【ひとり寿司】第34章

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第34章

「ヘーイ、レックス、友達の——」

「今はやめて、リッチ」レックスは、ドアを押えてくれているリチャードと、その痩せた男「友達」を過ぎ、足を踏み鳴らして祖母の部屋の前まで行った。

「おいおい」リチャードは、彼女が過ぎていく前に腕をさっとつかんだ。

「おばあちゃんに挨拶しなきゃ」

「ジェンのお母さんと話してる。待ってくれるよ。それで、紹介するよ——」

「こんにちは」レックスは手を出した。ミスター・スキニーは、ベタベタした手でその手を握った。

「レックスです。リチャードが何て言ったか知らないけど、私は興味ないから」キッチンへ向かった。

「レックス」ありがたいことにミスター・スキニーを居間において、リチャードが追いかけてきた。

「頼むよ、今日だけは俺に優しくしてくれ。男の子の日だから」

「違う、五月五日は『こどもの日』よ。男の子の日じゃない。つまり、あなたに親切にする必要はないって意味。一体何なのよ。あんな人たちがあんたの男友達なの?」

「誰のことだよ」リチャードは、突然、リノリウム(床の材料)に魅力を感じ出したようだ。

「まるで男性エスコートサービスね」

「ええっ?」彼の男らしさをついた一撃が、明らかに彼を突き刺したようだ。「違う。俺は社交的なんだ。お前もちょっと見習ったほうがいいぞ」

「そこらの落伍者を紹介しといて、私に説教しよう、っていうの? どんな人なのか、ほとんど知りもしないくせに」

「そんなこと、どうして分かるんだよ? 親友かもしれないだろ」

「あなたの友達はみんな見てきた。あなたみたいな人ばかりよ。居間でミスター・スキニーと一緒に死にたくないでしょ? 叔父さんのバースデー・パーティの食いしん坊もそう、それに——」

「お前の女らしい感性に訴える繊細な奴を探そうとしてるんだよ」リチャードは手を上げて、胸を押さえた。「お前のためと思ってやってるんだ」

レックスは、面と向かって兄をあざ笑った。その朝、エイデンとケンカになって以来初めての、悲しくない感情だった。「他には?」

リチャードは急いで考えようとしたが、金魚のように口を大きく開けただけだった。

「考えてる間に、おばあちゃんに挨拶してくるわ。縁を切られそうだから」

ジェニファーの両親の家の奥にある、テレビのある部屋に入る前から、祖母の声が聞こえた。「トリッシュ、あなたのボーイフレンドはいい子ね。日本語のアクセントがとてもいいわ」

レックスが部屋に入ると、すでにいとこ、叔母、叔父たちがうろうろしている。祖母は隅のウィングチェアに腰掛け、トリッシュはその後ろのソファに座り、ジェニファーはその反対側に落胆したように座っていた。ビーナスはソファの腕にもたれ、つまらなそうにしていた。

ジェニファーと祖母をみると、怒りと裏切りのダムが放たれた。トリッシュのボーイフレンド——彼女を教会から引き離した——を褒めたたえる言葉を聞いて、レックスの体は硬直した。

何故レックスは、いい男性を見つけられないのか? 何故、祖母は、あんな落伍者ばかりを彼女に投げつけるのか? 何故、祖母は、彼女を放っておいてくれないのか? 何故、ジェニファーに裏切らせるようなことをさせたのか? 何故、他の人には親切なのに、レックスには怖いのか?

