【オンリー・ウニ】第19章

『オンリー・ウニ』

寿司シリーズの第二作
著者:キャミー・タング
日本語訳:西島美幸
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第19章

 日曜日に教会へ行ったとき、また悪い予感がした――(今日は最悪の日になりそう)また、入り口で日曜学校コーディネータのチョイ夫人に会った。「ペットを連れてくるなんて、素晴らしいアイディアね」チョイ夫人は、トリッシュの目を見ないで話した。「あなただったら、もちろん誰にも怪我をさせないわよね」

「ああ、もちろんです」

「素晴らしいわ」トリッシュが教室に入る黄色いドアを開けると、チョイ夫人はそそくさと逃げていった。

 壁を通り抜けて礼拝堂まで届くような声だったが、賢明な建築業者が乾式壁の中に防音材を入れただろうか。次の瞬間、腐敗臭の波に襲われ吐きそうになった。

 レインボーカラーの壁にケージが並び、遊び場後ろのドアの外側にもいくつか置かれていた。自分のペットを守るようにうろうろしている子供もいれば、ケージをせわしなく見回って、中にいる動物を苛立たせている子もいた。子供の数よりケージの数の方が少ないようなので、明らかに忘れた子もいたのだろう。それに、プレシャスやフィフィ(ペットの名前)を日曜学校に連れてくることが許されなかった子もいたかもしれない。

 グリゼルの髪はまた逆立っていたが、トリッシュがドアから入って来るのを見て、パッと明るくなった。そしてすぐ、警戒の表情に変わった。「だめよ、ボビー。まだ帰る時間じゃないの――トリッシュ、ドア!」

 ボビーが脱走しようと身をよじって足を出す前に、トリッシュはドアをバタンと閉めた。

「じゃあみんな、座って。ショー・アンド・テルを始めましょう」

 クラスの子供たちが集まって来るのに少し時間がかかった。よかった――時間を浪費した方が、一人の子供がペットを見せる時間が減る。見せる時間が減れば、ペットをケージから出す時間も減るだろう。

「誰が先?」

 空中に手が上がった。

「ボビー、あなたが一番よ」

 交響曲のように不平の声が上がり、グリゼルが指を振ると、急に静かになった。

 わあ、すごい。魔法の指だ。

 ボビーは立ち上がり、ガラスのケージに向かった。現れたのは――。

「これはサミー。僕の蛇だよ」

「おおっ」「ああっ」

(オエーッ)トリッシュはこっそり後ろに下がろうとした。

「ネズミを食べるんだ」

 女の子がキャーッと叫んでケージの方へ走り、体を巻きつけるように覆った。この子のペットはネズミかな。トリッシュは叫び声と歓声の中でサミーがネズミちゃんを食べる幻想を見た。

