【ひとり寿司】第18章
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今は、レックスが大好きな気晴らしの時間——いとこのブライドジラの相手をすることだ。できる限り長い間放っておいたのだが、今は金曜日の夕方。オフィスのドアを閉め、マリコに電話をかけようと腰かけた。
「もしもし?」
レックスはためらった。甘く柔らかい声——とてもマリコらしくない。「マリコ、レックスよ」
「何か用?」マリコはいつもの声で怒鳴った。
「明日のブライダルシャワー、行けない」
「もちろん、来られるわ」一言一言がナイフのように鋭い。
レックスはため息をついた。マリコはホルモンに動かされている。「考えてみて、おばあちゃんが決めたブライズメイドで、私はその中のただ一人よ。友達との楽しい時間を私に壊されたくないでしょ」
意味ありげな沈黙——マリコのどっちつかずな態度が目に見えるようだった。(おばあちゃん……友達と楽しむ……おばあちゃん……友達と楽しむ)「ダメよ」
「どうしてよ?」
「おばあちゃんに殺されるからよ」困窮しているような調子の声だった。
「おばあちゃんは来ないでしょ。私が行かなかったことがどうやって分かるの? 誰かが告げ口するとか?」
「だって……おばあちゃんから電話がかかってくるわ。どうだったかって」
何という下手な言い訳、たとえマリコだったとしても。彼女に対するレックスの信頼は、ハワード叔父さんが悪い冗談を言わないことを信じているのと同じぐらいのレベルだった。「他に何かあるんでしょ?」
「何もない」しかし、そのキツい言い方からは、本物の苛立ちが感じられなかった。
何故マリコは、そこまで頑としてレックスに来てもらいたいのだろうか? 「何かおばあちゃんに頼まれてる? 私に紹介したい男を招待したとか?」
「ち、違う! あなたのためにそんな努力はしないわ」
「そうよね。だけど、おばあちゃんのためだったらするでしょ」
「あなたって、本当に自分のことしか考えてないわね。絶対に来るのよ。そして、何もぶち壊さないで。あなたはいつも何かをダメにするんだから」
レックスは喉が苦しくなり、痛みを呑み込んだ。「そんなことない」咳払いをした。「そんなことない」そうだ、もっと力強く言った。
運よくマリコは聞いていなかった。「どうして次のOSFCがあなたなの? そうじゃなきゃ、私のブライズメイドにならなくてもよかったのに。どうしてビーナスが次のOSFCじゃないのかな——少なくとも彼女は写真写りがいいから。それともジェニファー——彼女はいつも気楽にしてる。何で、あなたがいない理由をおばあちゃんに説明しなきゃいけないの? 私が」
レックスは電話を強く握った。「何でこんなことさせるの? 私、何かした?」
「私より十三ヶ月遅れて生まれた、ってだけ」
レックスは熱い息を吐いた。「それは私のお父さんのせいでしょ」
「長年OSFCだった、ってことがどんだけ辛かったか、あんたは分かってない」
「ちょっとちょっと、自分のことばっかりじゃない」レックスは何かを壊したくなった。「あんたのくだらないシャワーには行かないわよ、どうせ私にそこらの男を押しつけるつもりなんでしょ」
「くだらないシャワーじゃないわ——」
「今週どれだけ大変なことがあったか、分かる?」レックスは指折り数え始めた。「十日以内に家を出なきゃいけない。お父さんが今週末にガレージセールをできるように、荷物を整理しなきゃいけない。お父さんはハワード叔父さんの家に引っ越すから、私のスペースはないのよ! たった三日で家なし、所有物なしになるのよ、分かる?」
マリコの低く脅すような声が、電話越しにはっきりと聞こえた。「あんたは明日来るの。来なかったら、私がおばあちゃんに直接言うわ。あんたはバートに会いたくないんだって」
「やっぱり! 私に男を押しつけようとしてるじゃない」
「本当に子供ね。九時よ、分かった?」(カチャッ)
レックスは椅子に倒れ込んだ。人生は実に不公平だ。マリコとそのキャピキャピした友達は、ブライダルシャワーで笑い、楽しんでいる。だが、男勝りのレックスは違う。全く興味のない男が、自分に興味があるふりをしながら嘲笑っている。そして、その場を出るか出ないかのうちに、祖母から電話がかかってくるのだ。「どうだった? 彼は、あの娘を気に入った?」
このようなことが、この最悪の週に起きてはならない。ボーイフレンド探しはあきらめた——家探しの方が先だ。父が自分を追い出したくてたまらないように思えて、二重に見捨てられた気がした。
いや、そんな風に考えるべきではない。父は最近気が散っているようだった。彼はレックスを愛している。父と叔父のハワードは、独身男性向けコンドミニアムでの生活を楽しむはずだ。そのことについて父に腹を立てるのは間違っている。確かにレックスはひどい娘だったかもしれない。父が自分のことを一生面倒みてくれるなど——期待するべきだっただろうか?
