【ひとり寿司】第38章
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レックスは、ダイヤモンドのイヤリングを指でいじった。さわりたくなかった。彼女の不器用な指には繊細すぎる。バレーボールをさわっている方がいい。
母が亡くなる前に家に戻ってきた時、このイヤリングをつけていた。
そういう理由もあって、レックスは一度もこれをつけたことがなかった。母は疲れた顔をしていた。生きるのをあきらめ、安堵した表情をしていた。
レックスは決してあきらめない。母も、あきらめるべきではなかったと思う。
理不尽であることは分かっていた。母は、死を避けて通ることができなかった。しかし、そのイヤリングを見ると、母が死を受け入れた時、あきらめた時を思い出した。
レックスも、あきらめようとしていた。神様の手に、明け渡そうとしていた。
喜びに満ちた平和も、全てがうまくいくという驚くべき確信もない。ただ、静かな希望があり、少し感覚も麻痺していた。うまくいくかもしれないし、いかないかもしれない。ただ、待ってみるだけ。
イヤリングをつけた。
ブライズメイドのドレスを着るのに少し苦労した。淡いラベンダー色のフワッとしたスカートが、ぎこちない膝にまとわりついて、手染めのパンプスがうまく履けない。もう一方のACLも切れそうだ。
レックスは靴を箱に放り投げ、スニーカーに手を伸ばした。スカートが長いから、靴は見えなかった。ほとんど。
さて、松葉杖を使おうか? どうしよう。
壁に立てかけた松葉杖をにらんだ。不安定になり、痛みを感じていたときに、また取り出したのだった。
しかし、強いこと、強がることは、重要なのだろうか? レックスは、わざわざ手を伸ばしてイヤリングをいじった。そして、バッグと松葉杖をつかんだ。
レックスが松葉杖で足を引きずって側廊を歩くのを見たら、マリコは気が狂うだろう。
歩道の縁石まで出ていった。SUVが停まっているが、父の車が見えない。レックスはすでに遅れている。父も遅れているのだろうか?
待って、あのSUVは見覚えがある。
エイデンが後ろに回って、トランクを開けた。
「ここで何してるの?」
「僕が運転手だ」レックスの松葉杖を取って、後ろに滑らせた。
「お父さんは?」
「もうメアリーと教会へ向かってる」
レックスは、エイデンの平然とした顔が読めなかった。「どうして?」
「いつものように遅れて来る君を、どうしてお父さんが待たないといけないんだ?」
彼女はにらんだ。
彼はニヤッと笑った。
ニヤッと笑ったのだ。
「まあ運転手が変わるぐらい、どうでもいいわ」
「その前にさ、二週間前に言おうと思ってたことがあるんだ」
「アイクのことだったら——」
「違う、だけど彼の教会のこと」
「彼の教会? あなた、教会嫌いでしょ」
「最近、その教会に行き出したんだ」
レックスはふらついた。エイデンは彼女の方に飛び出したが、彼女は、彼の顔の前に手を出して制した。「大丈夫だから、今なんて言ったのか、もう一回言ってくれる?」
「彼の教会に行ってるんだ」
「いつから?」
「二週間前。キリストのことが少し分かり始めてきた」
言葉が出ない。何か言ってみようと思ったが、その情報が意識の中に浸透する時間が必要なように思えた。
そして、彼女に起こった出来事は、自分自身が招いたことだったと気がついた。彼女の問題は、もっと早くに解決していたかもしれないのに(と言うか、多分そう。何となく。アイクのことからもっと早く立ち直れていれば、の話だが)。エイデンが彼のことで自分を惨めな気分にさせたことについては、喜ぶべきだった。「どうして言ってくれなかったの?」
彼は一歩下がった。多分、キリストの体の一部として彼を迎え入れる口調とはいえなかったからだろう。「関係ある? 君だって、信仰は個人的なものだ、って言ったじゃないか」
「個人的? 個人的? 私は、自分におまじないを言ってたのよ『見るのはいいけど、さわっちゃダメ。見るのはいいけど、さわっちゃダメ』って。それなのにあなたは——二週間も前に——ウガーッ!」
エイデンは、レックスのように気の狂った女を車に乗せてもいいものかと考え直しているようだ。「あの……『見るのはいいけど、さわっちゃダメ』って何?」
レックスはSUVの後ろに向かった。「私の松葉杖は?」
「何で?」
「あんたの頭をぶん殴るのよ」
**********
「やってみよう」
「ダメよ、バレるわ」
しかしエイデンは、大広間の一番すみっこでチヤホヤされている祖母の方へまっすぐ進んだ。
「どうせだから、やってみようよ。それに、君のお父さんもいるから、力になってくれるさ」
「エイデン!」レックスは怒りながら、松葉杖を持って、彼の後をヨタヨタとついていった。
彼は、肩越しに彼女を見た。「行くよ」
