【オンリー・ウニ】第10章
『オンリー・ウニ』
寿司シリーズの第二作著者:キャミー・タング
日本語訳:西島美幸
第10章
内向的――トリッシュは違った。全く新しい教会だと思うと少しプレッシャーだが、ガッツで向き合い、長椅子に座っている新しい女の子という不愉快な気分を早く乗り越えよう。
日曜日、エイデンは自分の教会の入り口でトリッシュと待ち合わせをした。その中途半端な笑顔はあまりかっこよくないが――それがエイデンだった。彼女の理学療法士だった時、彼の無表情な顔にいつもイライラし、彼を揺さぶりたい気持ちになった。彼を追いかけてデートに誘うこと――そして、完全に拒否されること――は、多分あまり賢い行動ではなかったと、今では認めることができる。
だけど、今は大丈夫だ。そう願った。エイデンがいとこのレックスと付き合い出してから、彼とは全く会っていなかった。
「ハーイ」最高に明るい笑顔で言った。
彼は一ミリも動かない。「やあ」
彼女は唇の内側を噛んだ。「もう気にしてないでしょ? 私が神様に献身することにしたって、レックスに聞いた?」
「ああ、僕も嬉しいよ、トリッシュ」まだ無表情な顔。彼の頬をつかみ、前後に揺らしたい。
「あまり嬉しそうじゃないわね」
エイデンは彼女に向かって眉を上げた。
「分かった、分かった、気にしないで」アイスマン。
「本当に嬉しいよ、よかったじゃないか」
その顔はあまり活気がないが、目は誠実そうだった。(これだったら何とか耐えられる)「ありがとね」
二人はドアの外でおしゃべりしている群衆の中をくぐり抜け――一体この人たちは、何故、歩行者用の大通りの真ん中で集まりたがるのだろうか――丸テーブルとそびえるようなフラワーアレンジメントが大部分のスペースを占めているロビーに入った。アスターの強い香りのために、トリッシュはくしゃみが出た。
「席が埋まる前に座ろう。後で紹介するよ」
トリッシュは過ぎていく人に明るく微笑んだが、誰も気に留めていないようだった。一体この教会はどんなに大きい――。
信じられない、礼拝堂はコンサートホールのように大きかった。本当のコンサートホールのように、半円形のステージから扇を広げるように椅子が並んでいた。
それに、そこに座っている人の数といったら。この大群の真ん中で、事実上名前がない自分というのは、何と不思議。トリッシュは、周りの人に気づかれない、という状況に慣れていなかった。
二人はステージがよく見える前の方に座った。賛美チームが楽器の音合わせと、最後のサウンドチェックをしていた。リードギタリストが親指を立てて、礼拝堂の後ろにいる誰かに合図をした。振り返ると、バルコニーに備え付けられた大きなサウンドシステムが見えた。長い腕が機材の背後から上がり、親指を立てて返した。
「みんな、座って。礼拝を始めましょう」リードギタリストの声はちょっと平坦だったが、十二弦のギターでコードをかき鳴らすと、トリッシュの耳に音楽が流れるように響いた。
いつもの教会の礼拝音楽は、好きだ。シンプルで、心にまっすぐ届く。でもこの教会の礼拝音楽は、魂にこだました。
アコースティックギターとエレキギター、ベース、キーボード、ドラムが全てそろったバンドだからではない。音楽が骨に響くような高音量のスピーカーの近くに座ったからでもなかった。
歌と雰囲気、そしてリーダーのあまりに透明な歌い方だった。会衆席では立って歌う人は誰もいなかったが、トリッシュは足にエネルギーを、そして心には、椅子から立ち上がりたくなるような喜びを感じた。隅の方に座っていたので、誰の視界も遮ることはないだろう。彼女は立ち上がり、手をあげ、声だけではなく体全体で礼拝していた。
神様に息を吹き込まれたように感じた。
音楽が終わり、腰掛けた。牧師もよかった。地に足が着いている。下手な冗談もちょっと話した。聖書箇所をたくさん引用し、言いたいことを強調するために大声を出さない。いつもの教会の牧師のように。
礼拝が終わった時、トリッシュは深いため息をついた。「すごくよかったわ」
「気に入ってくれてよかったよ」エイデンは教会の後ろの方を身振りで示した。「独身者グループに会う?」彼らはロビー右側のドアを通り、広いソーシャルホールへ行くために、礼拝堂の後ろに向かった。二〇人か三〇人ぐらいの小さい集まりのようだ。