十日後にはインターネットも使えなくなるから、ついでにオンラインでコンドミニアムでも探そうか。スリープモードのコンピュータを起こすため、マウスを動かした。
あ、メールが来ている。ラッセルからだ。
(レックス、おめでとう! あなたの女子中学生クラブチームは、SPZスポンサーファンドの支援対象に選ばれました。資金は九月から……)
何これ? もう一度読んだ。
選ばれた。却下されなかったんだ。
「お金ができた!」レックスは静かなオフィスの中で、大声で叫んだ。
メールの続きを読んだ。(SPZスポンサーファンド委員会は、より多くの女子選手の参加を奨励するこの機会に熱心に取り組んでおり、コミュニティを築き、女子選手に機会を提供し、地域の他の子供たちに影響を与えることを願っています)
(資金の提供は、夏のプレイオフの最終成績が条件です。これは、完璧なチームを要求しているからではなく、あなた自身のコーチとしてのスキルを評価するためです)
なるほど、負けてばかりのチームをサポートしたくないということだろう。だが、困った、プレイオフでボロ負けだったら、レックスが面目を失うことになる。
(プレスリリースが既に新聞で公表されています——)
プレスリリース? つまり、チームの成績が悪いと、彼女が面目を失うばかりか、彼女の会社がコミュニティ全体に対して面目を失うのだ。
素敵。プレッシャー、ゼロ。
つまり、レックスはプレイオフのために祖母のお金がどうしても必要だ。SPZの資金は九月まで入ってこない。マリコの結婚式は六月だった。
九月まで、バカ男くん——いや、ボーイフレンドが必要だ。さらに、結婚式の時には本当のカップルのように見えなくてはならない。
レックスは唇を噛んだ。些細な問題が、お腹の中で穴を掘り始めた。ラブラブなように見られるのをいとわない人じゃなきゃダメだ。だって、「エペソ」のリストにもそうあるじゃないか。
結婚式の時、自分は場違いに見えないだろうか? マリコの顔と彼女のアジア系バービー人形のようなポーズが、目の前に浮かんだ。本当に魅力的で、本当に今風、本当に可愛い。レックスはブスではないが、魅力的でも、決して今風でもないし、他の人から可愛いと思われたくもなかった。
いや違う、レックスに悪いところは何もなかった。そこにいる女の子達や、叔母さんたち、そして祖母に見せつければいい。レックスは魅力的だ。同情されることはない。特にあの人たちからは。レックスは、あんなおバカさんたちと、おバカさんたちのボーイフレンドよりも優秀だ。
(パチン!)電球が切れた。
スーパースターとデートでもして、あっと言わせてやろうか。眩いばかりのボーイフレンドを見て、彼女らはレックスのスーパーウーマンのような魅力にひれ伏すだろう。
昨日もちょうど、母校での行事のことで、A’sの新しいピッチャーに電話をかけたところだった。彼とは気が合った。おいしい中華料理を約束すれば、彼は結婚式のときのデート相手になることに合意してくれないだろうか。
それか、ジャイアンツの新しいショート。彼の親友であるUCLA同窓会代表者は、先週の試合にレックスが送ったスカウトのことで、彼女のことを尊敬していた。
レックスは椅子にもたれ、天井を見上げた。うまく行くだろうか。
**********
彼らは彼女をねらっていた。
大学の試合のチケットが、ただで手に入るということを祖母がどうやって知るようになったのか、レックスには分からなかった。レックスの携帯を盗聴したのだとしたら、見過ごすことはできない。
だけど、もうどうでもいい。ニュースは出た。祖母の友人の息子全員に知れ渡ってしまったのだ。
だから、彼らはみな、レックスをねらっていた。
退社しようとコンピュータを消した途端、携帯が鳴り始めた。大変、あと十五分で日系ジムに着けるかな。
「レクソー・坂井さんですか?」その男性の声は日本語のアクセントがとても強く、机の引き出しからカバンをつかむ手が止まった。
「私です」
「はじめまして。僕は赤荻闘也です(日本語で)。あなたのおばあさん——」
「日本語は話しません」しかし少しは分かった。闘也は、絶対にレックスの祖母のことを言った。外へ向かいながら、暗い疑惑のために歯ぎしりした。
「ああ……あなた、話さない?」
「四世だからね、坊や」
