【オンリー・ウニ】第11章

『オンリー・ウニ』

寿司シリーズの第二作
著者:キャミー・タング
日本語訳:西島美幸
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第11章

 スペンサーは息を切らして、駐車場へと出ていったトリッシュの後を走って追いかけた。やれやれ、この娘は怒ると大急ぎ出て行ってしまうのか。叫ばないで話ができるよう、十分近づくまで待った。「謝ったじゃないか」

「知ってるわ。だけどすぐに赦す必要はない」トリッシュは、スマートキーのリモコンを押して車のロックを解除した。駐車している車の列の真ん中あたりで、テールライトがチカチカした。「あった、私の車」

 スペンサーは呆れた顔をしたが、トリッシュに追いつこうとダッシュした。「ちょっとからかっただけだよ」

「へえ、それはよかったわね」

 今では、スペンサーはトリッシュのことをよく理解していた――彼女は別に怒っているわけではない。ちょっといじめてみたいだけなのだ。

「トリッシュ」彼女の腕をつかんだ。

「何よ」涼しい顔を向けた。

 スペンサーは片眉を上げてトリッシュを見た。

 彼女は笑い出した。

 は! 笑いをこらえることができなかったようだ。「オリビアが言ってたけど、奉仕がしたいんだって?」

「そうなの」

「あーあ、分かった。ルールの三番目か?」

 トリッシュの顔の上で苛立ちがチラチラしている。「そんな言い方をしなくてもいいんじゃない」

「どんな言い方だよ?」

「がつがつむしゃむしゃトラアル獣と同じぐらい現実的ってことよ」

「はあ?」一体なんだそれ? きっとこの娘がいつも読んでる本に出てくるキャラクターか何かに違いない。

「あなた、『銀河ヒッチハイク・ガイド』読んだことないの?」トリッシュは、ネアンデルタール人を見るような目でスペンサーを見た。「もういいわ。どうせ、そんなルール守れないって思ってるんでしょ」

 トリッシュをさらに怒らせる前に、スペンサーは口を閉じることにした。

 彼女はため息をついた。「そうよ、教会で奉仕がしたいの。どんなことができる?」

「まるでファストフードを注文するみたいだな」

 トリッシュは彼をにらんだ。

「分かった、分かった。賛美チームが一人ボーカリストを探してる」

 彼女の顔が一瞬明るくなった。クリスマスの朝、一つ目のプレゼントを開ける子供のように。そして、その火は消えた。「だめ、あまりうまく歌えないし」

「別に――」

「可能性は低いわね。控えめなふりとか、アジア人らしくとか、できないし」

 スペンサーは肩をすくめた。「そうか。じゃあ、敬老会のポットラックディナー(持ち寄り)の時に台所で手伝ってくれる人を探してる。来週末だよ」

「ああ、それだったらできる」

「料理はできる?」

「あの……料理ができないと、だめ?」

「ポットラックなんだけど、実際にはこっちで料理して、お年寄りはみんなデザートを持ってくるんだ」

「ああ……」トリッシュは唇の内側を噛んだ。

「君、職場では十二種類の違う分析ができるんだよ――レシピ通りに料理するのなんて、簡単だろ」

「分かったわ」トリッシュは車のドアを開けた。「詳しいことはメールで送ってくれる?」

「もちろん。あれ、独身者グループとランチ行かないのか?」スペンサーは、トリッシュがみんなとのランチに参加することを期待していた――いつも行くレストランよりおいしいからではなく、職場のカフェテリアのように、まずい食べ物を食べながら彼女とクスクス笑いたかった。あの鮮やかなオレンジ色のライスを見たら、彼女はきっと大笑いするに違いない……。

「行かない。午後は母のとこへ行くって約束したから」彼が不思議そうな顔をしているのは分かったが、そのまま続けた。「心臓発作から回復してるところ」

 スペンサーは顔をしかめた。「大丈夫?」

「ちょっと弱ってる。父が世話をしてるわ」一瞬顔をそむけた。

「それは心配だね。お母さんのために祈るよ」その言葉は少し気まずそうな言い方だった。スペンサーは小学生の時からクリスチャンだが、あまりそういうことを言ったことがなかった。