レックスは、部屋の向こう側にいるトリッシュと目を合わせ、(すぐこっちに来て)という顔をした。トリッシュは、ビーナスとジェニファーの注意をひき、エイデンと祖母が遭遇する場所へと移動した。
エイデンが笑うと、知らない人に変わったようだ。いつからこんなに魅力的になったのだろうか? 「こんにちは、ミセス坂井」
「あなたは?」コールでアイラインを描いた目は細くなり、赤紫色の唇はキュッ、と閉じられている。
「エイデンです。先週のリハーサルディナーの時にお見かけしました。レックスとお付き合いさせてもらってます」
祖母が睨むと、火鉢の上で焼かれる焼き餅のように煙が出ているようた。
「違う。あの時は別の男の子と一緒だった」
「いいえ、おばあちゃん」トリッシュがデジカメを見せた。「ほらね?」祖母の顔に、小さい画面を押しつけた。
レックスは、ミミ、エイデン、レックス、オリバー、トリッシュのテーブルのスナップ写真を、祖母の肩越しにのぞき見した。
「ほら、この日焼けした男の子といるじゃない」
「違うわ、おばあちゃん。オリバーは私のデート相手なの」トリッシュはボタンを押して、次の写真に進んだ。「ほらね?」
レストランのロビーで待っている、オリバーの隣に立つトリッシュのスナップ写真だ。ブライズメイド達が現れる前に撮ったものだろう。
祖母は瞬きした。そして、トリッシュからレックス、エイデンへと見ていった。
「どうすれば、ただのバレーボール友達じゃなくて、本当のボーイフレンドだと分かるかしら?」
「お母さん、覚えてない?」レックスの父親が口をはさんだ。「数週間前に、レックスの理学療法士のことを話しただろ」
「これがその彼?」
「そうだよ」
祖母の顔は、ふくれっ面としか言いようがなかった。彼女の頭脳が抜け穴を探そうとしているのが、目に見えるようだった。
レックスは、祖母にうまく逃れさせるつもりはなかった。「おばあちゃん、私との約束を守ってもらうわよ」
「ダメよ。この子が、あなたのボーイフレンドだって証明できないでしょ」
レックスは腕を組んだ。「じゃあ、私のいとこ達はわざわざボーイフレンド探しをしなくてもいいのね」
「どういう意味?」祖母の手は、椅子の肘掛けを強く握っていた。
「デート相手を気に入らなければ、おばあちゃんは裏切るんだから、意味がないでしょ」
ビーナス、ジェニファー、トリッシュは三人とも腕を組んで、祖母を見下ろした。
祖母のしかめっ面はさらにゆがんだが、手を空中に放り投げた。「分かりました、はいはい」
レックスは生き返った。「ありがとう、おばあちゃん」
「見てるわよ」鷹のような目が、レックスを突き刺した。「突然別れたりしたら、資金を切ります」虫をはじき飛ばすように、祖母はエイデンの方に手を振り払うしぐさをした。
エイデンは、レックスのウエストに軽く手を回し、強く押しつけるのではなく、透けたドレスをさわった。「かなりひねくれたおばあさんだね」彼は彼女をリードした。松葉杖をにぎる彼女の手は、歩いているうちに震え始めた。
「さあ、座って」エイデンは、テーブルの一つから椅子を引っ張った。ほとんどの来客はダンスフロアに集まっていて、マリコはケーキカットのテーブルの近くで待っていた。
エイデンはレックスの隣に座り、黙っていた。照明が薄暗くなり、DJが新郎新婦のファーストダンスの曲を始めた。
やった。神様は、やってくれた。レックスは、床を這うマリコのウェディングドレスのトレーンを目で追った。神様はリードしてくれた。彼女はそれについていけば良いだけだった。
「みなさんも、この幸せなカップルと一緒にダンスをしませんか」DJの滑らかな声が、暗いホールに響き渡った。
「踊ろう」エイデンは立ち上がり、彼女の前に来た。
「ダンス?」
「前後や左右にゆっくり、リズミカルに動くんだよ」
彼女は笑った。「ダサッ」しかしレックスは、テーブルにもたれて松葉杖に手を伸ばした。
「使わなくていいよ。僕が支えるから」
(踊る……ゆっくりと……支えられながら……)
「あの……分かったわ」立ち上がった。
エイデンは、すぐには彼女に触れなかった。近づいて、スターサファイアのように輝く目で、彼女を見下ろした。彼女は手を伸ばし、彼の肩に手を置いた。
着ているシルクのドレスより軽く、彼はその手を彼女の背中の小さい部分に当てた。モミとジャコウの香りに包まれた。何も考えなくてよかった——背中、肩、首がほぐれた。
変な感じがしたが、それでも包まれているのが心地いい。エイデンは、マッサージをしてくれた時ほど触れていないのに、もっと近くにいるようだ。彼に包まれている感じを楽しんだ。
前に一歩、足を引きずった。彼の手が、彼女をしっかり押さえた。
レックスは顔を近づけ、深く息を吸った。スギのたんすのような匂いがスーツのジャケットに残っている。彼が頭を傾けると、その頬が、彼女の頬にあたった。