「いえ、僕は坊やじゃなくて、闘也——」
「闘也、何の用?」
「あなたのおばあさんが、僕のお母さんの友達」
「うそでしょ」
「君は可愛い、って言った。スポーツ、好き。大学の試合のチケット、取れる。イエス?」
「何?」レックスは車のキーを落とした。「どこで聞いてきたの?」
「お母さんが——」
彼の母親か。「いいえ、興味ないわ、じゃあね」
「だけど——」
電話を閉じて、車に滑り込んだ。電話が鳴った。「もしもし?」
「レック・坂井さん?」
今度は中国語なまり。最悪。もしかしたらカーブボールが投げられるかも。
「(日本語で)もしもし! お手洗いに行ってもいいですか?」
「あの……」
「いち、に、さん、し、ご! ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ!」
「ええと……ニーハオ、マ?」
(早く切ってよ)レックスの日本語の語彙は少ない。「お手洗いに行く」というフレーズを繰り返そうと思った。「お手洗い——(日本語で)」
(カチャッ)
レックスは自分の手の中にある不愉快な電話を見つめた。電源を切ろうか。だけど、ワサマタユからの電話だったら?
鳴った。(ダメ、ダメ、ダメ、ダメ)もう一度鳴るまで待った。サンノゼ市内の番号だが、名前は分からない。痛々しいほど顔をゆがめ、電話のフタを開けた。「も、もしもし?」
「レックス・坂井さん?」アメリカ人のアクセントだ。
「そうですが」
「こんにちは。僕の叔母が、あなたのおばあさんの友達なんですが……」
**********
バレーボールに向かう途中、さらに二件の電話をさばいた。横滑りしながら駐車場に入り、駐車スペースで急停止した。サイドブレーキを引いて、高校のジムの入口へと急いだ。
「レックス・坂井さんですか?」三人のアジア系男子のうち一人が、入口の近くに立っていた。
レックスは硬くなり、中にいる選手をのぞき見た。何を考えていたのだろうか——二メートルも離れていないところに友達がいるのに、見知らぬ人に攻撃されるとでも?
長身で細身、大学を卒業したばかりのように見える、話しかけてきた男子の方を向いた。「悪いけど、遅れてるの。また後でね」終わるまで彼らが待っていればの話だが。待たないでもらえる方がよかった。
もう一人の男子が、その広い胸でレックスの行く道をさえぎった。「君のおばあさんが、僕らの母親にチケットのことを話したって、知ってるよね」ニヤッと笑い、その手を横に広げた。「嫌がられてるのは分かるけど、僕らのお願いは簡単なことだと思うよ」
一人めの男子が近寄ってきた。「デートに行く必要はない。今週末のバークレーのチケットを持ってて、もし行かないんだったら、僕らにくれない? 母親にはディナーも映画も素晴らしかった、って言っとくから」
開いた口が塞がらず、あごが痛くなった。これは、チケットを条件として言い寄られるよりマシなのだろうか? 「冗談でしょ」
「じゃあ——君、ゲームに行くの?」
不満のうなり声をあげて、強引に彼らの間をかき分けて通った。ばか! 間抜け! 彼らのおかげで、ボールを叩きつけるのに完璧なムードができあがった——
「レックス・坂井さん?」
「何っ?」野生動物のように叫びながら、体をねじって振り向いた。
先週、彼女を観察していた二人の白人男性が目の前にいる。ワサマタユのスカウトかも知れない人たちだった。(誰か、いますぐ射殺して)「あの……ごめんなさい。別の人だと思ったので……」作り笑いをした。
彼らの無表情な顔は、テレビで見るFBIの捜査官を思い出させた。それか、コートの中でイライラしているエイデン。背の低い方の人がレックスに封筒を渡した。
ジムバッグが地面に落ちた。彼女はこの封筒を破って開けた。
(ワサマタユのトライアウトにお招きします……)
「わあっ! ありがとうございます!」
「どうも」しかめっ面をした背の高い方の男がうなずいた。
「感心しましたよ。あなたの力強くて正確なプレイには」背が低い方の男の口調は、ビジネスレポートを読んでいるように聞こえた。
レックスは顔を輝かせた。「あなたにキスしたいぐらいだわ!」
彼は咳払いをした。「それは遠慮させてもらいます」
**********
レックスは、お金が必要だった。
