【ひとり寿司】第32章
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エイデンは深呼吸し、ドアをノックした。
「どうぞ」
中に入りながら、不法侵入者になった気がした。「先生、前にお会いしたことが——」
「覚えてるよ」牧師は手を振って、エイデンを招き入れた。
作り笑顔もなく、何かを売ろうとしているセールスマンに似たところは微塵もない。牧師は、デスクの前の椅子を身振りで示した。
「エイデンです」姓はない。「また壁の絵を見にきました」
「いくらでもどうぞ」
前の時と同じように、お腹を蹴られるようだった。本当の肉体的な痛み。ただの絵を見てこうなることは、予想もしていなかった。「誰が描いたんですか?」
「別の教会が画家を雇って礼拝堂に飾ろうとしたんだが、出来上がったものが……ちょっと衝撃的すぎた。それで、僕が買ったんだよ」
「それはどうして?」
「君なら分かるよ」牧師の率直な声は、中立的なままだった。「君は、もう一度見るために戻ってきたんだから」
エイデンはじっとしていられなかった。足を引きずった。「僕は……」
「言いたくなければ、何も言わなくていい。また見にきてもらっても、全然構わないし」
この人の目に見える誠実さ。エイデンは、突然、それがいかに自分と異なるものかに気づいた。彼は、いつも何か閉鎖されていて、制御されたものの中にいた。「先生はこれを見て、何を感じられますか? 見ていると、慣れるものですか?」
その絵を見る牧師の目は、悲しんでいるようだった。「慣れないね。一生慣れることがないよう祈るよ」
エイデンは何も言わなかった。手を伸ばして、キリストの体に突き刺さった釘をさわってみた。
「キリストの苦しみは、いつも私の苦しみ。これを忘れてはいけない。忘れたくない。苦しんでいる人には、手を差し伸べ続けたいと思う」ため息をついた。「いつもそんな風にできるとは限らない。うまくいくことより、失敗することの方が多いんだよ」
「どうしてそうしようと思うんですか?」
「しないでおく余裕がない。彼を見て」その絵に懇願するように、手を伸ばした。「このお方は諦めないから」
エイデンは頭を振った。「僕には訳が分かりません」
牧師は肩をすくめた。「信じるようになれば、分かるんだよ。僕が言えるのは、それだけだ」
「もっと分からなくなりました」
椅子に深く腰掛けた。「何日かかけて、考えてみてくれるかな。そのあと、どう思うかを教えて欲しい」
「僕と議論するつもりなんですね」
「しないよ」実際、エイデンが牧師の小さい事務所に立っている間、ずっと、彼は議論しようとしなかった。
「また来るかもしれません」エイデンはドアのノブを回した。
「いたければ、いてもらっていいよ。僕が出ていった方が落ち着くのなら、出ていくから」彼は熱心でも、押しつけがましくもなかった。ただ、淡々としていて、澄んだ目でエイデンを見た。
エイデンは、ここまで率直な人に会ったことがなかった。自分もそうありたい、とさえ思った。「いいえ、十分に見させてもらいました。ありがとうございます」ドアを閉め、教会のロビーへ向かった。もしかしたら、また来るかもしれない。
「リンジー、スィーティ」
アイクの声が聞こえ、エイデンは、フロントロビーに飛び出す前に立ち止まった。角からこっそり見た。
アイクは軽くリンジーの肩を抱いていた。つぶやいている言葉は、エイデンまで届かないが、明らかにリンジーは、その言葉を聞いて喜んでいた。
先日、エイデンは、アイクがPTでレックスに言い寄っているのも見た。
驚くことではない。ジムの男性用ロッカールームでアイクが話しているのをよく聞いていたからだ。アイクが、女の子を取っ替え引っ替えすることも知っていた。女の子の間を行ったり来たりする彼は、そこにいる女の子なら誰でもいい、というタイプだった。
今日はリンジー。明日はレックス? そんなことをしていいものか。
しかし、エイデンはレックスを守る義務はない。彼女が間違った男を選んだとしても、彼には何の関係もない。
アイクはリンジーの手を取り、脇のドアから出ていった。
エイデンの口の中に、胆汁の苦味が残った。無理やりあごをリラックスさせて、歯を食いしばるのをやめた。
レックスは弄ばれていい人ではない。
(リンジーだったら守りたいと思わないだろう)
レックスは彼のものではないが、友達だった。
(彼女は、僕が彼女の人生に干渉することを決して望まないだろう)
彼女は決して知ることはないだろう。
**********
グッドウィル(リサイクルショップ)の人たちが、車に載せてくれた——後ろから少し出ているが——だけど、誰が彼女のアパートまで運んでくれるだろうか?