ヒゲの剃り方が足りないのか少しチクチクするが、思っていたより滑らかだ。彼の皮膚は、彼女の皮膚より油っぽい感じがした。何て不思議、温かい。そして、彼の石けん、モミ、ジャコウのにおいが彼女の毛穴に充満するようだ。
二人はこうやって揺れ、何分間も動かなかった。その時間は、何時間にも、何日にも思えた。彼女は、ウエストに当てられた彼の手の強さの中にもたれた。彼は、もっと近くに彼女を包んだ。
頬にささやくような息があたる。皮膚と皮膚がすべりあった。柔らかい唇が、彼女の口の隅に当たった。
心臓がドキドキした。
頭を動かし、彼のキスを受け止めた。
この本は、クリスチャン現代ロマンス「寿司シリーズ」の第一作で、第二作目の「オンリー・ウニ」は、現在翻訳中です。ニュースレターを受け取られている方には、日本語版ができあがった時にお知らせしますので、ぜひニュースレターをご購読ください。私のホームページとニュースレターには、日本人読者向けに翻訳したセクションがあります。
最後に、私の本を読まれたあなたが、イエス・キリストの愛を感じ取ってくださることを、心からお祈りします。
キャミー
追伸
校正ミスなどにお気付きの方は、どうか私にメッセージをお送りください。よろしくお願いします!
Camy Tang / Camille Elliot
キャミー・タングの名前でクリスチャン・ロマンティック・サスペンスを、ペンネームのカミール・エリオットの名前で摂政時代ロマンスを執筆。ハワイ出身。現在は、技術者の夫と元気な犬と共に北カリフォルニア在住。スタンフォード大学(生物心理学専攻)を卒業し、生物学者として9年間働く。その後、全く異なる道へと神に導かれ、現在は執筆業に専念。登場人物の描写に、心理学の知見を生かす。母教会ユースグループのスタッフとして20年以上奉仕し、現在は賛美チームの一員。編み物、毛糸を巻くこと、そして日本語の勉強が大好き。
無料の短編、季刊ニュースの購読申し込みは下のページから。
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お茶の水女子大学英文科卒業後、東京の外資系企業勤務。一九九七年よりカリフォルニア州に在住。一九九八年受洗。サンタクララバレー日系キリスト教会員。学術文献の翻訳のかたわら、証し、教会文書、クリスチャン・ノベルなどを翻訳。
© 2007 Camy Tang
Japanese translation © 2020 Camy Tang
All rights reserved. No part of this work may be reproduced without permission.
無断複写・転載を禁じます。
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※最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
第38章
レックスは、ダイヤモンドのイヤリングを指でいじった。さわりたくなかった。彼女の不器用な指には繊細すぎる。バレーボールをさわっている方がいい。
母が亡くなる前に家に戻ってきた時、このイヤリングをつけていた。
そういう理由もあって、レックスは一度もこれをつけたことがなかった。母は疲れた顔をしていた。生きるのをあきらめ、安堵した表情をしていた。
レックスは決してあきらめない。母も、あきらめるべきではなかったと思う。
理不尽であることは分かっていた。母は、死を避けて通ることができなかった。しかし、そのイヤリングを見ると、母が死を受け入れた時、あきらめた時を思い出した。
レックスも、あきらめようとしていた。神様の手に、明け渡そうとしていた。
喜びに満ちた平和も、全てがうまくいくという驚くべき確信もない。ただ、静かな希望があり、少し感覚も麻痺していた。うまくいくかもしれないし、いかないかもしれない。ただ、待ってみるだけ。
イヤリングをつけた。
ブライズメイドのドレスを着るのに少し苦労した。淡いラベンダー色のフワッとしたスカートが、ぎこちない膝にまとわりついて、手染めのパンプスがうまく履けない。もう一方のACLも切れそうだ。
レックスは靴を箱に放り投げ、スニーカーに手を伸ばした。スカートが長いから、靴は見えなかった。ほとんど。
さて、松葉杖を使おうか? どうしよう。
壁に立てかけた松葉杖をにらんだ。不安定になり、痛みを感じていたときに、また取り出したのだった。
しかし、強いこと、強がることは、重要なのだろうか? レックスは、わざわざ手を伸ばしてイヤリングをいじった。そして、バッグと松葉杖をつかんだ。
レックスが松葉杖で足を引きずって側廊を歩くのを見たら、マリコは気が狂うだろう。
歩道の縁石まで出ていった。SUVが停まっているが、父の車が見えない。レックスはすでに遅れている。父も遅れているのだろうか?