新しい友達。新しい男性。ダメだ、そんな風に考えるのは、やめよう。ルール一番、ルール一番。
(わあっ)いい男! 背が高くて金髪、本物のマシュー・マコノヒー(アメリカの俳優)みたいだ。
エイデンが咳払いをした。
(おっと)トリッシュは顔をしかめた。生まれ変わった、神様に全身全霊を捧げるトリッシュはどこに行ってしまったか。
エイデンは、彼のことでトリッシュが恥をかいた頃と全く変わっていないのではないかと思い始めていた。
「あいつがアイク」
この教会に対するトリッシュの評価は一気に下がった。レックスに近寄ってきた気味が悪い男はこいつだった――エイデンと付き合い始める前――そしてアイクは、別の女の子と二股をかけていた。「あの何とかっていう女の子は?」その口調にはどうしても敵意が滲み出てしまう。
「リンジー?」エイデンは少し楽しんでいるように見えた。「あそこ」身振りで示した。
かわいく、金髪で、痩せている。腕にジャラジャラとバングルをつけて、ファッションセンスのなさをむき出しにしているのが分からないのだろうか? それに、ひどいメッシュが入った髪の毛は、安いヘアサロンでやったのだろう。もっといいスタイリストを紹介してあげようか……そんなことするもんか、ふん!
ああ、ちょっとクリスチャンらしい態度じゃなかったけど、いとこを守るためだ。レックスはリンジーより百倍価値のある人だ。
リンジーは、彼らの方をチラッと見て、トリッシュに気づいた。そして急に女友達との会話をやめて、気取りながらアイクの方まで歩き、ジーンズのポケットに手を入れたアイクの腕に自分の腕を絡めた。(うわっ、何という所有欲だろうか?)
トリッシュはエイデンを軽く突いた。「あの人たちには紹介してもらわなくていいわ、だけど他の人に紹介してくれる」
二人は女性のグループに近づいた――エネルギッシュなこげ茶の髪、かわいい赤毛、しなやかな金髪。「こんにちは、トリッシュです」
彼女らは少し視線をずらして微笑んだ。トリッシュの笑顔は少しためらいがちになったが、きっちり微笑んだ。初めて会った人に対して気まずく感じるのは当たり前だ。
「ケイティです」「私はケイトリン」「キャシーよ」
「それで、みなさんは――」
「エイデン」アイクが近づいてきた。三人の女の子はパッと明るくなったが、アイクはエイデンに用があるみたいだった。「サウンドブースの人が呼んでるぞ」
「ああ、分かった」エイデンはトリッシュの方を向いた。「すぐ戻る」
「オッケー、自己紹介できるから、心配しないで」
「そうだろうと思ったよ」エイデンの中途半端な笑顔から、意地悪な意味でそう言っているのではないことが分かった。群衆の中でうまくやっていくことができる彼女の技量にエイデンは助けられているのだろうと思い、トリッシュは嬉しかった。
「それで、みなさんはどんなお仕事をされてるの?」トリッシュは三人の女の子の方に目をやり、脅すのではなく親しみ深く見せようと努力した。
こげ茶色の髪の女の子は、チラッと外した視線をトリッシュに戻した。「私はサンノゼダウンタウンの弁護士事務所で秘書をしてるの」
「それは素敵ね。いとこのレックスは、自分の会社の秘書が大好きよ。彼女は四分の一日本人で――」
「あ、ごめんなさい。友達が帰っちゃう前に捕まえないと。それじゃあ、またね」こげ茶色の髪の女の子はサッと行ってしまった。
「ええ、是非また」トリッシュは、その子が立っていた誰もいないスペースに向かって言った。消えそうな笑顔を取り戻し、赤毛と金髪の女の子の方を向いた。「お二人はどんなお仕事を?」
赤毛の子は、答える前に金髪の方を向いた。「私は小学校の教師」
「私はソフトウェアエンジニアよ」金髪は、直接トリッシュと話したくないかのように、答えをはさんだ。
「素敵ね」居心地が悪くなるような沈黙のために、熊手のツメが背中を伝って降りるような不快を感じた。「私のいとこで――」
「あなたって……その……いつもあんなにエネルギッシュなの? 賛美の時」金髪は親しげな笑顔を見せた――一瞬――だが、その冷たい視線からは、わずかな非難が感じられた。
トリッシュは棒のようにまっすぐ立ち、歯をむき出しにした。「ええ、とても開放されるの」音楽はトリッシュにとって信仰の一部であり、神様を最も身近に感じるものだった。賛美の仕方を非難するなんて、この女、一体何者?
