【ひとり寿司】第23章

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第23章


祈ることができなかった。

レックスはベッドの中にうずくまり、時計をじっと見た。手術は明日——少し眠らなくては。そうすれば、手術室の看護師に言われた、「深夜以降に水を飲んではいけない」という決まりを守らずに、冷蔵庫のウォーターボトルを一気飲みしたいという誘惑からも解放される。

コンドミニアムに引っ越してから一週間が過ぎた今でも、レックスはネズミの音に耳をそばだてていた。その後、あのネズミは出てこなかったが、それでもベッドの周りにわなを仕掛けた。

静かなワンルームは、祈りが届かないほど壁が厚い鳥かごのようだ。神様は、レックスの祈りを聞いているのだろうか?

(本当に、あなたに怒ってるんですよ。もちろん、もうご存知ですよね)

聖書を読むべきなのかもしれない。だけど……まだ開けていない段ボール箱の中に入っている。それに、どこから読むべきなのか、見当もつかなかった。不運な自分のことだから、どうせ「ユダはアリストテレスをもうけ、とかなんとか」いう箇所を開くのがオチだろう。下手をすると、血にまみれた野蛮な戦争の箇所かもしれない。

母が亡くなった時と同じように、見捨てられた気分だった。化学療法のために具合が悪くなり、結局、効果は何もなかった。母はレックスの手を握りながら、自宅で亡くなったのだ。自分の最期のために着飾って。

レックスは身震いした。膝の手術を受ける前夜に母の死を思い出したのは、あまり賢明ではなかったかもしれない。

強くならなくては。自分が持っているもの——それを考えるべきだ。手術後は、ビーナスが面倒を見てくれる。最後の最後に一階のコンドミニアムの部屋を見つけ、ネズミは戻ってきていない。外科医の腕は素晴らしい——オークランド・レイダーズ(フットボールチーム)の顧問医だ。

(だから、早く寝て、明日手術を受けよう)

レックスは横になり、コンドミニアムの静けさに耳をすました。

眠れない。お水のことに取りつかれていた。

**********


「大丈夫だって」ビーナスは、また彼女を優しく説得した。「台の上で、死んだみたいに深い眠りに落ちるの」

「その『死ぬ』って言葉、使わないでくれる?」

レックスは、手術センターの待合室にある、座り心地の悪い椅子の上でモゾモゾした。それほど座り心地が悪い訳でもなかったのだが、ただそこに座っていたくなかった。特に、湖を飲み干して、馬を食べ尽くしたいと思っている時には。

待合室の反対側のドアが開き、カラフルなキャラクター入りのスクラブ(手術着)を着た看護師が彼女に笑いかけていた。「レックス・坂井さん?」

重い足取りで、手術センターの中央エリアに入るドアを通った。看護師はレックスをトイレまで案内した。そこには、ガウン、トレッドゴムがついた靴下、キャップ、洋服用のバッグ、そして椅子の上に採尿カップがあった。

レックスはそのカップを取り上げた。「昨日から何も飲んでません」少し不機嫌な言い方になってしまった。

看護師は、ベンティ・サイズ(スタバの最大サイズ)の忍耐を持ち合わせていた。「出なくてもいいですから、とにかくやってみてください。それから、下着以外はすべて着替えてくださいね」と言って、ドアを閉めた。

少なくともこのトイレには椅子があった。レックスは足の装具を外し、服を脱いだ。そして、冷たいタイルの部屋で身震いした。靴下は暖かいが、ガウンは前が開いてた(後ろが開いていないだけマシだ)。カップの中に、何とか数滴したたらせ、「採尿カップ」と書かれた巨大なサインが貼ってある棚にのせた。

ああ、喉が渇いた。冷たい水滴がしたたり、底に水たまりができるほど冷たい水が入った、大きいグラスで水を飲みたい。

彼女は泣き言を言っていた。

レックスがトイレを出ると、壁にもたれて待っていた看護師は、彼女の背中を軽くたたいた。看護師のしぐさは彼女を安心させるためだったのだが、レックスはピクッとして離れた。