待って、あのSUVは見覚えがある。
エイデンが後ろに回って、トランクを開けた。
「ここで何してるの?」
「僕が運転手だ」レックスの松葉杖を取って、後ろに滑らせた。
「お父さんは?」
「もうメアリーと教会へ向かってる」
レックスは、エイデンの平然とした顔が読めなかった。「どうして?」
「いつものように遅れて来る君を、どうしてお父さんが待たないといけないんだ?」
彼女はにらんだ。
彼はニヤッと笑った。
ニヤッと笑ったのだ。
「まあ運転手が変わるぐらい、どうでもいいわ」
「その前にさ、二週間前に言おうと思ってたことがあるんだ」
「アイクのことだったら——」
「違う、だけど彼の教会のこと」
「彼の教会? あなた、教会嫌いでしょ」
「最近、その教会に行き出したんだ」
レックスはふらついた。エイデンは彼女の方に飛び出したが、彼女は、彼の顔の前に手を出して制した。「大丈夫だから、今なんて言ったのか、もう一回言ってくれる?」
「彼の教会に行ってるんだ」
「いつから?」
「二週間前。キリストのことが少し分かり始めてきた」
言葉が出ない。何か言ってみようと思ったが、その情報が意識の中に浸透する時間が必要なように思えた。
そして、彼女に起こった出来事は、自分自身が招いたことだったと気がついた。彼女の問題は、もっと早くに解決していたかもしれないのに(と言うか、多分そう。何となく。アイクのことからもっと早く立ち直れていれば、の話だが)。エイデンが彼のことで自分を惨めな気分にさせたことについては、喜ぶべきだった。「どうして言ってくれなかったの?」
彼は一歩下がった。多分、キリストの体の一部として彼を迎え入れる口調とはいえなかったからだろう。「関係ある? 君だって、信仰は個人的なものだ、って言ったじゃないか」
「個人的? 個人的? 私は、自分におまじないを言ってたのよ『見るのはいいけど、さわっちゃダメ。見るのはいいけど、さわっちゃダメ』って。それなのにあなたは——二週間も前に——ウガーッ!」
エイデンは、レックスのように気の狂った女を車に乗せてもいいものかと考え直しているようだ。「あの……『見るのはいいけど、さわっちゃダメ』って何?」
レックスはSUVの後ろに向かった。「私の松葉杖は?」
「何で?」
「あんたの頭をぶん殴るのよ」
「やってみよう」
「ダメよ、バレるわ」
しかしエイデンは、大広間の一番すみっこでチヤホヤされている祖母の方へまっすぐ進んだ。
「どうせだから、やってみようよ。それに、君のお父さんもいるから、力になってくれるさ」
「エイデン!」レックスは怒りながら、松葉杖を持って、彼の後をヨタヨタとついていった。
彼は、肩越しに彼女を見た。「行くよ」
レックスは、部屋の向こう側にいるトリッシュと目を合わせ、(すぐこっちに来て)という顔をした。トリッシュは、ビーナスとジェニファーの注意をひき、エイデンと祖母が遭遇する場所へと移動した。
エイデンが笑うと、知らない人に変わったようだ。いつからこんなに魅力的になったのだろうか? 「こんにちは、ミセス坂井」
「あなたは?」コールでアイラインを描いた目は細くなり、赤紫色の唇はキュッ、と閉じられている。
「エイデンです。先週のリハーサルディナーの時にお見かけしました。レックスとお付き合いさせてもらってます」
祖母が睨むと、火鉢の上で焼かれる焼き餅のように煙が出ているようた。
「違う。あの時は別の男の子と一緒だった」
「いいえ、おばあちゃん」トリッシュがデジカメを見せた。「ほらね?」祖母の顔に、小さい画面を押しつけた。
レックスは、ミミ、エイデン、レックス、オリバー、トリッシュのテーブルのスナップ写真を、祖母の肩越しにのぞき見した。
「ほら、この日焼けした男の子といるじゃない」
「違うわ、おばあちゃん。オリバーは私のデート相手なの」トリッシュはボタンを押して、次の写真に進んだ。「ほらね?」
レストランのロビーで待っている、オリバーの隣に立つトリッシュのスナップ写真だ。ブライズメイド達が現れる前に撮ったものだろう。