レックスは眉をひそめ、新しく買った中古のエクササイズバイクを見つめた。PTにあるものとは比べ物にならないが、役に立つだろう。一日二回、これに乗れば、膝の腫れもおさまるはずだ。
アパートの中に入れることができ、それを置く場所があると仮定して、購入した。さて、CPMマシーンはずっと前に返したから、とうとう段ボール箱を動かさなくてはいけない。
多分、誰かが来てくれるだろう。それか、誰かに電話しようかな。その時まで、車にバイクを置いたままにすることになる。
レックスは、アパートに向かって、ひび割れた歩道をゆっくり歩いた。装具がないと、まだ少し安定感がなかった。だけど、つけないで歩くことに慣れたらもっと強くなると、医者は保証してくれた。
あの、ドアにかかっているのは何だろう? レックスは、はげかかった塗料から黄色い紙を引っ張った。
アパートが売りに出た。四週間後には出て行かなくてはならない。
胸骨と胃を同時にハンマーで殴られた。倒れないようドアの枠をつかんだ。
こんなことがあっていいものか。
アイスクリームが食べたい。
レックスは、鍵を鍵穴に突っ込んだ。
「ウェックス?」
振り向いた。「あ、こんにちは。ミセス・チャング」
陽気な丸顔は、涙ぐんだ月に変わっていた。彼女も同じ通知を持っていた。
「ミセス・チャング、何て書いてあるのか分かりますか?」レックスは紙を指さした。
ミセス・チャングはうなずいた。「甥に電話、彼、読んだ」
「どうするんですか?」
頭を振ると、下を向いた目から大粒の涙が落ちた。大きな音を立てて鼻をすすると、喉の奥から痰の絡んだ音がした。
待って、これはちょっと気持ち悪い。
「甥と住む、彼、手伝うね」
レックスはミセス・チャングの丸い肩を不器用にたたいた。彼女はうなずき、ヨタヨタと行ってしまった。
彼女はどうなるのだろう? 甥っ子さんは、彼女のために別の場所を見つけるか、彼女を引き取ってくれるのだろうか? この甥は、年老いた親戚を何らかの形で世話するという自分の義務を分かっているようだ。このような古くからの文化的義務があることで、これほど安心したことはなかった。
アイスクリームが食べたい。
ワンルームのアパートに押し入った。不自然な静けさのために、混乱した。何かが、ない。
冷蔵庫のブーンという音だ。
レックスは簡易キッチンへと急ぎ、小さい冷凍庫から水が垂れているのを見つけた。
泣きたかった。アイスクリームがない。
傷んだ食べ物を片付け終わり、ドロドロに溶けたアイスクリームをすすっていると、携帯が鳴った。「ハロー?」
「もしもし、エイデンだ。近くにいる——友達と夕ご飯を食べに行くけど、一緒に行く?」
デートじゃないなら、いいか。レックスはガッカリしていない、本当に。「いいタイミング。冷蔵庫が壊れちゃった」
「古い電化製品に万歳」
「ふん、どうもね」
「一〇分で着くから」
実際エイデンは、八分後にやってきた。彼がベルを鳴らす前に、彼女はドアを開けた。「どこへ行くの?」
「中華」
「最高」
運転中、エイデンは、ハンドルを軽く叩き続けた。あまり気がつかないレックスでも、彼らしくない緊張感に気がついた。
「何かあったの?」
「お腹が空いてるだけ」
「文句を言ってる訳じゃないんだけど、どうしてお友達とのディナーに誘ってくれたの?」
エイデンの顔は、ガラスより滑らかに見えた。何かを隠しているようにも思えた。いや、そんなはずはない。
「もっと男性に会いたい、って言ってたよね?」
「ああ」確かに言った。「そうね」
「一人がクリスチャンなんだって。少なくとも、そう言ってる」
彼の皮肉がチクチクいたい。「誠実なクリスチャンもいるのよ」