彼女にとってこんなに大事なことが、始まる前に終わってしまうかもしれないなんて、なんという皮肉だろう。
ワサマタユの年会費は数千ドル——ペアで働いている時だったら心配しなくてよかったのに。貯蓄を崩して、うちで節約しながら生活しているうちに、給料のいいエンジニアの仕事に戻ることができるだろうか。
さて、トライアウトの前に、五千ドルの前金を支払わなくてはならなかった。入れなかった時には返金されるそうだ。
レックスは、そこをもう一度読み直した。自分は選ばれるはずだ。これだけ激しいトレーニングをしてきたんだから。
しかし、お金のことが心配だった。家賃を払わないで父の家に住むのではなく、コンドミニアムを借りる必要がある上、SPZの仕事はペアの時より給料が安い。女子チームのプレイオフ費用のために、代替案として——十分とは言えないが——自分の貯蓄を使うことも考えていた。
エイデンがレックスの隣に座って靴を脱いでいた。二人の携帯が同時に鳴り始めた。
レックスは番号をろくに見もしないで電話を切り、床に投げた。その晩の不在着信は六件。祖母は、年頃の息子を持つ友達が何人いるのだろうか? ため息をついて目を上げた。
(もう、最悪。何でこんなにしつこいの?)
長身の痩せた男の方が残っていた。後の二人は出て行ったようだ。レックスはうめき声を上げて、頭を垂れた。脈打つ頭痛が目玉の真後ろで始まった。
「それで、レックス」ミスター忍耐が腰を曲げ、彼女にまとわりついている。「チケットの話をしようよ」
「したくないわ」自己紹介すらしない、横柄なヤツだ。
彼女は不機嫌なのに、彼は笑った。「頼むよ——僕の母親と君のおばあさんっていうお互いの問題は、簡単に解決できるんだよ」
考えが浮かんだ。レックスは、その後すぐに感じた罪悪感を押しのけた。「どうするっていうの?」
ミスター忍耐は瞬きした。「あのさ……僕、検眼医なんだ」財布の中から名刺を取り出して、彼女に渡した。
この人は支払い能力がある。そして、彼女はお金が必要。彼は、週末のバークレーの試合のために五千ドル払うつもりはないかもしれないが、他にもチケットを手に入れるためにお金を出すのをいとわない友達がいるはずだ……
ノー、ノー、ノー。そんなことを考えた自分が信じられなかった。若干違法であることはさておき、誠実にチケットをくれた同窓会を裏切ることはできない。
ミスター忍耐は、兄のリチャードと同じような厚かましい態度で笑った。
「ダメよ」彼女は、彼に名刺を押し返した。「ダメ」
彼の笑顔が大きくなった。「レックス——」
「ダメ」
「もう、頼むよ——」
「ダメだ、って言ってるよ」エイデンの鋭い声が割って入った。レックスは、彼が隣に座っていることをすっかり忘れていた。明らかに携帯での会話が終わり、ミスター忍耐の話を聞いていたのだ。
彼はムッとした顔をエイデンに向けてから、悔しそうな目でレックスを見た。「名刺、持っててよ。気が変わったら——」
「変わらないわ」彼に背を向けて、靴を脱ぎ始めた。レックスは、誰も見ていなかった。もちろんエイデンも。
二つめの靴を脱ぎ終わるまで待った。「行った?」
「うん」エイデンは、スニーカーを探して鞄の中を探った。
レックスはモゾモゾと靴下に指先を入れながら、足を見つめた。とうとう目を上げて、エイデンを見た。「サンキュー」
彼の眼差しが彼女に留まった。優しいが、探るような表情ではなかった。「お安い御用」
胸の上に温かみが残った。エイデンが何も言わずにそこにいることが……気に入った。特に、事実上全ての男がレックスからチケットを欲しがる時には。
彼は違った。
レックスは、放り投げた携帯の方を見た。
鳴っていた。
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第18章
今は、レックスが大好きな気晴らしの時間——いとこのブライドジラの相手をすることだ。できる限り長い間放っておいたのだが、今は金曜日の夕方。オフィスのドアを閉め、マリコに電話をかけようと腰かけた。
「もしもし?」
レックスはためらった。甘く柔らかい声——とてもマリコらしくない。「マリコ、レックスよ」
「何か用?」マリコはいつもの声で怒鳴った。
「明日のブライダルシャワー、行けない」
「もちろん、来られるわ」一言一言がナイフのように鋭い。