 前任の奉仕者コーディネータが一週間前に辞めた時に、この役を引き受けたのは、まさにそれが理由だった。オリビアとエドのところへ行って、またサウンドをやらせて欲しいと頼んだのもそうだ。目の前に立っているこの女性が彼のことをクリスチャンじゃないと思い込んだことがきっかけとなって、ここ数年間クリスチャンのような行動をしてこなかったかもしれないことに気づいたのだった。

「あれっ! 靴のリボンが取れちゃった。どうしたのかなあ」トリッシュは、かがんでターコイズ色の靴の周りを調べている。

 確かに、彼女は真面目な人とは言えなかった。だけど、クリスチャンではないと間違えられたのにはぶっ飛んだ。特に、落ちこぼれてしまって、また正しい方向に戻ろうとしている人に、そう言われるなんて。

 トリッシュは真っ直ぐ立った。「じゃあ、また明日会社でね」驚くべき笑顔を輝かせた。

 スペンサーは息をのんだ。まだ慣れない。「うん、敬老会ポットラックの情報は送るよ」呼吸するのを忘れないようにしているのか、彼の声は少しこわばっていた。

 トリッシュの顔に何かが浮かんだ。頬の内側を噛み、イヤリングをもてあそんでいる。「あのさ、私でも大丈夫かしら……」

「何が?」

「あの、私って……昔さ……」困ったような身振りをした。

 スペンサーは、彼女が言わなかった以上のことがあるのを感じた。「神様のための奉仕はね、完璧じゃないとできないってことはないんだよ」確かに、スペンサー自身のことを考えたらそうだ。

 トリッシュはびっくりしているように見えたが、息を吐き、肩をリラックスさせた。「そうよね」

「じゃ明日」

「え?」彼女はSUVのドア越しに、混乱したような目を上げた。

「会社で?」

「ああ!」頬がピンク色になってきた。「そうね」

 スペンサーは、トリッシュがRAV4に乗り込みながら、「この人からは逃げられないのね……」というようなことをつぶやいたように思った。

 

 推薦状が必要だ。四人分。

 ウエスタン神学校のオンライン願書をスクロールしながら、トリッシュは顔をゆがめた。あともう一枚記入しないといけない。

 上司のダイアナは確実に推薦状を書いてくれるだろう。だけど、あと三人も?

 新しい教会では、誰もトリッシュのことを知らなかった。前の教会に戻ったほうがいいのだろうか……?

 教会の台所でお皿を洗っているトリッシュを、鞭を持って見下ろしている王夫人を想像して、身震いした。

 願書を印刷したが、ハードコピーでも短くは見えない。

 もしかしたら、いとこ達が人物証明書を書いてくれるかもしれない。レックスは教会に行っている――トリッシュが前に行っていた教会だ――そしてビーナスとジェニファー……この二人と一緒に奉仕をした経験はないが、それでも大丈夫だろうか?