「本当にそうみたいね」金髪は、赤毛と一緒に何かこそこそと面白がっているような様子を見せた。「ただすごく目立つから」
「レミング(集団でしか行動できない人)には絶対なりたくないわね」トリッシュは無邪気にウィンクした。
金髪の笑顔は完全に消えた。「じゃあね。行きましょ、ケイトリン」教会ピクニックのホットドックむすびより早く消えてしまった。
トリッシュは辺りを見回した。近くに男性のグループ――一人は長身で痩せ型でモシャモシャの赤毛、もう一人はマシュマロマン(映画ゴーストバスターズのキャラクター)、あとの一人は、もぐらのように小さく、日に焼けていた。後者の二人は眼鏡をかけていて、胸ポケットにポケットプロテクターを入れていた。赤毛の男子は、自分の足元をじっと見ていた。
近くにいたもう一つの男性グループは、少なくとも週末にはアクティブに活動する週末戦士タイプ――ほっそりしていて、優雅な振る舞いだ。洋服のブランドはドッカーズ、ポロ、ストラクチャー。
その中の一人――緑のフィルフィガーのシャツを着ている人――が、トリッシュをチラッと見た。そして彼女と目を合わせた後、わざと目をそらせた。
(なんて図々しい!)この独身者グループは気取り屋の集まりか? トリッシュはオタク集団までツカツカと歩いていった。「こんにちは、トリッシュです」
「ジャスパー」赤毛はトリッシュのスチュワート・ワイツマン製のサンダルに向かって話した。
「ウィリー」マシュマロマンは、ゴーストバスターズで見たような大きくかわいい笑顔を見せた。
「ジェラルド」モグラ男は、厚い眼鏡の中からトリッシュをのぞき見た。
ジャスパーは、訪問販売のセールスマンだとぶつぶつ言いながら、彼女の膝に向かって話した。マシュマロ――じゃなくてウィリーは製造エンジニア、ジェラルドはプログラマーだった。
トリッシュは、彼らのそっけない返事を聞いても驚かなかった。少し慣れる時間を与えたら、もっと気楽に話してくれるだろう。シャイな人は大体そんなものだ。「それで、趣味は何?」
「ジャスパーは映画」ウィリーは友達の方を身振りで示した。
ジャスパーの視線が突然トリッシュの膝から目まで飛び上がった。その生き生きとした緑の眼差しに、トリッシュは驚いた。
『スターウォーズ』が好きなんだ。人生が変わったよ。ライトセーバー、かっこいいよね」ちょっと変な動きをしてクルッと回った。まるでライトセーバーを握っているような格好のジャスパーの拳が頭に当たらないよう、トリッシュは後ろにのけぞった。一分前は靴に向かって話していた人が、何という変わり様。「ボバ・フェット(映画スターウォーズの登場人物)のコスチュームを持ってたこともあるよ。武器のレプリカもあるし」そう言うと、ジャスパーの目は下に落ち、空気が抜けたようなった。「のめり込みすぎてたんだけど、今はイエス様を優先することをまず考えて、それから映画を楽しむようにしてるんだ」
トリッシュはまばたきした。この人が今言ったことは本当だろうか? 日曜学校の三年生クラスの先生が子供に暗唱させるようなセリフだ。それでもジャスパーが気分を害さないように、ちょっと変な言い方だと思ったことはおくびにも出さなかった。「それって、私みたいだわ。私もね……イエス様を優先しようとしてるの」トリッシュは大きな笑顔を放った。
すごく変だ。彼女が笑うと、三人は突然固まった。ジャスパーは何か言おうとしていたようだが、その口は開いたままになった。ウィリーの笑顔は少しぼんやりした。ジェラルドは、突然笑顔になり、少し夢見がちだったが、顔全体が輝いた。
「ヘイ、トリッシュ」エイデンが現れた。「やあ、みんな」
三人は夢から覚め、よく知っている人を招き入れるようにエイデンを迎えた。ジェラルドが明るくなった。「昨日のバトルボット(アメリカのロボット戦闘テレビシリーズ)見た?」
