【ひとり寿司】第33章
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スペンサーと一緒に前の列に座ると、牧師の説教の標的になるのではないかと思ったが、牧師はエイデンのことをチラリとも見なかった。
説教は、知性ではなく心に焦点を当てていた。二週間前に話した時、牧師はエイデンの質問に対し、論理で答えたのだが、あの時とは対照的だ。
「神様は私たちを解放してくださいます」メモを見て、水を一口飲んでから続けた。「ですが、これは誰にとっても同じではありません。身体的な監禁からの解放もあれば、精神的な監禁からの解放もあります。欠点からの解放や、隠れ続けることからの解放も」
これは自分に対するメッセージではないのかと、エイデンは思った。無表情の仮面の裏に隠れ、いつも穏やかで主導権をにぎっているように見える彼の性格について話したからだ。
講壇から、牧師は会衆に指を振った。「神様はあなたを解放したいと願っています。あなた方一人一人を愛しておられます」
エイデンにとって、それは信じ難いことだった。ギデオンが一頭分の羊の毛を打ち場に置いて神様を試したように、神様に証拠を求めてみてはどうかと牧師は言っていたのだが、エイデンはどうやってそうするのかが分からなかった。
牧師が言った一つのことが、まだ彼の心の中で響いていた。(エイデン、信仰に踏み出す前に、全ての答えを見つける必要はないんだよ)
今、彼の話を聞いていると、エイデンは、判断基準が十分ではないという事実と格闘していた。そして、それが信仰というものだった。
(分かった)深く座り直した。神様への道筋をどうやって開くのかは分からないが、神様は彼のことを聞いていると仮定した。(じゃあ、僕に証明してください。信じることは約束しません。だけど聞いています。変化を見せてください)
それだ。
雷鳴が響き渡る啓示(神が真理を人間にあらわし示すこと)も、花火も、感情のほとばしりもない。
それで? 変わったことは何も感じない。どうすればいいのだろう?
牧師は突然、エイデンの方を見て、説教の途中で話すのをやめた。そして、また話し出した。
何か変だった。
隣のスペンサーは横を向き、じっと彼を見た。そして、元に戻った。
ふーむ。
そして、スペンサーが横に傾いてきた。「礼拝の後、釣りに行こうよ」
「オッケー」
**********
「君の牧師と会ってるんだ」エイデンは、カレロ貯水池に釣り糸を垂らした。暑い日だから、何かが釣れるチャンスはほとんどないだろう。
「いい人だよ」スペンサーは自分の釣り糸を垂らし、一歩離れた。
「あの壁に飾ってある絵が好きなんだ」
「俺も」
エイデンのルアー(エサに似せて作った針)に何か引っ掛かった。「あっ、クッソー」引っ張ってみたが、動かない。
「とれない?」
「ああ」
エイデンは釣り糸を切った。どうせ安いルアーだ。もう一つ選び、糸を通し始めた。「このキリスト教ってのが、分かり始めてきたみたいだ」彼はスペンサーの方を見上げなかった。
「いいね」スペンサーは何も言わず、ただルアーを動かしている。エイデンは、彼の方を見た。
スペンサーは笑った。きらめくようでも、びっくりしたようでも、いつもと違ったようでもなかった。しかし、何かが——エイデンはどういうわけか、スペンサーのことを、今まで以上によく分かったような気がした。
ルアーを投げた。そうだ、もしかしたら、これは正しいことなのかもしれない。
**********
「そんで、この高慢そうな奴が近づいて来て、『緑の牧場教会へようこそ。今日が初めてですか?』って言うの。だから、『当たり前でしょ』って顔をしたら、クリスチャンかどうかや、バイブルスタディに行ったことがあるか、ってベラベラ聞くのよ。挙げ句の果てに、ギリシャ語を習うべきだ、ってくどくど言い始めて。ギリシャ語よ!」レックスはレッグプレスに力を入れ過ぎて、空中を蹴ってしまった。
エイデンがそれを面白そうに聞かないよう努力しているのが分かった。「ギリシャ語を習うのは価値があることだと思うよ」