 携帯が鳴ったので、発信者番号を見た。わあ、すごいタイミングがいい。「ハーイ、レックス」

「おばあちゃんから電話があってさ」レックスの声は、グツグツ煮立ったオックステールスープを思い出させた。

「何のことで?」

「決まってるじゃない。私はいつ結婚するのかって。エイデンと私は若くないとか言ってさ」

「あなた、いつもみたいに『同棲するけど子供はいらない』とか言ったんじゃないの? あの後、おばあちゃん何日もギャーギャー騒いでたのよ」

 レックスはしらじらしく笑った。「違う、今回は違ったの」

「なんでイライラするの? おばあちゃんは普通あなたにはうるさく言わないでしょ」

「今回はね、家族より神様を優先してるってことで責められたの」

 大変だ、聞き覚えがある。「そうなの?」

「一体どうしておばあちゃんがそんなふうに考えるようになったのか、あなた知ってる?」レックスの口調が脅しのように聞こえなければ、耳が聞こえないのと同じだ。

「そう言えば……クリスチャンじゃない男の子とは付き合わないっておばあちゃんに言ったかも」

「そうなの? トリッシュ、あなたが?」

 いとこの懐疑的な反応のために、いつも猫背のトリッシュの背筋は棒で突っつかれた気がした。「言ったじゃない! 神様に全身全霊を捧げるって」

「私だって言ったわ。その『全身全霊で』っていうところを何とか信じたいって」

「何よ、裏切り者。ジュタス」

「ブルータスとユダ* がごっちゃになってるわ」

「どうでもいいじゃない。おばあちゃんがローマのコロシアム全体を私たちの信仰に向けて攻撃したって、私のせいじゃないわ」

 奇妙な沈黙が流れた。「レックス? 聞いてる?」

「最近松本さんと話した?」

「どれくらい最近?」

「ジェンが言ってたの。松本さんとおばあちゃんが最近全然会ってないって」

「二人とも頑固で意志が強いの。だから、口論なんてしょっちゅうよ。一週間ぐらい待ってみたら? またすぐに親友に戻るわ」

「違うの、ジェンがね、あの二人はもう何か月も会ってないって」

「マジ?」

「それに、松本さんは神様を信じてることを隠さない」

「おばあちゃんがキリスト教のことであなたや私に厳しいことと関係があると思うの?」

「可能性はあるわ」

 親族全員の中で、クリスチャンはたったの四人だった。祖母は、レックスやビーナスといつも口論になったが、トリッシュとは決してそうならなかった。松本さんは、神様のことで、祖母をそんなに怒らせるようなことを言ったのだろうか?

 レックスは続けた。「とにかく、電話した本当の理由はね、今日教会がどうだったかを聞きたかったからよ」

「ああ、すごくよかった! オリビアに会って、すぐに仲良くなれたわ」

「私もオリビア大好きよ。素敵な人よね」

「神学校の名前も教えてくれたし」

「何、神学校って?」

「言うの忘れてた。私、神学修士を取りに行くことにしたから」

 長い沈黙があった。「何で?」

 ああ……自分の新たな決意が真剣なものであることを、いとこ達に証明するため、という当初の理由は言えない。彼女らに認めてもらいたいということ以外に、なぜ神学修士を取りたいのだろうか?「神様に全身全霊を捧げることにしたんだから、神学修士よりいいものはないでしょ。そうすれば、神様は私をいろんなことに用いてくれるだろうし」

「ああ……なるほど」レックスは混乱した感情を隠そうとはしなかった。

「真剣よ。今願書を書いてるところ。そうだ、私のために推薦状を書いてくれない?」

「推薦状? 私が?」

「ビーナスとジェンにもね」

 レックスは、答える前に少し間を置いた。「ビーナスは出来ないと思う」

「もちろんできると――」

 音が消され、その後ビーナスの声が電話口で聞こえた。「私に何して欲しいって?」

「あ、ハーイ、ビーナス」ビーナスは無愛想な性格なので、トリッシュはいつもゼリー状に溶けそうになる。「レックスのうちにいるの?」

「そうよ。私に何をして欲しいの?」

「あの……推薦状を書いて欲しいの。神学校のための」

「神学校?」ビーナスの怒鳴り声が電話から響き、トリッシュは耳から携帯を離した。

 携帯を反対側の耳に移した。「神学修士を取りたいの」

「あなた、また別の段階に入っただけよ。『和夫とは終わった。また神様に戻る』段階、『日本語の翻訳者になる』段階、そして――」

「ちょっと、日本語は確かに勉強したわよ。あなた達よりずっと知ってる」だから、トリッシュは他のいとこ達より祖母に褒められた。

「どうでもいいわ。また別の段階に入っただけ。二、三か月で飽きてドロップアウトすることのために推薦状を書く努力をするつもりはない」

「違う、今度は真剣なの。そう感じるの、お腹の中で」

「ただの消化不良でしょ」

 このひねくれたビーナスにどうやって説明すればいいのか――トリッシュは様々な段階を通ってきたが、今回だけは本物だ。神様が鳴らした大きな警笛――今度こそしっかりしなければ、もっと悪いことが起こるに違いない。

「じゃあ……書いてくれないの? 推薦状」

「書かない。レックスとジェンにも書かないように言う。これが一時的なものじゃないってことをあなたが証明するまではね」(カチャッ)電話が切れた。

 ふーむ。無愛想なビーナスがいつも以上に不機嫌だ。生理前か?