レックスはため息をついた。マリコはホルモンに動かされている。「考えてみて、おばあちゃんが決めたブライズメイドで、私はその中のただ一人よ。友達との楽しい時間を私に壊されたくないでしょ」
意味ありげな沈黙——マリコのどっちつかずな態度が目に見えるようだった。(おばあちゃん……友達と楽しむ……おばあちゃん……友達と楽しむ)「ダメよ」
「どうしてよ?」
「おばあちゃんに殺されるからよ」困窮しているような調子の声だった。
「おばあちゃんは来ないでしょ。私が行かなかったことがどうやって分かるの? 誰かが告げ口するとか?」
「だって……おばあちゃんから電話がかかってくるわ。どうだったかって」
何という下手な言い訳、たとえマリコだったとしても。彼女に対するレックスの信頼は、ハワード叔父さんが悪い冗談を言わないことを信じているのと同じぐらいのレベルだった。「他に何かあるんでしょ?」
「何もない」しかし、そのキツい言い方からは、本物の苛立ちが感じられなかった。
何故マリコは、そこまで頑としてレックスに来てもらいたいのだろうか? 「何かおばあちゃんに頼まれてる? 私に紹介したい男を招待したとか?」
「ち、違う! あなたのためにそんな努力はしないわ」
「そうよね。だけど、おばあちゃんのためだったらするでしょ」
「あなたって、本当に自分のことしか考えてないわね。絶対に来るのよ。そして、何もぶち壊さないで。あなたはいつも何かをダメにするんだから」
レックスは喉が苦しくなり、痛みを呑み込んだ。「そんなことない」咳払いをした。「そんなことない」そうだ、もっと力強く言った。
運よくマリコは聞いていなかった。「どうして次のOSFCがあなたなの? そうじゃなきゃ、私のブライズメイドにならなくてもよかったのに。どうしてビーナスが次のOSFCじゃないのかな——少なくとも彼女は写真写りがいいから。それともジェニファー——彼女はいつも気楽にしてる。何で、あなたがいない理由をおばあちゃんに説明しなきゃいけないの? 私が」
レックスは電話を強く握った。「何でこんなことさせるの? 私、何かした?」
「私より十三ヶ月遅れて生まれた、ってだけ」
レックスは熱い息を吐いた。「それは私のお父さんのせいでしょ」
「長年OSFCだった、ってことがどんだけ辛かったか、あんたは分かってない」
「ちょっとちょっと、自分のことばっかりじゃない」レックスは何かを壊したくなった。「あんたのくだらないシャワーには行かないわよ、どうせ私にそこらの男を押しつけるつもりなんでしょ」
「くだらないシャワーじゃないわ——」
「今週どれだけ大変なことがあったか、分かる?」レックスは指折り数え始めた。「十日以内に家を出なきゃいけない。お父さんが今週末にガレージセールをできるように、荷物を整理しなきゃいけない。お父さんはハワード叔父さんの家に引っ越すから、私のスペースはないのよ! たった三日で家なし、所有物なしになるのよ、分かる?」
マリコの低く脅すような声が、電話越しにはっきりと聞こえた。「あんたは明日来るの。来なかったら、私がおばあちゃんに直接言うわ。あんたはバートに会いたくないんだって」
「やっぱり! 私に男を押しつけようとしてるじゃない」
「本当に子供ね。九時よ、分かった?」(カチャッ)
レックスは椅子に倒れ込んだ。人生は実に不公平だ。マリコとそのキャピキャピした友達は、ブライダルシャワーで笑い、楽しんでいる。だが、男勝りのレックスは違う。全く興味のない男が、自分に興味があるふりをしながら嘲笑っている。そして、その場を出るか出ないかのうちに、祖母から電話がかかってくるのだ。「どうだった? 彼は、あの娘を気に入った?」
このようなことが、この最悪の週に起きてはならない。ボーイフレンド探しはあきらめた——家探しの方が先だ。父が自分を追い出したくてたまらないように思えて、二重に見捨てられた気がした。
いや、そんな風に考えるべきではない。父は最近気が散っているようだった。彼はレックスを愛している。父と叔父のハワードは、独身男性向けコンドミニアムでの生活を楽しむはずだ。そのことについて父に腹を立てるのは間違っている。確かにレックスはひどい娘だったかもしれない。父が自分のことを一生面倒みてくれるなど——期待するべきだっただろうか?