彼は静かになった。「うん、知ってるよ」彼の声は、思慮深そうに低く響いた。
駐車場に入った。「あの人たち?」暗くて半分見えない二人の姿が見えた。
ドアを開ける前に、何故か立ち止まった。
エイデンの友達じゃないはず——カップルだ。男性は暗がりで女性にキスしている。ロマンチックな光景だ。女性の明るい髪の毛は、ほとんど銀色に光っていた。
あれはアイクのようだ。そして、リンジー。
男性の方が頭を上げた。
「アイク?」聞き覚えがない、しわがれ声——これは本当に自分の声か? 唾を飲み込んだ。丸めたテープのかたまりが喉に詰まったみたいな気がする。
男性が微笑んだ。アイクだった。
エイデンもまだ車から出ていない。彼は、そのカップルをじっと見た。
レックスは唾を飲んだ。「やめ、ない——?」
「いいよ」またエンジンをかけた。何も聞かずに。
「うちで降ろしてもらえる?」もうお腹は空いていなかった。
発進した。アイクとリンジーを過ぎながら、レックスは胸の中で輪ゴムがはじけるような痛みだけを感じた。
まあ、これで彼とキスする必要はなくなる。
エイデンをチラッと見た。彼にキスしたい——
(見るのはいいけど、さわっちゃダメ)
チェッ。
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第32章
エイデンは深呼吸し、ドアをノックした。
「どうぞ」
中に入りながら、不法侵入者になった気がした。「先生、前にお会いしたことが——」
「覚えてるよ」牧師は手を振って、エイデンを招き入れた。
作り笑顔もなく、何かを売ろうとしているセールスマンに似たところは微塵もない。牧師は、デスクの前の椅子を身振りで示した。
「エイデンです」姓はない。「また壁の絵を見にきました」
「いくらでもどうぞ」
前の時と同じように、お腹を蹴られるようだった。本当の肉体的な痛み。ただの絵を見てこうなることは、予想もしていなかった。「誰が描いたんですか?」
「別の教会が画家を雇って礼拝堂に飾ろうとしたんだが、出来上がったものが……ちょっと衝撃的すぎた。それで、僕が買ったんだよ」
「それはどうして?」
「君なら分かるよ」牧師の率直な声は、中立的なままだった。「君は、もう一度見るために戻ってきたんだから」
エイデンはじっとしていられなかった。足を引きずった。「僕は……」
「言いたくなければ、何も言わなくていい。また見にきてもらっても、全然構わないし」
この人の目に見える誠実さ。エイデンは、突然、それがいかに自分と異なるものかに気づいた。彼は、いつも何か閉鎖されていて、制御されたものの中にいた。「先生はこれを見て、何を感じられますか? 見ていると、慣れるものですか?」
その絵を見る牧師の目は、悲しんでいるようだった。「慣れないね。一生慣れることがないよう祈るよ」
エイデンは何も言わなかった。手を伸ばして、キリストの体に突き刺さった釘をさわってみた。
「キリストの苦しみは、いつも私の苦しみ。これを忘れてはいけない。忘れたくない。苦しんでいる人には、手を差し伸べ続けたいと思う」ため息をついた。「いつもそんな風にできるとは限らない。うまくいくことより、失敗することの方が多いんだよ」
「どうしてそうしようと思うんですか?」
「しないでおく余裕がない。彼を見て」その絵に懇願するように、手を伸ばした。「このお方は諦めないから」
エイデンは頭を振った。「僕には訳が分かりません」
牧師は肩をすくめた。「信じるようになれば、分かるんだよ。僕が言えるのは、それだけだ」
「もっと分からなくなりました」
