけど」
そのぶっきらぼうな口調の意味を理解しなかったようだ。「僕、ヘクター」
「知ってるわ」(それから、あなたのことは何も知りたくないから)うーん、帆立かエビか、どっちにしよう? 一杯ずつ取った。
ゲッコウが肩越しにさまよっている。プライベートなスペースに侵入されたので、離れた。
「で、レックス、どんな仕事してるの?」あまりに上辺だけの陽気さは、バーニーの映画のように聞こえる。
彼を正面からにらみつけて、ピシャリと言った。「やめてくれる? どうせ私の祖母があなたのお母さんに——」
「母じゃなくて、実は叔母」
レックスは肩をすくめ、ブラックビーンズ・ソース味の鶏肉まで戻った。
「じゃあ、隠しごとはもう何もないんだから……」ゲッコウの声はさらに強引、さらに不快になった。「正直に言うとさ。ゲームのチケットが欲しいんだよね」ゲッコウは、何か知的なことを言ったかのように微笑んだ。
「ないわ」あ、チャイニーズブロッコリーとちんげん菜は向こうだ。
「頼むよ」ネバネバした声だ。「お礼はするからさ」
「正直に言うけど、ゲッ、じゃなくて——ヘクター、あなたみたいにつまらない人とはデートしたくないわ」コーンをすくってお皿にのせた。
「誰がデートって言った? 他の方法でお礼をするから」
さりげなく言おうとしているようだ。やくざとしては、非常にお粗末だ。「お金っていう意味?」声の調子を上げた。
ゲッコウは頬をへこまし、彼女の前であわてて声を落とすよう、手を上下にパタパタさせた。「ちょっと静かに」
「お金ってことでしょ?」さらに大きな声で言った。
「はいはい、ちょっと黙って」
お皿の端から落ちそうになった一切れの魚を救助した。鍋に入れる食べ物を取り終わった。「答えは『ノー』よ」
「君が欲しいだけ払うよ——」
レックスはテーブルの方を向いたが、ゲッコウは邪魔をして、彼女の腕に手を置いた。レックスはガタガタ揺れて離れた。「あのさ、未成年者を誘惑して刑務所行きになるようなこと、させないでくれる?」
「誰にも言わなきゃ分からないよ」
「答えは『ノー』よ。分かった?」
「頼むよ——」
「ヘイ、レックス」
エイデンと会えるのは、すごく嬉しい。今回もまたそうだ。「何してるの?」
エイデンの眉毛が上がった。「何って、『エイデン、こんにちは。元気?』だろ?」
彼女は微笑んだ。「エイデン、こんにちは。元気?」
「まあね。友達のスペンサーと、そのガールフレンドと一緒なんだ」
「私は、ワサマタユのトライアウトがうまくいったお祝い」
「すごい! それで、どう——」
「ちょっとごめん、エイデンだっけ、僕たち話してる途中なんだ」ゲッコウが、二人の間に顔を突き出した。
エイデンの顔が石のようになった。「もう終わってるみたいだけど」
「全然終わってない」
「何て言った?」レックスはゲッコウの方を向き、その突き出た喉仏を凝視した。あそこにパンチを食らわせたら、彼はしゃべらなくなるだろうか。
「君のおばあさんが、僕にそのチケットを約束してくれたんだよ」
「ああ、それは残念だったわね」
「当てにしてたのに」
「へえー、それはすごいわね」
ゲッコウの血走った目は、頭蓋骨から飛び出しそうに見えた。「だってさ、君が——」
エイデンの引き締まった体が、彼らの間に入り込んできた。「こちらの女性は『ノー』って言ってるよ」
レックスは後退りした。周りの人が、彼らの口論に気づき始めた。
ゲッコウの顔は、狂ったウサギのようにひきつった。「君に話してるんじゃないよ」
「僕は君に話してるんだ」エイデンの鋭い声は、引き抜こうとする刀のような響きを持っていた。「彼女は『ノー』って言ってる。放っておいてくれるかな」
「どけよ」
「外で話そう」
「君とどこかに行く気はないよ」ゲッコウが、突然エイデンの肩を押したので、エイデンは後ろによろめいた。
レックスは、よけようとして向きを変えた。
エイデンは地面に倒れないように腕を伸ばした。彼の肩が、レックスの膝関節のど真ん中にぶつかった。
膝から(ポン)という嫌な音が聞こえ、それを感じた。
足の内側に沿う膝下の柔らかい部分の中で、捻挫のような痛みが膝蓋骨の周りで破裂した。レックスは地面に倒れた。生肉と野菜はお腹、足、髪の毛の上に落ちてきた。右膝をつかんだ。
(ウソだ、神様、そんな——)
焼けるような熱い川が流れるように、関節が腫れてきた。膝が強く脈打つ不快な音が聞こえ、鋭く刺されたような関節は皮膚から飛び出しそうだ。
(やめて、お願い、やめて)
足を持ち上げると、スネがぶらぶらし、太腿からの角度が少し変になっている。
(やめて、今だけは、お願い)
「シーッ、レックス。大丈夫だから」ビーナスの顔が目の前に現れた。
レックスは、知らない間に叫び声を上げていたのだった。
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