十日後にはインターネットも使えなくなるから、ついでにオンラインでコンドミニアムでも探そうか。スリープモードのコンピュータを起こすため、マウスを動かした。
あ、メールが来ている。ラッセルからだ。
(レックス、おめでとう! あなたの女子中学生クラブチームは、SPZスポンサーファンドの支援対象に選ばれました。資金は九月から……)
何これ? もう一度読んだ。
選ばれた。却下されなかったんだ。
「お金ができた!」レックスは静かなオフィスの中で、大声で叫んだ。
メールの続きを読んだ。(SPZスポンサーファンド委員会は、より多くの女子選手の参加を奨励するこの機会に熱心に取り組んでおり、コミュニティを築き、女子選手に機会を提供し、地域の他の子供たちに影響を与えることを願っています)
(資金の提供は、夏のプレイオフの最終成績が条件です。これは、完璧なチームを要求しているからではなく、あなた自身のコーチとしてのスキルを評価するためです)
なるほど、負けてばかりのチームをサポートしたくないということだろう。だが、困った、プレイオフでボロ負けだったら、レックスが面目を失うことになる。
(プレスリリースが既に新聞で公表されています——)
プレスリリース? つまり、チームの成績が悪いと、彼女が面目を失うばかりか、彼女の会社がコミュニティ全体に対して面目を失うのだ。
素敵。プレッシャー、ゼロ。
つまり、レックスはプレイオフのために祖母のお金がどうしても必要だ。SPZの資金は九月まで入ってこない。マリコの結婚式は六月だった。
九月まで、バカ男くん——いや、ボーイフレンドが必要だ。さらに、結婚式の時には本当のカップルのように見えなくてはならない。
レックスは唇を噛んだ。些細な問題が、お腹の中で穴を掘り始めた。ラブラブなように見られるのをいとわない人じゃなきゃダメだ。だって、「エペソ」のリストにもそうあるじゃないか。
結婚式の時、自分は場違いに見えないだろうか? マリコの顔と彼女のアジア系バービー人形のようなポーズが、目の前に浮かんだ。本当に魅力的で、本当に今風、本当に可愛い。レックスはブスではないが、魅力的でも、決して今風でもないし、他の人から可愛いと思われたくもなかった。
いや違う、レックスに悪いところは何もなかった。そこにいる女の子達や、叔母さんたち、そして祖母に見せつければいい。レックスは魅力的だ。同情されることはない。特にあの人たちからは。レックスは、あんなおバカさんたちと、おバカさんたちのボーイフレンドよりも優秀だ。
(パチン!)電球が切れた。
スーパースターとデートでもして、あっと言わせてやろうか。眩いばかりのボーイフレンドを見て、彼女らはレックスのスーパーウーマンのような魅力にひれ伏すだろう。
昨日もちょうど、母校での行事のことで、A’sの新しいピッチャーに電話をかけたところだった。彼とは気が合った。おいしい中華料理を約束すれば、彼は結婚式のときのデート相手になることに合意してくれないだろうか。
それか、ジャイアンツの新しいショート。彼の親友であるUCLA同窓会代表者は、先週の試合にレックスが送ったスカウトのことで、彼女のことを尊敬していた。
レックスは椅子にもたれ、天井を見上げた。うまく行くだろうか。
彼らは彼女をねらっていた。
大学の試合のチケットが、ただで手に入るということを祖母がどうやって知るようになったのか、レックスには分からなかった。レックスの携帯を盗聴したのだとしたら、見過ごすことはできない。
だけど、もうどうでもいい。ニュースは出た。祖母の友人の息子全員に知れ渡ってしまったのだ。
だから、彼らはみな、レックスをねらっていた。
退社しようとコンピュータを消した途端、携帯が鳴り始めた。大変、あと十五分で日系ジムに着けるかな。
「レクソー・坂井さんですか?」その男性の声は日本語のアクセントがとても強く、机の引き出しからカバンをつかむ手が止まった。
「私です」
「はじめまして。僕は赤荻闘也です(日本語で)。あなたのおばあさん——」