「もう、やめてよ。だから言ったの——」
「ヘーイ、エイデン。お前、どこにいたんだよ」アイクが、レックスのレッグプレスまで歩いてきた。「やあ、レックス」
彼をマットに投げ倒したい衝動を抑えた。この、二股男。「ハーイ、アイク」
「で、エイデン、僕とリンジーさ、二○分待ってたんだけど、その後、中に入って注文したんだ」
エイデンは静かになった——とても微妙で、レックスはほとんど気づかなかった。彼は肩をすくめた。
「ごめん、電話しようと思ったんだけど、携帯の充電が切れちゃってさ」
「気にするなって。また今度な。あの中華レストラン、美味しかったぞ」
「中華レストラン」と言ったところで、微妙にエイデンの仮面がずれたこと以外、レックスはアイクの言うことをほとんど聞いていなかった。
「いつ会うはずだったの?」繰り返しが始まるところで、動きを止めた。
エイデンは咳払いをした。「先週」
彼は、決して曖昧な言い方をしない。レックスの目が細くなった。
「水曜日だったよな?」アイクがお腹をたたいた。「あのバスコム通りのレストラン」
「はめたわね!」レックスはマシーンから飛び降りた。ウエイトが大きな音をたてて落ちた。
「おっと、落ち着いて!」アイクは一歩、下がった。レックスは彼を無視し、エイデンの方に進んだ。彼の表情が変わってきた。ショックから打算、罪悪感から後悔へと。
「アイクがリンジーといるところを見せたかったのね」
「僕たちがいるとこ、見たの? 何だよ、それ」アイクが青白くなった。「あ、やば」
「あなたって——急に向きを変え、アイクの方へ一歩進むと、彼はフリーウエイトの棚の方に後ずさった——バカね。もともとチャンスはなかったのよ。それにあなた——」そこに突っ立っているエイデンの方を向いた。「——おばあちゃんと同じぐらいひどいわ」
アイクではなく、彼をマットに押し倒したい強い衝動を抱きながら、彼女はそこに立っていた。エイデンにだまされるなど、思ってもいなかった。彼だけは、正直だと信頼できる人だった。そもそも、これは「エペソ」のリストの初めの方に入れたことではなかっただろうか? 正直であること? 嘘をつかないこと?
「アイクとリンジーが来る、っていうのは知ってたさ。二人に会わせようと思って君を連れてったんだ。だけど、二人がベタベタし出したのは、僕のせいじゃない」
「見てたのか?」アイクはジムのベンチに飛び乗った。「なんてこった」
「暗い駐車場に可愛い女の子と一緒にいたら、こいつがどんなことをする奴なのか知るべきだと思ったんだ」
エイデンの仮面が落ちて砕けた。「本当にこんなやつと付き合いたいの?」アイクに向かって腕を放り出した。
レックスは、こんなに動揺しているエイデンを見たことがなかった——バレーボールのコートの中ですら、彼がこんなに怒ったことはない——しかし、彼女も、燃える怒りが静脈を伝わってきた。「あなたには関係ない。私が決めることよ」
「全て自分が主導権を握りたいタイプだからね」
「あなただって、そうじゃない」
「おい、お前ら」アイクが二人の間に立って、腕を伸ばした。「ちょっと言い方がきついんじゃないか。オープンに話そうじゃ——」
「うるさい!」「黙れ!」
「オッケー」手をあげて、後ろに下がった。「明らかに僕は必要とされてないみたいだね」
「騙されたくないの」レックスは何かをつかんで彼の頭を叩きたかったが、ウエイトはちょっと致命的だ。
「そこにいる遊び人に騙されたほうがいい、って言うのか? 僕は君を守ろうとしただけなんだ」
「私に——」レックスは歯ぎしりした。確かにそれは親切なことだが、それに感謝できる気分ではなかった。「もう私にかかわらないで」スロープを降り、左に曲がって待合室へ向かった。
せっかく出たのに、女性用ロッカールームにバッグを忘れて戻ってきた。エイデンがいる場所を再度通り過ぎながら、彼を激しく睨みつけた。
鼻を真っ直ぐ上に向け、レックスは外に飛び出した。