看護師は、リクライニングチェアが二台置かれた小さい部屋へレックスを案内した。カーテンで仕切られていて、それぞれの側にテレビがある。ビーナスは中に入って立ったまま、浅黒いアジア系の男性と話していた。その男性は、変な装置の使い方を実演しているようだ。レックスを見て、自分のことをアランだと自己紹介した。

「これが連続受動運動(CPM)マシーンです。手術の後、これをベッドの上に置いて、足をクレードルに入れてください——」彼は、柔らかい人工羊革を敷いたメタルのクレードルを指さした。「——マシーンの電源を入れると、とてもゆっくりと足を曲げたり伸ばしたりしてくれます。最初は本当に少しずつ。二週間かけて、その角度を増やしていくんですよ」

「家に帰ってからどうやって設置するかは、アランが教えてくれたから」ビーナスは、アランに気のあるふりをするとか、彼と仲が良さそうに見えるとかいうことは全くなかったが、彼女がとてもリラックスして男性の近くにいるのを、レックスは何年も見ていなかった。きっと彼は、彼女のゴージャスな顔と、欲望をかき立てられるような姿を嫌らしい目つきで見ないという礼儀をわきまえた数少ない人のうちの一人なのだろう。

看護師がレックスをリクライニングチェアに座らせ、温めた毛布をかけてくれた。温かい。完璧な温度。肌もあらわなガウンなど、もうどうでもよくなった。

「このマーカーで、手術をする方の足に『イエス』、しない方の足に『ノー』と書いてもらえますか」

ちょっと待って、何か変じゃないか。「違う足を開いちゃうことがあるんですか?」レックスの声は、最後の方がかすれていた。

看護師は少し顔をしかめた。「いいえ、パニックにならないで。足は切り開きません。関節鏡視下手術ですから、膝に小さい穴を三つ開けるだけです」

「小さい穴を三つ開けるだけで、治してもらえるんですか?」まだ声がかすれている。

「そうです、最善の手術ですよ。安心してください」看護師はレックスの肩に手を置いた。レックスは飛び上がった。

別の看護師が加わり、点滴が始まった(わあっ、水だ!)。そして、ありとあらゆるバイ菌を殺しそうなネオンオレンジ色のソープで、怪我をしている方の足をゴシゴシこすった。

看護師たちは出ていき、ビーナスはレックスの隣の椅子に座った。

突然、ツーバイフォーの板で頭を叩かれたように、これから起ころうとしていることの重大さがレックスを襲った。意識がなくなる。そして、二度と起きないかもしれない。

胃の中で波が打ち始めた。温かい毛布に置いた手は震え始めた。乾いた唇をなめ、喉の奥につっかえている毛玉のようなものを呑み込んだ。

トイレに行きたい。毛布の温かさのために、さらにトイレが近くなった。

「ビーナス、看護師を呼んでくれる」

「どうしたの?」ビーナスはテレビから目を離した。

「トイレに行ってもいいか、聞きたいの」

「もちろんいいですよ」ビーナスが説明したら、看護師は甲高い声で言った。「点滴のバッグは、そのまま持っていってください。トイレの隣にフックがありますから」

レックスが松葉杖をつかんでトイレに飛び跳ねていく間、ビーナスは点滴のバッグを持ってあげないといけなかった。トイレに座っている間は、点滴のチューブが邪魔になった。

リクライニングチェアに戻ると、少し気分が良くなったが、お腹の中はまだ波打っていた。

看護師は、もう一つのリクライニングチェアに座っている年配の女性をのぞいた。

「タイラーさん、もうすぐ手術の時間になりますからね」

カーテンの向こう側にいるその女性の顔は見えなかったが、夫に話しかけるタイラー夫人の震える声が聞こえた。「チャールズ、聞いて」

「うん」

「テレビを消して、私を見て。これがあなたと話せる最後の時になるかもしれないわ」

「怖がらなくていいんだよ、ハニー」

「怖がらなくていい? どうしてそんなことが言えるの?」

「簡単な処置なんだから——」

「二度と目が覚めないかもしれないわ」

レックスは胸が痛くなった。

「チャールズ、いいお葬式にしてくれるって約束して」

「ハニー——」

「そして、あなたのいとこは呼ばないで。あの人、我慢できないの。それから、再婚すると約束して。あなたのお世話をする人が必要よ」タイラー夫人の声はすすり泣きに変わった。