「日本語は話しません」しかし少しは分かった。闘也は、絶対にレックスの祖母のことを言った。外へ向かいながら、暗い疑惑のために歯ぎしりした。
「ああ……あなた、話さない?」
「四世だからね、坊や」
「いえ、僕は坊やじゃなくて、闘也——」
「闘也、何の用?」
「あなたのおばあさんが、僕のお母さんの友達」
「うそでしょ」
「君は可愛い、って言った。スポーツ、好き。大学の試合のチケット、取れる。イエス?」
「何?」レックスは車のキーを落とした。「どこで聞いてきたの?」
「お母さんが——」
彼の母親か。「いいえ、興味ないわ、じゃあね」
「だけど——」
電話を閉じて、車に滑り込んだ。電話が鳴った。「もしもし?」
「レック・坂井さん?」
今度は中国語なまり。最悪。もしかしたらカーブボールが投げられるかも。
「(日本語で)もしもし! お手洗いに行ってもいいですか?」
「あの……」
「いち、に、さん、し、ご! ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ!」
「ええと……ニーハオ、マ?」
(早く切ってよ)レックスの日本語の語彙は少ない。「お手洗いに行く」というフレーズを繰り返そうと思った。「お手洗い——(日本語で)」
(カチャッ)
レックスは自分の手の中にある不愉快な電話を見つめた。電源を切ろうか。だけど、ワサマタユからの電話だったら?
鳴った。(ダメ、ダメ、ダメ、ダメ)もう一度鳴るまで待った。サンノゼ市内の番号だが、名前は分からない。痛々しいほど顔をゆがめ、電話のフタを開けた。「も、もしもし?」
「レックス・坂井さん?」アメリカ人のアクセントだ。
「そうですが」
「こんにちは。僕の叔母が、あなたのおばあさんの友達なんですが……」
バレーボールに向かう途中、さらに二件の電話をさばいた。横滑りしながら駐車場に入り、駐車スペースで急停止した。サイドブレーキを引いて、高校のジムの入口へと急いだ。
「レックス・坂井さんですか?」三人のアジア系男子のうち一人が、入口の近くに立っていた。
レックスは硬くなり、中にいる選手をのぞき見た。何を考えていたのだろうか——二メートルも離れていないところに友達がいるのに、見知らぬ人に攻撃されるとでも?
長身で細身、大学を卒業したばかりのように見える、話しかけてきた男子の方を向いた。「悪いけど、遅れてるの。また後でね」終わるまで彼らが待っていればの話だが。待たないでもらえる方がよかった。
もう一人の男子が、その広い胸でレックスの行く道をさえぎった。「君のおばあさんが、僕らの母親にチケットのことを話したって、知ってるよね」ニヤッと笑い、その手を横に広げた。「嫌がられてるのは分かるけど、僕らのお願いは簡単なことだと思うよ」
一人めの男子が近寄ってきた。「デートに行く必要はない。今週末のバークレーのチケットを持ってて、もし行かないんだったら、僕らにくれない? 母親にはディナーも映画も素晴らしかった、って言っとくから」
開いた口が塞がらず、あごが痛くなった。これは、チケットを条件として言い寄られるよりマシなのだろうか? 「冗談でしょ」
「じゃあ——君、ゲームに行くの?」
不満のうなり声をあげて、強引に彼らの間をかき分けて通った。ばか! 間抜け! 彼らのおかげで、ボールを叩きつけるのに完璧なムードができあがった——
「レックス・坂井さん?」
「何っ?」野生動物のように叫びながら、体をねじって振り向いた。
先週、彼女を観察していた二人の白人男性が目の前にいる。ワサマタユのスカウトかも知れない人たちだった。(誰か、いますぐ射殺して)「あの……ごめんなさい。別の人だと思ったので……」作り笑いをした。
彼らの無表情な顔は、テレビで見るFBIの捜査官を思い出させた。それか、コートの中でイライラしているエイデン。背の低い方の人がレックスに封筒を渡した。
ジムバッグが地面に落ちた。彼女はこの封筒を破って開けた。
(ワサマタユのトライアウトにお招きします……)
「わあっ! ありがとうございます!」
「どうも」しかめっ面をした背の高い方の男がうなずいた。