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第33章
スペンサーと一緒に前の列に座ると、牧師の説教の標的になるのではないかと思ったが、牧師はエイデンのことをチラリとも見なかった。
説教は、知性ではなく心に焦点を当てていた。二週間前に話した時、牧師はエイデンの質問に対し、論理で答えたのだが、あの時とは対照的だ。
「神様は私たちを解放してくださいます」メモを見て、水を一口飲んでから続けた。「ですが、これは誰にとっても同じではありません。身体的な監禁からの解放もあれば、精神的な監禁からの解放もあります。欠点からの解放や、隠れ続けることからの解放も」
これは自分に対するメッセージではないのかと、エイデンは思った。無表情の仮面の裏に隠れ、いつも穏やかで主導権をにぎっているように見える彼の性格について話したからだ。
講壇から、牧師は会衆に指を振った。「神様はあなたを解放したいと願っています。あなた方一人一人を愛しておられます」
エイデンにとって、それは信じ難いことだった。ギデオンが一頭分の羊の毛を打ち場に置いて神様を試したように、神様に証拠を求めてみてはどうかと牧師は言っていたのだが、エイデンはどうやってそうするのかが分からなかった。
牧師が言った一つのことが、まだ彼の心の中で響いていた。(エイデン、信仰に踏み出す前に、全ての答えを見つける必要はないんだよ)
今、彼の話を聞いていると、エイデンは、判断基準が十分ではないという事実と格闘していた。そして、それが信仰というものだった。
(分かった)深く座り直した。神様への道筋をどうやって開くのかは分からないが、神様は彼のことを聞いていると仮定した。(じゃあ、僕に証明してください。信じることは約束しません。だけど聞いています。変化を見せてください)
それだ。
雷鳴が響き渡る啓示(神が真理を人間にあらわし示すこと)も、花火も、感情のほとばしりもない。
それで? 変わったことは何も感じない。どうすればいいのだろう?
牧師は突然、エイデンの方を見て、説教の途中で話すのをやめた。そして、また話し出した。
何か変だった。
隣のスペンサーは横を向き、じっと彼を見た。そして、元に戻った。
ふーむ。
そして、スペンサーが横に傾いてきた。「礼拝の後、釣りに行こうよ」
「オッケー」
「君の牧師と会ってるんだ」エイデンは、カレロ貯水池に釣り糸を垂らした。暑い日だから、何かが釣れるチャンスはほとんどないだろう。
「いい人だよ」スペンサーは自分の釣り糸を垂らし、一歩離れた。
「あの壁に飾ってある絵が好きなんだ」
「俺も」
エイデンのルアー(エサに似せて作った針)に何か引っ掛かった。「あっ、クッソー」引っ張ってみたが、動かない。
「とれない?」
「ああ」
エイデンは釣り糸を切った。どうせ安いルアーだ。もう一つ選び、糸を通し始めた。「このキリスト教ってのが、分かり始めてきたみたいだ」彼はスペンサーの方を見上げなかった。
「いいね」スペンサーは何も言わず、ただルアーを動かしている。エイデンは、彼の方を見た。
スペンサーは笑った。きらめくようでも、びっくりしたようでも、いつもと違ったようでもなかった。しかし、何かが——エイデンはどういうわけか、スペンサーのことを、今まで以上によく分かったような気がした。
ルアーを投げた。そうだ、もしかしたら、これは正しいことなのかもしれない。
「そんで、この高慢そうな奴が近づいて来て、『緑の牧場教会へようこそ。今日が初めてですか?』って言うの。だから、『当たり前でしょ』って顔をしたら、クリスチャンかどうかや、バイブルスタディに行ったことがあるか、ってベラベラ聞くのよ。挙げ句の果てに、ギリシャ語を習うべきだ、ってくどくど言い始めて。ギリシャ語よ!」レックスはレッグプレスに力を入れ過ぎて、空中を蹴ってしまった。
エイデンがそれを面白そうに聞かないよう努力しているのが分かった。「ギリシャ語を習うのは価値があることだと思うよ」
「もう、やめてよ。だから言ったの——」