椅子に深く腰掛けた。「何日かかけて、考えてみてくれるかな。そのあと、どう思うかを教えて欲しい」
「僕と議論するつもりなんですね」
「しないよ」実際、エイデンが牧師の小さい事務所に立っている間、ずっと、彼は議論しようとしなかった。
「また来るかもしれません」エイデンはドアのノブを回した。
「いたければ、いてもらっていいよ。僕が出ていった方が落ち着くのなら、出ていくから」彼は熱心でも、押しつけがましくもなかった。ただ、淡々としていて、澄んだ目でエイデンを見た。
エイデンは、ここまで率直な人に会ったことがなかった。自分もそうありたい、とさえ思った。「いいえ、十分に見させてもらいました。ありがとうございます」ドアを閉め、教会のロビーへ向かった。もしかしたら、また来るかもしれない。
「リンジー、スィーティ」
アイクの声が聞こえ、エイデンは、フロントロビーに飛び出す前に立ち止まった。角からこっそり見た。
アイクは軽くリンジーの肩を抱いていた。つぶやいている言葉は、エイデンまで届かないが、明らかにリンジーは、その言葉を聞いて喜んでいた。
先日、エイデンは、アイクがPTでレックスに言い寄っているのも見た。
驚くことではない。ジムの男性用ロッカールームでアイクが話しているのをよく聞いていたからだ。アイクが、女の子を取っ替え引っ替えすることも知っていた。女の子の間を行ったり来たりする彼は、そこにいる女の子なら誰でもいい、というタイプだった。
今日はリンジー。明日はレックス? そんなことをしていいものか。
しかし、エイデンはレックスを守る義務はない。彼女が間違った男を選んだとしても、彼には何の関係もない。
アイクはリンジーの手を取り、脇のドアから出ていった。
エイデンの口の中に、胆汁の苦味が残った。無理やりあごをリラックスさせて、歯を食いしばるのをやめた。
レックスは弄ばれていい人ではない。
(リンジーだったら守りたいと思わないだろう)
レックスは彼のものではないが、友達だった。
(彼女は、僕が彼女の人生に干渉することを決して望まないだろう)
彼女は決して知ることはないだろう。
グッドウィル(リサイクルショップ)の人たちが、車に載せてくれた——後ろから少し出ているが——だけど、誰が彼女のアパートまで運んでくれるだろうか?
レックスは眉をひそめ、新しく買った中古のエクササイズバイクを見つめた。PTにあるものとは比べ物にならないが、役に立つだろう。一日二回、これに乗れば、膝の腫れもおさまるはずだ。
アパートの中に入れることができ、それを置く場所があると仮定して、購入した。さて、CPMマシーンはずっと前に返したから、とうとう段ボール箱を動かさなくてはいけない。
多分、誰かが来てくれるだろう。それか、誰かに電話しようかな。その時まで、車にバイクを置いたままにすることになる。
レックスは、アパートに向かって、ひび割れた歩道をゆっくり歩いた。装具がないと、まだ少し安定感がなかった。だけど、つけないで歩くことに慣れたらもっと強くなると、医者は保証してくれた。
あの、ドアにかかっているのは何だろう? レックスは、はげかかった塗料から黄色い紙を引っ張った。
アパートが売りに出た。四週間後には出て行かなくてはならない。
胸骨と胃を同時にハンマーで殴られた。倒れないようドアの枠をつかんだ。
こんなことがあっていいものか。
アイスクリームが食べたい。
レックスは、鍵を鍵穴に突っ込んだ。
「ウェックス?」
振り向いた。「あ、こんにちは。ミセス・チャング」
陽気な丸顔は、涙ぐんだ月に変わっていた。彼女も同じ通知を持っていた。
「ミセス・チャング、何て書いてあるのか分かりますか?」レックスは紙を指さした。