「感心しましたよ。あなたの力強くて正確なプレイには」背が低い方の男の口調は、ビジネスレポートを読んでいるように聞こえた。
レックスは顔を輝かせた。「あなたにキスしたいぐらいだわ!」
彼は咳払いをした。「それは遠慮させてもらいます」
レックスは、お金が必要だった。
彼女にとってこんなに大事なことが、始まる前に終わってしまうかもしれないなんて、なんという皮肉だろう。
ワサマタユの年会費は数千ドル——ペアで働いている時だったら心配しなくてよかったのに。貯蓄を崩して、うちで節約しながら生活しているうちに、給料のいいエンジニアの仕事に戻ることができるだろうか。
さて、トライアウトの前に、五千ドルの前金を支払わなくてはならなかった。入れなかった時には返金されるそうだ。
レックスは、そこをもう一度読み直した。自分は選ばれるはずだ。これだけ激しいトレーニングをしてきたんだから。
しかし、お金のことが心配だった。家賃を払わないで父の家に住むのではなく、コンドミニアムを借りる必要がある上、SPZの仕事はペアの時より給料が安い。女子チームのプレイオフ費用のために、代替案として——十分とは言えないが——自分の貯蓄を使うことも考えていた。
エイデンがレックスの隣に座って靴を脱いでいた。二人の携帯が同時に鳴り始めた。
レックスは番号をろくに見もしないで電話を切り、床に投げた。その晩の不在着信は六件。祖母は、年頃の息子を持つ友達が何人いるのだろうか? ため息をついて目を上げた。
(もう、最悪。何でこんなにしつこいの?)
長身の痩せた男の方が残っていた。後の二人は出て行ったようだ。レックスはうめき声を上げて、頭を垂れた。脈打つ頭痛が目玉の真後ろで始まった。
「それで、レックス」ミスター忍耐が腰を曲げ、彼女にまとわりついている。「チケットの話をしようよ」
「したくないわ」自己紹介すらしない、横柄なヤツだ。
彼女は不機嫌なのに、彼は笑った。「頼むよ——僕の母親と君のおばあさんっていうお互いの問題は、簡単に解決できるんだよ」
考えが浮かんだ。レックスは、その後すぐに感じた罪悪感を押しのけた。「どうするっていうの?」
ミスター忍耐は瞬きした。「あのさ……僕、検眼医なんだ」財布の中から名刺を取り出して、彼女に渡した。
この人は支払い能力がある。そして、彼女はお金が必要。彼は、週末のバークレーの試合のために五千ドル払うつもりはないかもしれないが、他にもチケットを手に入れるためにお金を出すのをいとわない友達がいるはずだ……
ノー、ノー、ノー。そんなことを考えた自分が信じられなかった。若干違法であることはさておき、誠実にチケットをくれた同窓会を裏切ることはできない。
ミスター忍耐は、兄のリチャードと同じような厚かましい態度で笑った。
「ダメよ」彼女は、彼に名刺を押し返した。「ダメ」
彼の笑顔が大きくなった。「レックス——」
「ダメ」
「もう、頼むよ——」
「ダメだ、って言ってるよ」エイデンの鋭い声が割って入った。レックスは、彼が隣に座っていることをすっかり忘れていた。明らかに携帯での会話が終わり、ミスター忍耐の話を聞いていたのだ。
彼はムッとした顔をエイデンに向けてから、悔しそうな目でレックスを見た。「名刺、持っててよ。気が変わったら——」
「変わらないわ」彼に背を向けて、靴を脱ぎ始めた。レックスは、誰も見ていなかった。もちろんエイデンも。
二つめの靴を脱ぎ終わるまで待った。「行った?」
「うん」エイデンは、スニーカーを探して鞄の中を探った。
レックスはモゾモゾと靴下に指先を入れながら、足を見つめた。とうとう目を上げて、エイデンを見た。「サンキュー」
彼の眼差しが彼女に留まった。優しいが、探るような表情ではなかった。「お安い御用」
胸の上に温かみが残った。エイデンが何も言わずにそこにいることが……気に入った。特に、事実上全ての男がレックスからチケットを欲しがる時には。
彼は違った。
レックスは、放り投げた携帯の方を見た。
鳴っていた。
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