「ヘーイ、エイデン。お前、どこにいたんだよ」アイクが、レックスのレッグプレスまで歩いてきた。「やあ、レックス」
彼をマットに投げ倒したい衝動を抑えた。この、二股男。「ハーイ、アイク」
「で、エイデン、僕とリンジーさ、二○分待ってたんだけど、その後、中に入って注文したんだ」
エイデンは静かになった——とても微妙で、レックスはほとんど気づかなかった。彼は肩をすくめた。
「ごめん、電話しようと思ったんだけど、携帯の充電が切れちゃってさ」
「気にするなって。また今度な。あの中華レストラン、美味しかったぞ」
「中華レストラン」と言ったところで、微妙にエイデンの仮面がずれたこと以外、レックスはアイクの言うことをほとんど聞いていなかった。
「いつ会うはずだったの?」繰り返しが始まるところで、動きを止めた。
エイデンは咳払いをした。「先週」
彼は、決して曖昧な言い方をしない。レックスの目が細くなった。
「水曜日だったよな?」アイクがお腹をたたいた。「あのバスコム通りのレストラン」
「はめたわね!」レックスはマシーンから飛び降りた。ウエイトが大きな音をたてて落ちた。
「おっと、落ち着いて!」アイクは一歩、下がった。レックスは彼を無視し、エイデンの方に進んだ。彼の表情が変わってきた。ショックから打算、罪悪感から後悔へと。
「アイクがリンジーといるところを見せたかったのね」
「僕たちがいるとこ、見たの? 何だよ、それ」アイクが青白くなった。「あ、やば」
「あなたって——急に向きを変え、アイクの方へ一歩進むと、彼はフリーウエイトの棚の方に後ずさった——バカね。もともとチャンスはなかったのよ。それにあなた——」そこに突っ立っているエイデンの方を向いた。「——おばあちゃんと同じぐらいひどいわ」
アイクではなく、彼をマットに押し倒したい強い衝動を抱きながら、彼女はそこに立っていた。エイデンにだまされるなど、思ってもいなかった。彼だけは、正直だと信頼できる人だった。そもそも、これは「エペソ」のリストの初めの方に入れたことではなかっただろうか? 正直であること? 嘘をつかないこと?
「アイクとリンジーが来る、っていうのは知ってたさ。二人に会わせようと思って君を連れてったんだ。だけど、二人がベタベタし出したのは、僕のせいじゃない」
「見てたのか?」アイクはジムのベンチに飛び乗った。「なんてこった」
「暗い駐車場に可愛い女の子と一緒にいたら、こいつがどんなことをする奴なのか知るべきだと思ったんだ」
エイデンの仮面が落ちて砕けた。「本当にこんなやつと付き合いたいの?」アイクに向かって腕を放り出した。
レックスは、こんなに動揺しているエイデンを見たことがなかった——バレーボールのコートの中ですら、彼がこんなに怒ったことはない——しかし、彼女も、燃える怒りが静脈を伝わってきた。「あなたには関係ない。私が決めることよ」
「全て自分が主導権を握りたいタイプだからね」
「あなただって、そうじゃない」
「おい、お前ら」アイクが二人の間に立って、腕を伸ばした。「ちょっと言い方がきついんじゃないか。オープンに話そうじゃ——」
「うるさい!」「黙れ!」
「オッケー」手をあげて、後ろに下がった。「明らかに僕は必要とされてないみたいだね」
「騙されたくないの」レックスは何かをつかんで彼の頭を叩きたかったが、ウエイトはちょっと致命的だ。
「そこにいる遊び人に騙されたほうがいい、って言うのか? 僕は君を守ろうとしただけなんだ」
「私に——」レックスは歯ぎしりした。確かにそれは親切なことだが、それに感謝できる気分ではなかった。「もう私にかかわらないで」スロープを降り、左に曲がって待合室へ向かった。
せっかく出たのに、女性用ロッカールームにバッグを忘れて戻ってきた。エイデンがいる場所を再度通り過ぎながら、彼を激しく睨みつけた。
鼻を真っ直ぐ上に向け、レックスは外に飛び出した。
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