「ハニー、大丈夫だよ」

「会えなくなると寂しいわ、チャールズ」(鼻をすする音)

「僕も寂しいよ——違う、何言ってるんだ。君は大丈夫だよ」

「それから、クチナシの花に水をやるのを忘れないでね」

看護師が飛び込んできた。「タイラーさん、準備ができましたよ」

「ああ! チャールズ、さようなら。私のことを絶対に忘れないでね」

タイラー夫人は、「イエス」と記された悪い方の肩をつかみ、泣きながらレックスの隣を過ぎてドアから出ていき——その後ろを、混乱した夫がついていった。

彼女が出ていった後、レックスとビーナスは大きく目を開けて、お互いを見つめた。ビーナスは唇を噛んだ。「あの……祈ろうか?」

「うん……そうね、お願い」

「愛する神様……レックスのことを感謝します。彼女の外科医の腕がとてもいいことを感謝します。それに看護師が優秀であることも。そして、この手術センターが本当に素晴らしいこともありがとうございます。レックスの気持ちを落ち着かせてください。そして、手術の後、彼女の目を覚ましてください。アーメン」

「ビーナス、『ペーパーバッグの祈り』に書いてある通りには祈れないでしょ」

「だって、祈りは祈りよ」

「そうだけど」

新しい患者が部屋にふらっと入ってきた。今度は大学生ぐらいの赤毛——アスリートのようだ。「こんにちは」レックスとビーナスに笑いかけた。

「あなた、ほんとに手術が必要なの?」レックスは、どこが腫れているのだろうかと、関節のあたりをじろじろ見た。

「そうなんですよ」リクライニングチェアに座り、慣れたように点滴に腕を伸ばして、カーテンの反対側にいるレックスの方をのぞいた。「またACLを切っちゃって。一ヶ月前だから、もう腫れはひいてるんです」

「そうなんだ」

「ええ、ACLの手術はこれで三回目です」

「三回目なの?」

「はい。輪ゴムみたいに切れちゃう。だけどパパが元フットボール選手だから、すごく保険がいいの。今はフットボールチームのコーチなんです」

突然、レックスは度重なる手術のために財布からお金が飛んでいく幻影を見た。「ビーナス、もう一回トイレ行きたい」

「何なのよ、もう」ビーナスは点滴のバッグをつかんだ。

「怖くなると行きたくなるの」

「最高」

レックスはトイレに座った——わあ、今度はよく出る——手術室に戻って座ったと思ったら、ちょうど麻酔科医が来た。

フランク医師はレモンを吸ったような顔をしていた。眼鏡をなおし、その縁ごしにレックスを見つめた。「アレルギーは?」

「ないと思います」

「心臓病の既往症は? ヤダ、ヤダ、ヤダ?」

(ええっ?「ヤダ、ヤダ、ヤダ?」って言った?)「あの……いいえ」

ため息をついて、口を閉じた。「どうやって切ったの?」

「ちょっとしたアクシデントで」

「それはもちろんそうだろうけど、どうやって?」麻酔科医がうなるように言った。

「誰かが私の方に倒れてきたんです」

「ふん」カルテに走り書きをした。

「分かりました、それだけです。ああ、それから言っておきますが、まれに合併症が起こることがあります。一〇〇パーセントうまくいく保証はありません。ヤダ、ヤダ、ヤダ。分かりましたか?」