 ダメだ。トリッシュが生きていて、蛇より早く走れる体と足がある間は、そんなことが起こってはならない。

「ありがとう、ボビー。次は?」

 スージーが恐怖に怯えた子猫を持って立ち上がった。「これはキティ。私の子猫よ」

 この子たちはあまり独創性がないようだ。

「この子もネズミを食べるのよ」スージーはしくしく泣き出したネズミ少女を横目で見た。

「ありがとう、スージー」グリゼルのたくましい腕――さらなる被害が生じる前に、スージーを力強く制止した。

「サラ、あなたの番よ」

 ケージの中から何かをつかみ、手の中に入れて教室の前へ急いだ。「ハミーよ。ジャンガリアンハムスターの赤ちゃんなの」

「どこ?」

 おおっ、超ミニサイズ。サラの手にすっぽり収まっても、まだ余裕があった。なんて可愛い毛玉――。

「キャッ」サラは手を引っ込め、ハムスターを落とした。

 大変。かわいそうに、大丈夫かしら? トリッシュはヨタヨタ歩く小さい毛玉を追いかけた。

「血が出てる!」サラがグリゼルに手を伸ばすと、赤い血がカーペットにポタポタと落ちた。

「どうしたの?」トリッシュはハミーを手に包み込んだ。親指より少し長いぐらいだから、子供が間違って踏みつける前に捕まえられてよかった――。

「ああっ!」手の中を何度も噛まれて、パッと手を開けた。ハミーは子供の膝の上に落ちた。

 このハムスターに噛まれたのだった。何度も。そしてトリッシュの手からもサラのように血が出ていた。

 ハミーは暴れ出した。そのかわいそうな少女の足をガブッとやった。その子は叫んで足をバタバタしたので、ハミーは隣の子の膝に跳んでいった。

 男の子が拾い上げた。

「だめー!」

 遅すぎた。ハミーはその子の指の腱をかみ切った。「ああああっ!」少年は振り落とそうとしたが、ハミーはしがみついた。

 何という頑固な生き物。自分の手からしたたる血を無視して、トリッシュはパタパタともがくハムスターに手を伸ばしたが、ハミーは少年の手を離すと、子供たちが集まっている方へと跳んでいった。

 思ったほどハミーはかわいくないことが分かった子供たちは、ちりぢりになっていった。その方がよかったのだが、攻撃者となったハムスターが次に落ちたマシューの膝までトリッシュの手は届かない。

 マシューはハミーを拾い上げた。

「ダメ、マシュー――。」

 子供がトリッシュの足の間に飛んできて、床に倒れた。別の子供の上に倒れそうになったが、疑うことを知らない犠牲者の上で世界プロレス連合なみのボディースラムをするのを避けるため、腕立て伏せをするように手を出した。

 叫ぶ子供達に頭と体を蹴られながら、トリッシュは、はうように前に進んだ。ほとんどの子供達は、何から逃げているのかも知らなかった。(ハミーを……捕まえなきゃ……)

 マシューのところにたどり着いた。静かに座り、輝くような黒い瞳でトリッシュに笑いかけている。唇に小さい血の跡が見えた。

 ハミーはいなくなっていた。

(ウソよ。マシューはやってない。できるはずはない。そんなに大きい口じゃないし。確かに、ハミーはとても小さかった。それにマシューは最近ニシキヘビのように何でものみ込んでいた。だけどまさか……)

 マシューはゲップをした。

 頬に血がにじんでいるグリゼルは床に膝をついた。マシューをじっと見て、それからトリッシュを見た。「呑んでないよね」

「呑んだと思うわ」

「もしかしたらこのへんにいるかも……」カーペットに目を走らせた。

「痛いって叫んでる子、誰もいないでしょ?」

 グリゼルは唇を噛んだ。

「何かあったのか?」子供たちのざわめきに混じり、ドアの付近から男性の声が聞こえた。グリゼルの魔法の指のように、静かになった。

「スペンサー!」大きいお尻を突き出したまま、トリッシュは叫んだ。素敵。必要以上に長い間スペンサーに見られる必要がないように、急いで立ち上がった。「あっ、ドアを閉めて!」

 スペンサーは、ボビーが逃げ出す前にドアを閉めた。

 グリゼルも立ち上がったが、顔は青ざめていた。スペンサーのことが好きだったのか? 嫉妬しているわけではない。トリッシュにとって、彼はいいデート相手としての資質があるわけではないが、確かに彼のことを楽しいデート相手だと思う子もいるだろう。おかしい……鋭い痛みが胃を切り刻み出した。

「どうしてここに?」トリッシュは手についた血をジーンズでそっと拭こうとした。

「叫び声が聞こえたから、何かあったのかと思ったんだ」

「違うわ、問題なんてない」トリッシュは、本当の笑顔に見せようと口角を上げた。「ちょっと子供たちが興奮してるだけ。ペットもいるし」

「あの……」

 グリゼルはトリッシュのふくらはぎをさっと蹴った。

「何?」小声で言った。

「ヘーイ、坊主。元気か?」スペンサーが教室の中に入ってきた。マシューの方へまっすぐ。ああ、子供の扱いが上手なんだ。怯える子供たちが壁の前で並んでるのに、マシューが誰もいない床の真ん中に座っているのは、怖がっているからだと思ったのだろう。