「ハーイ、おばあちゃん」レックスは数メートル離れて立ち、歯を食いしばったまま話し始めた。

祖母は涼しげに笑った。「あなたの女子バレーボールチームの調子はどう?」祖母が言うバレーボールは、エボラのように聞こえた。

その時、レックスの頭の中でひらめいた。670 AMラジオ局と680 AM KNBR局(「スポーツリーダー」)の違いのように。祖母は、レックスにあの子たちとバレーボールをして欲しくないのだ、全く。

「あの子たちのどこが嫌なの?」レックスは喧嘩腰で一歩進んだ。その感情のほとばしりのために、部屋の中の騒音レベルが下がった。

祖母の鼻が真っ直ぐ上がった。「一体何の話をしてるのか、分からないわ」

「私があのチームのコーチをすることが、何でそんなに悪いことなの?」

「あなたはいつもあのチームのコーチをしてる。私が電話をかけるといつも、コーチをしてるか、友達とバレーボールをしてるわね」

「だから、私のチームをつぶすの?」

「全然、違うわよ」祖母は、うわべの理性と声の美しさを保っていた。「ボーイフレンドを見つけたら、資金を継続するって言ったのよ」

「ボーイフレンドは要らないの」

「つまり、そんなバカげた——」

「そうやって操られるのには、もううんざりなの」レックスは呼吸が早くなり始めた。

「最初は、おばあちゃん、次は、エイデン。これは私の人生よ! 私が自分の時間に何をするかは、私が決めるわ」

「あなたはバレーボールをやりすぎるの。それは女性らしくない。あなたは女性らしくないの」

レックスの、女の子っぽいいとこが、子供の時そうやって彼女をからかうと、レックスは傷ついたものだった。今、髪を綺麗になでつけて香水をふった祖母が言う言葉は、顔を引っ叩かれるようにレックスの心に響いた。「私は今のままでいいの。私は何も悪いところがないの!」

「レックス!」ジェニファーの母親がバッターボックスに入った。「そんな風におばあちゃんに言ってはだめよ」

「私のことをこんな風に扱うのは間違ってる!」

祖母の目はギラギラ光り、頬は赤くなった。「私はね、ずっと前からそうするべきだったように、あなたに接してるの。私の息子があなたを甘やかしたのね。母親のように粗野でガサツになっちゃって」

ジェニファー、ビーナス、トリッシュの三人は、息を呑んだ。

赤いフィルムがレックスの目の前に降りてきた。「もう黙ってて! お母さんのことをそんな風には言わせない!」飛びかかった。

本当に飛びかかったのだ。

祖母は椅子に倒れ込んだ。ジェニファーは驚いて飛び上がり、椅子に落ちた。トリッシュとビーナスはレックスの方へ飛び込み、その腕が祖母の真珠のネックレスがついた首まで届く前に、レックスの体を押さえた。

「レックス!」「レックス、落ち着いて!」

いとこたちの驚いた声で、レックスは我に返った。本当に祖母に怒鳴ってしまった。黙れ、とも言ってしまった。自分の手を見た。幻想を行動に移し、祖母を絞め殺そうとしてしまった。違う、それは本当の彼女じゃない。そのはずだ。だって……

レックスは、倒れないように腕を持ってくれていたビーナスにもたれた。「フェアじゃない! 私のどこが悪いって言うの! お母さんは、綺麗で女性らしかったわ!」

レックスは頭を抱えた。「私だって頑張ったのよ。だけど、ダサ男ばかり! 私のリストは長いの! 男の人とキスもできないんだから、結婚する前に年をとって死んじゃうわ! キスしたいと思った人は、アイクとリンジーのキスを見せようとするし、最低な男だった! おまけに、他に誰も見つけられないんだったら、おばあちゃんは罪のない女の子達を苦しめる、って言うのよ!」

手で顔を押さえ、泣き出した。「それに、体もボロボロ! 垂直跳びは十五センチ落ちたわ! みんな私のことをスポーツしかできないバカだと思ってて、魅力的だと思ってくれる人は、一人もいない! 本当にそうよね。大学のスポーツのチケットを取るしか能がないんだから!」