彼は「ヤダ」というのが好きなようだ。

「そう思います」

「質問は?」

「あの……」

「ありません」ビーナスは険しい目つきで彼を釘付けにした。「ただ、目が覚めなかったら、承知しませんよ」

「はい、はい、はい」麻酔科医は出ていった。

レックスは足が震えてきた。口の中はデスバレー(「死の谷」の意。国立公園。灼熱の荒野)のように乾いている。「ビーナス、またトイレ」

ビーナスはあきれた表情をしたが、点滴のバッグに手を伸ばした。それを見ながら、動きが止まった。「あれっ」

「何?」

「もうすぐ空っぽだ。すごい速さで落ちてる」

レックスは落ちてくる点滴をよく見た。「そういえば、そうね」

ビーナスは看護師に合図し、点滴を指さした。

「ああ! ごめんなさい。抗生剤を入れた後で、速度を落としてなかったわ」バッグを換えて、点滴の速度を落とした。

「抗生剤が全て尿と一緒に流れちゃったってこと、ないですよね?」

「心配しなくて大丈夫ですよ」看護師は忙しそうに行ってしまった。

またトイレに行って戻ってきた後、レックスは何も言わずにビーナスと一緒に座り、テレビでオプラの再放送を見ていた。やっと看護師がのぞきにきた。「もうすぐですからね。あと数分です」

レックスが膝の上で指をいじっていると、ビーナスはその手を押さえた。「それ、やめてくれる。イライラするから」

「あなたが? 私のことを考えてよ」

「何でそんなに自己中?」

「もうすぐ手術なのよ。自己中でもいいじゃない」

「あなたは目を覚ますの。完璧に元気で、いつも通り不機嫌にね。だから、これ以上、私の一日をぶち壊さないで」

「じゃあ、レックスさん、あなたの順番ですよ」看護師が立っていた。

レックスは立ち上がった。膝がガクガクしなかったので驚いた。ビーナスの腕をつかんだ。「お母さんのダイヤモンドのイヤリング、あげるわ。あなたに持ってて欲しいの」

「もう、やめて」

「それから子供の時に喧嘩になった、あの写真立て。クローゼットに入ってる。あなたが持ってるべきよ」

「しゃべらないでくれる?」

「だけど火葬するときは、私のうさぎのぬいぐるみも一緒に入れて。ベッドにあるから」

ビーナスは顔を目の前に突き出した。「殴り倒すわよ、そうしたら麻酔要らないわね」

レックスは唾を飲み込んだ。「またトイレ」

**********


レックスは目を開けた。わあ、違う部屋で寝ている。八まで数えたときは、誓ってはっきりと目を開けていた。今はぼんやりしていて、足を動かすことができない。

どうしよう! 体が麻痺してる!

吐いた後だったら、パニックになっていただろう。

「気分はどうですか?」元気がよすぎる笑顔の看護師がベッドに近づき、点滴をさわった。そして、レックスのベッドを座位に変え始めた。

「吐きそうです」口の中で雑草が生えてきたようなにおいがする。

「もうちょっとですね」看護師は点滴を引っ張り、何かを注入した。

一〇分後、口の中が急に乾き始めた。何かしゃべろうとしたが、舌が動かない。「お……み……」

「ジュースですよ」看護師は彼女の口にストローを入れた。

「んん……」

「全部飲んでくださいね」

レックスは頭を振った。部屋が回っている。

「起きる時間ですよ」看護師は、松葉杖を床に弾ませるように渡した。(こんなに急がせるなんて、どこかで火事だろうか?)足が、骨の奥深くまで激しく痛み始めた。

「椅子が要りますね」

「え——?」上半身を起こすことすら、ままならないのに。

「麻酔がまだ残ってますが、動くとだんだん取れてきます。そうしないと、一日中、ここで寝ることになりますよ」看護師はクスクス笑った。「ここはホテルじゃないですからね」