 つまりトリッシュは、誰か他の人を探して推薦状を書いてもらう必要があった。今週末は敬老会ポットラック。明日、職場で他の奉仕活動があるかスペンサーに聞いてみよう――知り合いを増やさなきゃ。

 オリビアはどうだろうか。彼女とは一瞬で通じ合えたが、誰とでもそういうふうに通じ合える人なのかもしれない。

「後戻りできないよう橋を燃やす」というオリビアの言葉はもっともだった。ビーナスを説得するには十分ではないだろうが、トリッシュにとっては何か象徴的な意味を持つことになるだろう。何を燃やすべきかがよく分からなかった。どうやって新しい道への決意を表明すればよいのだろう? どうすれば、後戻りするつもりがないことをビーナスに証明し――神様に対しても証明することができるだろうか?

 新しい教会は大きな進歩だった。教会員の籍を正式に移すのはどうだろう? それで十分だろうか?

 違う、トリッシュはもっと大きな橋を劇的に燃やすようなことがしたかった。

 燃やす……。

 開いているクローゼットのドアに視線が流れた。サイケデリックな色調の持ち衣装――短すぎる、低すぎる、透けすぎる、露出しすぎる洋服ばかりだった。

 トリッシュは立ち上がり、ハンガーからブラウスを引っ張った。それからスカート、そしてワンピース。胸の割れ目を見せすぎるブラウス。スリットが入りすぎているスカート。それに背中が少し、いや、丸見えのワンピース。

 このブラウスはヘソが丸見えだが、大好きなバブルガムチェリー色……このパンツはウエストが低すぎるが、脇にとてもかっこいい刺繍が入っている……。金色のワンピースは、さっきのワンピースほど背中が丸見えじゃないかも?

 トリッシュは鮮やかな布地に指を走らせた。親しい友人を捨てるようだった。中には、小さくて着られなくなった訳ではないものもあった。ため息をつき、ブラウスを手にとって体に当て、鏡の前に立ってみた。

 売春婦のように見えた。それも、しみったれた売春婦。そう気づいたトリッシュは、お腹の真ん中で、カブト虫に食われて腐っていく肉体の中にいるような嫌悪感を感じた。自分は本当にこんなだったのか?

 ワンピースを投げた。

 彼女のクローゼットは、悲しくなるほど空っぽになった。手を伸ばしておばさんワンピースを二、三枚と、肋骨まで届くようなハイウエストのダサいスラックスをつかんだ。

 彼女の人生も、ここまで空っぽになるのだろうか? いいクリスチャンの女の子なら平穏無事というわけではないのは確かだが、昔の生活ほど楽しいものはなかった。とはいえ、もし正しい道が簡単なら、もっと多くの人がそれを選ぶはずだ。

 何もない。トリッシュのクローゼットには何もなかった。彼女の人生には何もなかった。両方とも、何かで満たす必要があった。

 買い物が好きでよかった。

 

「スペンサー、もっと奉仕したいの」トリッシュは、少し開いたドアを押して、大股でデスクに向かった。

 スペンサーはコンピュータから目を上げた。「(トリッシュの声を真似て)おはよう。いい週末だったわ。あなたはどうだった?」「ああ、僕もいい週末だった。大学バスケを一日中見てたんだ――」