いとこの一人が、耳をピンと立てて彼女の前にすっと立った。「チケット?」

レックスは無言で彼を見つめたが、ビーナスは、彼の心臓をやりで突くような目で見た。「やめといた方が身のためよ」彼を後ろへ押し返した。

レックスはまた爆発し、大声でわめき始めた。

ビーナスは彼女のあごをつかみ、泣いている途中で口を閉じさせた。レックスはもう少しで舌を噛むところだった。

「行こう、送るわ」ビーナスはレックスの腕を引っ張り、開いた戸口の方へ引きずった。

「だけどあなた、車で来なかったじゃない」ジェニファーは、レックスとビーナスのバッグを渡した。

「レックスの車で行くわ。鍵はどこ?」

不気味なほど静かな居間を出た。レックスは、祖母をチラリとも見なかった。心のはしっこで、一生、犬小屋で暮らすのかと思ったが、もう、どうでもよかった。

ビーナスはポンコツ車の中にレックスを落ちつかせた。数回キーを回したら、やっとエンジンがかかり、二人はジェニファーの両親の家を後にした。

レックスは、ヒビの入ったダッシュボートを見ていた。もう泣いていないのに、まだ顔に涙の跡がついている。もう何も感じなかった。

ボンネットの下で何かが爆発した。

いや、小さい爆発。ブーン! という音が車に衝撃を与えたが、火の玉に呑み込まれてはいない。灰色の洪水のように、煙がボンネットの下から流れ出してきた。ビーナスは車を路肩に停めた。

レックスとビーナスは車から避難した——だって、映画で車が爆発するシーンをよく見るから、念のため避難した方がいい。シューッと音を立てているフードを開けたいのだが、車に近づくことができない。

レックスは咳き込んだ。「よくないと思う?」

ビーナスは、ただ彼女を見ていた。

「分からない? お金がないの」恥というものは全てなくしたんだった——ついでに、一文なしだってことを宣伝しよう。「神様は私に敵意を持ってるから」

「神様はそんなこと——」

「そうなのよ。おばあちゃんは、きっと暴行で私を訴えて、刑務所に入れるわ。クラブチームがなければ、私の中学生女子はドラッグと売春まで落ちぶれる。私は太って、高コレステロールと糖尿病になる。そして、心臓発作で死ぬのよ」

ビーナスは腕を組んだ。「終わった?」

「まだ。神様は意地悪よ。私ってそんなにひどいクリスチャンだったかな? こんな罰を与えられるなんてさ。どうして私のバレーボールの子たちを罰するのよ。私が思ってたような神様じゃないわ」

「おばあちゃんの行為をどうして神様のせいにするの?」

「おばあちゃんの行為だけじゃないわ。どうしていい人が見つからないの? それが、どこまで難しいって言うの?」

「レックス、ベイエリア全体の独身者が同じ質問をしてるわよ」

「だけど今までは、全力で努力すれば、全てうまく行ったの。どうしていい人を見つけるのはうまく行かないの? 少なくともスポンサーぐらいは見つかってもいいじゃない?」

「ちょっと、はっきりさせて。あなた、いい人とかお金を持ってる人が見つからない、って文句を言ってるけど、アメリカ中の女性がそうなのよ。あなた、どんな惑星に住んでるの?」

「だけど、こんなに頑張ってるのに——」

「私はそんなに信仰が深くないけど、それでも時々思うの、頑張るのをやめなきゃダメだって」

「ばかばかしい。努力するのをやめたら何も起こらないじゃない」

「違うの、なんていうか……」ビーナスは少し考えて、指をならした。「インディ・ジョーンズとあの崖、覚えてる? こう言うの。『神様、あなたが私にして欲しいと考えておられること全てについて、私を助けてくださると信じます。私の失敗を望まれるのなら、失敗しても構いません。私の成功を望まれて、聖なる杯を見つけることができ、大地震を起こしてくださるのなら、私は成功します』ってね」