部屋が斜めに見え、松葉杖でよろめいた。看護師の燃えるようなエネルギーと言ったら! 数メートルの距離だが、キャスターのついたスタンドにひきずられる点滴のバッグと一緒に、彼女をリクライニングチェアまで運んだのだ。変わったイグルーのクーラーが太い管で取り付けられている足は、凍るほど冷たい。看護師は、それも一緒にリクライニングチェアに動かした。

レックスはそこに倒れ込んだが、ただ、もう少し眠りたかった。

「もうすぐ家に戻れますよ」

(家? 意味のある文章もしゃべれないのに。ビーナスはどこ? 超楽観主義のステロイド依存看護師、一体誰なの? 一切れの羊肉より大きく、凍ってガチガチの足で、どうやって車まで歩けるの?)

「ヘーイ、レックス」ビーナスが現れた。

リトル・ミス・サンシャインは、レース・カーのように車椅子を操作し、レックスの後ろでウロウロしている。そして、イグルーのクーラーに取り付けられた管を外した。「帰る時間ですよ」

レックスはゆっくりと車椅子へと動いた。座った瞬間、ミス・アーンハルトは通路を疾走し、脇のドアの外に出た。車椅子をきしらせてスロープを降り、ビーナスの車の方へ曲がろうとして縁石をかすった。

強くぶつけたわけではなかったが、レックスは、何かが横から骨にぶつかったような不快感を覚えた。「痛っ!」膝をつかんだが、何重にも巻かれた包帯の厚みを感じただけだった。

このナスカー看護師は、ビーナスの車の隣でキキッ、と止まった。レックスは息を吸った。

「しっかり。動けば、ぼんやりした感覚も飛んでいきますよ」看護師は車椅子を揺らした。

この女は本気なのか? 立ち上がろうとすると、暗い空が回転木馬のように回転し、ふらついた。助手席のドアをつかんだ。

ちょっと痛いが、振り返って座席に座ろうとした。ビーナスの小さい車で足を真っ直ぐにしようと思ったら、もっと角度をつけなくてはいけない。

「背もたれを倒して」

「もう全部倒れてるわ」

足はバケツ型の座席の端に垂れ下がっているが、かかとが床につかず、膝がブラブラ揺れている。看護師は車椅子を押し、大急ぎで行ってしまった。

手術センターから家までの長いドライブのことは、あまり覚えていない。覚えているのは、その小さいスポーツカーが道路の凸凹にぶつかるたびに、痛みが足を走ったことぐらいだ。

「もっと滑らかに運転できない?」

「お赦しください、お妃様」

ビーナスはやっと、コンドミニアムのカーポートにゆっくり入った。車が隣にあるので、レックスはドアを全部開けることができない。斜めになって出ようとしたら、ドアに足元をぶつけてしまった。「ああーっ」

ビーナスが松葉杖を持ってきた。レックスは後ろ向きにカーポートから出たが、それが失敗であることに気がついた。

地面はカーポートから下り坂になっていて、その傾斜の変化に対する心構えができていなかった。彼女は後ろ向きに倒れ始めた。

「ビーナス!」

(ぺチャッ)レックスは後ろに倒れた。衝撃が足に伝わってきた。「ああっ、膝が、膝が」

ビーナスが彼女の脇でかがんだ。「少なくともお尻でよかったわ。クッションがあるから」

「自分はどうなのよ、シャボン玉みたいなお尻のくせに。ああ、尾骨がズキズキする」

「痛いから悪態をつきたくなるのよ」

「あなただって」

ビーナスは彼女の腰に腕を回した。「いい? 一、二、三、よいしょっ、と」

少しお尻が地面から離れたと思ったら、また尻もちをついてしまった。「ちょっと!」

「ごめん」ビーナスはレックスを見回した。「無理、持ち上げられないわ」

「松葉杖ちょうだい」

ビーナスの腕に支えられていたのに、ワサマタユのトライアウトのために上半身のウエイトトレーニングをやってきたのに、レックスには立ち上がるのがやっとの思いだった。

 長い夜になりそうだ。


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