彼らがロボットの破壊番組か何かのことを喋っている間に、金髪が緑のヒルフィガーシャツと通り過ぎていくのが目に入った。トリッシュは唇を噛んだ。礼拝の間、エイデンが自分の隣に座っていたのを忘れていた。
無線で動かすロボット戦士の完全な破壊についての話が終わったように見えたので、トリッシュはエイデンの方に体を傾けた。「あの、賛美の時、私のことで恥ずかしい思いをしたんだったらごめんなさい。私ったらいつも――」
「してないよ」
それだ。エイデンはきっぱりとしていて無味乾燥、いつも気が緩んでしまうが、その目の輝きに励まされて、胸につかえていたものが緩んだ。彼は、トリッシュの言葉にならない疑問を理解していた。
トリッシュはため息をついた。もうエイデンには惹かれていないが、レックスが羨ましかった。エイデンは本当にいい人だ。
「賛美チームの人に会いたい?」賛美チームのメンバーが楽器を持ってたむろしているソーシャルホールのドアの方を身振りで示した。
「ええ、是非」トリッシュはジャスパー、ウィリー、ジェラルドに笑顔を見せた。「それじゃあ、また」本当にそう思っていた――先に話した三色のお笑い三姉妹とは違い、彼らは本当に彼女のことを知りたがっていたし、彼女も本当の自分でいられた。
エイデンはギタリストの一人、色黒の女性に手を振って合図した。「オリビア、こちらはトリッシュ。今日が初めてなんだ」
オリビアの白い歯は、その面長な顔の中で灯台のように輝いていた。「よかった! 今日は来てくれてありがとう」
「オリビアは、賛美リーダーのエドと結婚してるんだ」
「十二弦のアコースティックギターの人ですか? すごくいい音でした」
「ありがとうね。彼、あのギターすごく気に入ってるの」オリビアは、肩にかけたエレキギターのバッグを調整したが、帰りたがってるようではなかった。「どんなお仕事をされてるの?」
「生物学研究者です」
「それは素敵ね。サウンド担当の人も生物学者よ。後で紹介するわ」
「とてもいい賛美でした」礼拝を思い出して、胸の中が温かくなった。「素晴らしかったです」
「思い出したわ、あなたのこと」オリビアの目尻にシワがよった。「前の方で立ってた人ね」
温かい気持ちが少し冷め、その代わりに心が締め付けられ始めた。「私、お邪魔でしたか――」
「ああ、違うわ!」オリビアは手を伸ばしてトリッシュの腕を触った。「賛美に夢中になってる人を見るのはね、賛美チームにとって本当に励みになるの。あなたを見てどれだけ嬉しかったか、口では説明することもできないぐらい」エイデンを見て、黒い目がいたずらっぽく光った。「抑圧されてる人が多いから」
エイデンはまた中途半端に笑ったが、目は輝いていた。「賛美は人それぞれなんだよ、オリビア」
オリビアはからかうようにエイデンを軽く叩いた。「そうかもしれないけど、トリッシュみたいな子はね、私たちが神様のために奉仕してるんだってことを確信させてくれるの」トリッシュの方を向いた。「今日はどうしてこの教会に来てくれたの?」親しみ深い好奇心だ。疑いやゴシップではない。
「新しい教会を探してるんです。奉仕をできる場所を」突然、トリッシュはそこで奉仕をしたくなった。この人たちと。お笑い三姉妹や週末戦士は関係ない。オリビアやエイデン、ジャスパー、ウィリー、ジェラルドのような人のおかげで、トリッシュは自分らしくいられる気がした。昔のチャラチャラした自分ではなく、新しい自分のままで。
「素敵ね。今までどんなミニストリーにかかわったことがある?」
トリッシュは口を開けたが、息が喉に詰まり、口を閉じた。以前に何をしたことがあっただろう? 時々、礼拝の後のコーヒータイムの準備を手伝ったことがある。二回ぐらい。他には?