「大学バスケなんて、見たことないわ」

「僕の会話についてきてないね。それは僕の反応だよ。なんで君が『大学バスケなんて、見たことないわ』って反応――」

 トリッシュは呆れた顔をした。「バカね、ちゃんと聞いて。もっと教会で奉仕をしないといけないの」

「つまり今日は僕の分析を手伝わないってことか?」

 トリッシュは、(私、そんなにバカに見える?)と聞いているような表情をした。「ふん。そうねえ……手伝わない」

 スペンサーはため息をついた。「期待して損したよ」

「あなたは怠けてるだけ」本当は、そんなことない。だが彼を怒らせるのは楽しい。

 スペンサーは、予想通りの防衛反応でトリッシュを喜ばせた。「僕は怠けてない。何だよ。君のために――というか、プロジェクトのためにがむしゃらに働いてるのに」

「じゃあ、他のことでも私のためにがむしゃらに働いてよ――教会でもっと色々やらせて」

「そうだった、『怠けてる』とかいう冗談を言い出す前に、そんなこと言ってたな」スペンサーが椅子に深く腰掛けて、頭の上に腕を上げると、幸か不幸か――本音を言えば――素敵に鍛え上げられた二頭筋と三頭筋、それにカルバンクラインのニットシャツをピンと張らせている広い胸が際立っている――。

(わあっ! ちょっと待って! ルール一番:見ない、を思い出して。見ないってことは見ないって意味)トリッシュは頭を前に動かしてコンピュータの真っ白なスクリーンをにらんだ。これは、実際よい考えではなかった。あの筋肉質な体が心の目で見えてしまう……。

「賛美チーム」

「はあ?」チラッと彼を見て、それから目を離した。この男は、男前すぎる。

「賛美チームで奉仕したら?」

 スペンサーのエクボができた笑顔を見ながら放心状態になっていたトリッシュは、白昼夢から脱出した。「この会話、前にもしたよね。歌えないわ」

「楽器は?」

「ダメ」

「ふむ」スペンサーは向こうを見た。声を押し殺して何かつぶやいていたが、何と言ったのか、トリッシュには分からなかった。

「他には?」

「日曜学校」

「子供の日曜学校?」そう考えて、トリッシュは話をやめた。本当に子供達の世話をすることができるだろうか? こんな過去の持ち主なのに? 神様は、堕落していく子供達を稲妻で打たないだろうか?

「古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」

 冷たい波が彼女の魂を洗い、砂をふるいにかけ、心の中にキラキラした感情を残した。日光を映す水のように。もしかしたら、そんなことは心配しなくていいのかもしれない。

 だけど、子供? いとこの赤ちゃんを一回抱っこしたことがあるだけだ。それでもいいの?

「幼稚園クラス。先生が一人しかいないから、もう一人探してる」

 それだったら大丈夫だ。その年の子供はゲームなんかもできるだろう。トリッシュはゲームが大得意だ。「私だけで教えることもあるの?」

「いや、君ともう一人の先生。少なくとも君が慣れるまではね」

「分かった、いいわ」

「言いたくなければ別に構わないけど、何でそんなに急いで奉仕をしたがる? 敬老会ポットラックだってまだなのに」

「ああ……」神学修士のために推薦状が必要だから、と言うのはちょっとわがままな気がした。「新たな決意の一環なの。ルール二番、他の人にキリストの話をする」そうだ、これだったら納得してもらえるだろう。

「ああ、なるほど。ポットラックのことだけど、これがその情報」マウスをクリックして、ドキュメントを開けた。「一部印刷するよ」

「オッケー」印刷中に読み始めようと、トリッシュは彼の肩越しに体を傾けた。何か軽いもの――とても男性的で、とても素敵なもの――が、彼女の鼻をくすぐった。トレンディーなコロンだが、つけ過ぎてない。ピリッと洗練された、ジェームズ・ボンドみたいなにおい。

 悪い意味ではないが、かなり……気分を高揚させるようなにおいだった。

 頬骨の曲線、少しオイリーな皮膚、ニキビの跡が少し見えた。トリッシュは心の中で微笑んだ。スペンサーの不完全な部分が、何故か彼をもっと魅力的にしていた。和夫の顔は、あまりにもパーフェクトだった――

「トリッシュ」

 二人とも、後ろで聞こえたハスキーな男性の声に驚いた。トリッシュの名前を親しげに呼ぶその声――背筋に震えが走った。とてもワクワクするような震え――これはよくない。トリッシュは彼に惹きつけられたくないのだから。

 背筋を伸ばして振り向いた。「和夫! どうしてここに?」



* ブルータスは古代ローマでジュリアス・シーザーの暗殺に加担し、ユダはキリストを裏切った弟子。両者とも裏切り者を比喩して使われる。

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※少しでも物語を楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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