「神様は地震を起こさなかった。やったのは、あの金髪」

「どっちでもいいわ。問題は、その『崖から落ちるまで歩く』ってことなの」

「崖から落ちるまで歩くって……それだけ?」

「もちろん。橋が見えてたら、それは信仰じゃない、でしょ?」

お尻が熱くなってくるまで、レックスは車にもたれていたことを忘れていた。車から離れた。

「ビーナス、私、できるかどうか分からない」

「簡単だったら、誰でも神様に従えるわ」

「だってつまり……前進しないで、全力を尽くさないで、何もしないの? ただ待つだけ……そうなの?」

「もしかしたら、それは神様が、あなたに望んでおられることなのかもよ」

「どう考えても、正しいと思えないわ」

「おばあちゃんがあなたを支配しようとし始めたとき、祈った?」

「少しはね……」つまり「ノー」だ。「ただ……それに対して行動したわ」

「神様があなたに何をして欲しいのか、神様からの答えを待たなかったのね」

「待ったことなんて、一度もない」

ビーナスは、あきれた表情をした。「それがあなたの問題なのよ」コホっと咳をした。「やった、煙がなくなったわ」手を伸ばしてボンネットを開けた。

神様の答えを待つ? レックスは待ちたくなかった。尋ねたくもなかった。何かがすごく欲しい時に、神様が「ノー」と言うのを聞きたくなかった。決してそれを受け入れることはできないだろう。

そのことと格闘する時間が必要だった。

黒くなったエンジンを見ながら、ビーナスは、もうダメだという顔をしていた。「よくここまで持ちこたえたわ」

「そうね」

「レックス、聞いて」ビーナスの皮肉っぽい顔は、真剣で、愛情深い表情へと溶けていった。「施し物をされるのは嫌かもしれないけど、中古車、私が買うわ」

「ダメ」レックスはあごを突き出した。

ビーナスは、怒った遠吠えのように聞こえるため息をついた。「お金がないことを絶対に認めないのね」

いや、認めたと思う。車のボンネットの中を見ていると、涙が溢れてきた。煙のせいかもしれない。一体どうしてしまったんだろう。彼女はいつも自分のことは自分でやってきた。でも今、足は不自由、泣き上戸で、貧乏だ。

ビーナスは咳をした。「利息も取るわよ」

レックスは元気になった。「ほんと? 私だけのために利息を請求してくれるの?」

ビーナスは一瞬、目を閉じた。「あなたって本当に変わってるわね。そうよ、私からお金を受け取らないって言うってことは、あなたは明らかに正気じゃないから、利息をもらうわ」

「家探しも手伝ってくれる?」

「聞いてみる。そうそう、リチャードに聞くべきよ。彼は知り合いが多いから」

**********


「リッチ、レックスよ」段ボール箱にもう一つショートパンツを押し込みながら、携帯を持ち直した。

「何? 可愛い妹よ」

「アパートが売りに出るの。それで早く住む場所を見つけなきゃ」

「じゃあ、ジョージは?」

「ジョージって、数ヶ月前あなたに押しつけられて、食事代を私に払わせた、あのダサ男?」

「あいつは優秀な不動産屋だぞ」

「絶対、いや」

「知り合い、と言ってもよくは知らないんだけど、そいつの妹がタウンハウスでルームメートを探してる、って聞いたよ」

「誰?」

「お前も会ったことあるよ。オリバー。ホットポットタウンで……その……」

「覚えてるわよ、あの夜のことは、くっきり記憶してるわ」

「お前の手術の後、電話してきたんだ。どうしてるかって。だって、あの時いたから……あいつ」

「一〇秒ごとにその話題を持ち出さないでくれる?」

「オリバーの電話番号、探すよ。いつ要る?」

「急いでる」

「そうだ、もう一人、心当たりがある」

「何?」

「嫌がると思うよ」

「何で?」

「ばあさんが貸してる家の家族が、今月引っ越すんだ」

(不可能だ)「オリバーの電話番号、ちょうだい」


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