 マシューを抱き上げた。「この唇、何で切れたんだ?」


「何でもないわ。後で親に言うから」

 グリゼルがまたトリッシュを蹴った。

 スペンサーが何か変な顔をした。何かを知っていて、それを言おうかどうしようか決めかねているような表情だ。トリッシュはスペンサーを信用していなかった。「何よ?」

「何って、何だよ?」

「知らないふりをするには遅すぎるのよ。何なの?」

 グリゼルがまた唇を噛んでいる。最高。グリゼルもグルだったとは。トリッシュは仲間外れにされるのが大嫌いだった。

 グリゼルの方が脅しやすい。鋭く見た。「どうなってるの?」

「あの……」心配そうに、マシューを優しく揺らすスペンサーを見た。

「白状しなさい、グリゼル」

 スペンサーが助け舟を出した。「マシューは僕の息子なんだ」

「えっ? あなたは黙ってて!」トリッシュは、床が抜けたような気がした。あるいは、それが希望的観測だったのかもしれない。もしかしたら、お腹が本当にドサっと落ちたのかもしれない「あなたって――既婚者だったの?」

「昔はね」スペンサーの口が微妙に引き締まった――ほんのわずかだったので、トリッシュはほとんど気づかなかった。笑顔で息子のマシューをからかいながらも、顎が硬くなっているようだった。

 スペンサーが子持ちだったとは、トリッシュは夢にも思っていなかった。彼のことをよく知らない自分に、ここでもまた気がついた。マシューをあやすスペンサーは少し年上で、少し穏やかな人のようで、彼の優しい側面を見せていた。ちょっとハンサムにさえ……。

「今度は君が白状する番だ」厳しい目つき――シンバがライオンの子を守るように。「何で血が出てるんだ? この子」

「あの……」

 トリッシュはグリゼルを見たが、すでに二歩後ろに下がっていた。「あなたのアイディアだったのよ、トリッシュ」

「裏切り者」だが、確かにそうだ。

 スペンサーはモジモジし始めたマシューを降ろした。背中をまっすぐに伸ばして、腕を組んだ。トリッシュはその身長差を縮めることができるハイヒールを履いていなかった。

「ほら、今日はペットを連れてくる日だったでしょ」

「へえ、そんなこと、全然知らなかった」

 トリッシュはにらんだ。「嫌味を言わないで」

「話題を変えるな」

「そうだった。サラがハミーっていう名前のハムスターを連れてきたの。ハミーだった」

「だった?」

「先に言わせて。そのハムスターが悪かったの」

 サラが泣き叫んだ。「違うわ! ハミーはいい子だったの」

 トリッシュは呆れたように目をぐるっと回した。「ハミーはね、ブラック・アンド・デッカー* のノコギリみたいな歯をしてたの」

 グリゼルはしきりにうなずいたので、髪の毛が揺れた。「だから、噛まれちゃった子もいたの。トリッシュもよ」

「君も?」スペンサーの眉間にシワが寄った。

「大したことないわ」手を後ろに回した。その「大したことない」ものが刀で斬られた傷のようにうずき始めたが、スペンサーに言うつもりはなかった。「とにかく、子供達を守ろうとしたの」

「マシューは守れなかったってことか」その目はまた厳しくなった。

「ハミーを触っちゃダメって言ったのよ」トリッシュは口に手を当てた。「マシューが言うことを聞かなかったのは私のせいじゃないわ。それに、のみ込んだんなら明らかに強く噛まれてない――あの……」

 スペンサーは目を閉じて、鼻筋を親指と人差し指で押さえた。「当ててみようか。ハムスターを食べたんだな」

「ごめんなさい。間に合わなくて。子供たちの間でつまずいちゃって――」

「手から口に行くのがすごく早いんだよ、この子は」痛々しそうに息子を見た。

 マシューは父親に笑った。「おいしい!」

(おえっ)