「いいのよ」オリビアは笑った。「奉仕者コーディネータに尋ねたら、何か探してくれるわよ。特にしたいことはあるの?」
「伝道がしたいんです。神学修士も取ろうと思ってます」(わあ、ベラベラしゃべってる)オリビアは心から受け入れてくれて、居心地よくさせてくれる――自然に話しすぎてしまうようだ。
「すごいじゃない。どこの神学校へ行くつもり?」
「実は、今探してるところです。インターネットでも調べたんですけど、どこがいいのか分からなくて」
「ロスガトスのウエスタン神学校はおすすめよ。友達が何人か行ってるの」
トリッシュはスターバックスのラテをタダでもらった気分になった。カフェインを摂取しすぎたかのように、しゃべり続けた。「ありがとう、とても参考になります。本当に、人生をやり直したいんです――エイデンはレックスから聞いて、昔の私のことを知ってますけど――今は、神様に全てを捧げたくて、男の子のことは見ないで、福音を分かち合って、神様にもっと頼ろうとしてるんです」少し休んで息を吸った。
オリビアは一歩前に出て、シナモンのにおいがする温かい腕でトリッシュを抱き締めた。「嬉しいわ。神様は、こんなに素敵な目的があってあなたをこの教会に運んで来てくれた。本当にそう思うわ」抱き締めていた手を緩めた。
トリッシュは泣きそうになった。「親切な言葉をありがとうございます」鼻をすすった。
ティッシュを持ったエイデンの手が目の前に現れた。
「ありがと」鼻をかんだ。「どうしてティッシュ持ってるの?」エイデンが男っぽくないということではなく、何か変だった。
「レックスが一回目の膝の手術をしたときに感情的になったからさ、二回目の手術の時からティッシュを手放さないようにしてるんだ」
オリビアが笑い出した。「賢い彼氏ね。あなたたち、そろそろ同じ教会に来るべきじゃない?」
「どっちに行くかで意見が合わないんだ」
トリッシュも、どの教会に行くかということで、誰かと喧嘩したかった。人生を立て直したら、きっと神様は、正しい人に導いてくれるはずだ。
オリビアは不思議そうにトリッシュを見ていた――悪い意味ではなく、思慮深げにトリッシュの顔を見た。「人生をやり直したいって言ったわよね。橋は燃やしたんでしょ?」
「橋、ですか?」
「古い人生に戻れない状況を作ったかってことよ。薬物中毒の人は、麻薬の道具を捨てるし、アルコール依存者はアルコールの瓶を全部捨てるの。私はクリスチャンになった時、卑猥な言葉を使ってるCDを全部燃やしたわ」
トリッシュはそんなことを考えたことがなかった。新しい教会へ行くだけで十分だと思っていた。だけど、何かもっとするべきなのかもしれない――何か象徴的なことを。「どうしたらいいのか、考えてみます」
誰かが礼拝堂を出て、彼らの方に向かって来た。オリビアが彼を見つけた。「ああ、いたいた。トリッシュ、こちらが奉仕者コーディネータのスペンサー。スペンサー、こちらはトリッシュよ」
開いた口が塞がらない。「あなた!」
スペンサー――トリッシュの同僚、オフィスの仲間、そして同じプロジェクトチームのメンバー。スペンサーは、手にサウンド用のコードをたくさん持ったまま、その場で立ち止まった。「トリッシュ?」
弱く笑った。「ハーイ」
「知り合い?」オリビアは不思議そうな表情をしていた。楽しんでいるような、それでいて何か……もの言いたげな表情だった。
「同僚なんだ」
「トリッシュはうちの教会に来ることを考えてるのよ」オリビアはいたずらっぽい笑顔をスペンサーに見せた。
スペンサーは立ち止まり、トリッシュを見つめた。そして、オリビアの方に向きを変えた。「神様、助けてください」
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