ミセス・チャングはうなずいた。「甥に電話、彼、読んだ」
「どうするんですか?」
頭を振ると、下を向いた目から大粒の涙が落ちた。大きな音を立てて鼻をすすると、喉の奥から痰の絡んだ音がした。
待って、これはちょっと気持ち悪い。
「甥と住む、彼、手伝うね」
レックスはミセス・チャングの丸い肩を不器用にたたいた。彼女はうなずき、ヨタヨタと行ってしまった。
彼女はどうなるのだろう? 甥っ子さんは、彼女のために別の場所を見つけるか、彼女を引き取ってくれるのだろうか? この甥は、年老いた親戚を何らかの形で世話するという自分の義務を分かっているようだ。このような古くからの文化的義務があることで、これほど安心したことはなかった。
アイスクリームが食べたい。
ワンルームのアパートに押し入った。不自然な静けさのために、混乱した。何かが、ない。
冷蔵庫のブーンという音だ。
レックスは簡易キッチンへと急ぎ、小さい冷凍庫から水が垂れているのを見つけた。
泣きたかった。アイスクリームがない。
傷んだ食べ物を片付け終わり、ドロドロに溶けたアイスクリームをすすっていると、携帯が鳴った。「ハロー?」
「もしもし、エイデンだ。近くにいる——友達と夕ご飯を食べに行くけど、一緒に行く?」
デートじゃないなら、いいか。レックスはガッカリしていない、本当に。「いいタイミング。冷蔵庫が壊れちゃった」
「古い電化製品に万歳」
「ふん、どうもね」
「一〇分で着くから」
実際エイデンは、八分後にやってきた。彼がベルを鳴らす前に、彼女はドアを開けた。「どこへ行くの?」
「中華」
「最高」
運転中、エイデンは、ハンドルを軽く叩き続けた。あまり気がつかないレックスでも、彼らしくない緊張感に気がついた。
「何かあったの?」
「お腹が空いてるだけ」
「文句を言ってる訳じゃないんだけど、どうしてお友達とのディナーに誘ってくれたの?」
エイデンの顔は、ガラスより滑らかに見えた。何かを隠しているようにも思えた。いや、そんなはずはない。
「もっと男性に会いたい、って言ってたよね?」
「ああ」確かに言った。「そうね」
「一人がクリスチャンなんだって。少なくとも、そう言ってる」
彼の皮肉がチクチクいたい。「誠実なクリスチャンもいるのよ」
彼は静かになった。「うん、知ってるよ」彼の声は、思慮深そうに低く響いた。
駐車場に入った。「あの人たち?」暗くて半分見えない二人の姿が見えた。
ドアを開ける前に、何故か立ち止まった。
エイデンの友達じゃないはず——カップルだ。男性は暗がりで女性にキスしている。ロマンチックな光景だ。女性の明るい髪の毛は、ほとんど銀色に光っていた。
あれはアイクのようだ。そして、リンジー。
男性の方が頭を上げた。
「アイク?」聞き覚えがない、しわがれ声——これは本当に自分の声か? 唾を飲み込んだ。丸めたテープのかたまりが喉に詰まったみたいな気がする。
男性が微笑んだ。アイクだった。
エイデンもまだ車から出ていない。彼は、そのカップルをじっと見た。
レックスは唾を飲んだ。「やめ、ない——?」
「いいよ」またエンジンをかけた。何も聞かずに。
「うちで降ろしてもらえる?」もうお腹は空いていなかった。
発進した。アイクとリンジーを過ぎながら、レックスは胸の中で輪ゴムがはじけるような痛みだけを感じた。
まあ、これで彼とキスする必要はなくなる。
エイデンをチラッと見た。彼にキスしたい——
(見るのはいいけど、さわっちゃダメ)
チェッ。
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