 スペンサーは頭をかいた。「ハムスターって毒は持ってないよな?」

「持ってないと思う」

 ため息をついた。「救急へ連れてく」

 マシューはパッと明るくなった。「看護師のベティさん!」

 トリッシュは眉を上げてスペンサーを見た。「救急の看護師さんの名前、知ってるの?」

「向こうもこいつの名前を知ってる」

 可哀想なお父さん。

 グリゼルは子供たちを静かにさせ、マシューは父親のところへ行った。その眉がどんより曇った。「パパ、気持ち悪い」

 部屋の反対側にいたトリッシュとグリゼルは目が合い、お互いを鏡に映しているようにパニックになった。「ダメ! ここじゃダメ!」

 スペンサーはマシューを抱えて出て行った。トリッシュは走っていってドアを閉めたが、ボビーがとうとう通り抜けた。

「自由だ!」

 

 トリッシュは、目の前のテールライトをにらんだ。首が痛く、背中を丸くしてハンドルに寄りかかった。いつもひどい渋滞――日曜日でも――それに、85号線は両方向とも事故だ。前方には赤いライトが帯のように連なり、左側にはダイヤモンドの鎖のようなライトが続いていた。

 災難に終わったショー・アンド・テル騒動があったために、教会の秘書が誰か聞くのを忘れていた。ルームメイト募集の広告を掲示板に貼らせてもらいたかったのに。スペンサーに電話しようかと思ったが――ダメだ、きっと取り憑かれたような口を持つ息子と救急にいるのだろう。

 エイデン? 彼だったら知ってるはず。だけど携帯の番号が分からなかった――もちろんだ。ブルートゥースでワイヤレスヘッドセットをつなぎ、レックスの番号を呼び出した。

「ねえ、エイデンの番号教えて」

「何で?」

「勘ぐらないでよ。覚えてる? 私は新しい人――」

「分かった、分かった。神様に献身しようとしてるんだよね――」

「完全に」

「完全に、神様に献身するのよね。だから何で?」

「教会の秘書の電話番号が欲しいの」

「ふーん、エイデンの番号はこれ」

 トリッシュがその番号をダイヤルすると、ボイスメールに入った。「ハーイ、トリッシュです。秘書の電話番号を聞くのを忘れちゃって。ルームメイトの求人を貼ってもらいたいの。お電話ください。まだ教会の住所録をもらってないし。じゃあ、よろしくね」

 マーニーのようなルームメイトだったら、と思うとお腹が痛くなるが、一人じゃ家賃を払えないし、リース期間はあと四か月残っていた。希望者のスクリーニングができたらいいのに。(履歴書と紹介状を出してくださいとか……)

(独身のキャリアウーマンが、マウンテンビューのキャストロ通りとカルトレインの駅近くにある二部屋のアパートで女性のルームメイトを探しています……)

 トリッシュはやっとフリーウェイの出口に着いて、出口車線に飛び移ったが、大量の赤いテールライトを見て急ブレーキを踏んだ。何? また事故?

 消防車がライトもサイレンもなく過ぎて行った。最高。さらに渋滞、それに事故はもう終わってるから、野次馬になってドラマチックな衝突も見られない。

 駐車スペースへと曲がる途中、トリッシュの大家が近づいてきたので驚いた。RAV4から体を引きずり下ろした。

 大家は強い台湾人のアクセントで、前置きなくしゃべり出した。「あなたのルームメイト、タバコ吸う」

 誰かに胸骨を背骨の方へ強く押されたように、トリッシュの胸は痛くなった。

 大家はまだ話し終わっていなかった。「タバコ、吸いすぎる。火災警報!」その顔は真っ赤になり、呼吸は苦しそうだ。

 トリッシュの目の前で心臓発作を起こすのだけはやめて欲しいと願った。「彼女、引っ越します――。」

「大火事! 居間、全部燃えた!」

 大変だ! トリッシュは足を滑らせた。車にもたれかかった。あそこで見た消防車は……

 大家はトリッシュのぐったりした手首をつかみ、一枚の折られた紙を手の中にピシャリと置いた。

「あんたも出ていく! 明日!」



* アメリカの電動工具メーカー

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※少しでも物語を楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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