祖母は瞬きした。そして、トリッシュからレックス、エイデンへと見ていった。
「どうすれば、ただのバレーボール友達じゃなくて、本当のボーイフレンドだと分かるかしら?」
「お母さん、覚えてない?」レックスの父親が口をはさんだ。「数週間前に、レックスの理学療法士のことを話しただろ」
「これがその彼?」
「そうだよ」
祖母の顔は、ふくれっ面としか言いようがなかった。彼女の頭脳が抜け穴を探そうとしているのが、目に見えるようだった。
レックスは、祖母にうまく逃れさせるつもりはなかった。「おばあちゃん、私との約束を守ってもらうわよ」
「ダメよ。この子が、あなたのボーイフレンドだって証明できないでしょ」
レックスは腕を組んだ。「じゃあ、私のいとこ達はわざわざボーイフレンド探しをしなくてもいいのね」
「どういう意味?」祖母の手は、椅子の肘掛けを強く握っていた。
「デート相手を気に入らなければ、おばあちゃんは裏切るんだから、意味がないでしょ」
ビーナス、ジェニファー、トリッシュは三人とも腕を組んで、祖母を見下ろした。
祖母のしかめっ面はさらにゆがんだが、手を空中に放り投げた。「分かりました、はいはい」
レックスは生き返った。「ありがとう、おばあちゃん」
「見てるわよ」鷹のような目が、レックスを突き刺した。「突然別れたりしたら、資金を切ります」虫をはじき飛ばすように、祖母はエイデンの方に手を振り払うしぐさをした。
エイデンは、レックスのウエストに軽く手を回し、強く押しつけるのではなく、透けたドレスをさわった。「かなりひねくれたおばあさんだね」彼は彼女をリードした。松葉杖をにぎる彼女の手は、歩いているうちに震え始めた。
「さあ、座って」エイデンは、テーブルの一つから椅子を引っ張った。ほとんどの来客はダンスフロアに集まっていて、マリコはケーキカットのテーブルの近くで待っていた。
エイデンはレックスの隣に座り、黙っていた。照明が薄暗くなり、DJが新郎新婦のファーストダンスの曲を始めた。
やった。神様は、やってくれた。レックスは、床を這うマリコのウェディングドレスのトレーンを目で追った。神様はリードしてくれた。彼女はそれについていけば良いだけだった。
「みなさんも、この幸せなカップルと一緒にダンスをしませんか」DJの滑らかな声が、暗いホールに響き渡った。
「踊ろう」エイデンは立ち上がり、彼女の前に来た。
「ダンス?」
「前後や左右にゆっくり、リズミカルに動くんだよ」
彼女は笑った。「ダサッ」しかしレックスは、テーブルにもたれて松葉杖に手を伸ばした。
「使わなくていいよ。僕が支えるから」
(踊る……ゆっくりと……支えられながら……)
「あの……分かったわ」立ち上がった。
エイデンは、すぐには彼女に触れなかった。近づいて、スターサファイアのように輝く目で、彼女を見下ろした。彼女は手を伸ばし、彼の肩に手を置いた。
着ているシルクのドレスより軽く、彼はその手を彼女の背中の小さい部分に当てた。モミとジャコウの香りに包まれた。何も考えなくてよかった——背中、肩、首がほぐれた。
変な感じがしたが、それでも包まれているのが心地いい。エイデンは、マッサージをしてくれた時ほど触れていないのに、もっと近くにいるようだ。彼に包まれている感じを楽しんだ。
前に一歩、足を引きずった。彼の手が、彼女をしっかり押さえた。
レックスは顔を近づけ、深く息を吸った。スギのたんすのような匂いがスーツのジャケットに残っている。彼が頭を傾けると、その頬が、彼女の頬にあたった。
ヒゲの剃り方が足りないのか少しチクチクするが、思っていたより滑らかだ。彼の皮膚は、彼女の皮膚より油っぽい感じがした。何て不思議、温かい。そして、彼の石けん、モミ、ジャコウのにおいが彼女の毛穴に充満するようだ。
二人はこうやって揺れ、何分間も動かなかった。その時間は、何時間にも、何日にも思えた。彼女は、ウエストに当てられた彼の手の強さの中にもたれた。彼は、もっと近くに彼女を包んだ。
頬にささやくような息があたる。皮膚と皮膚がすべりあった。柔らかい唇が、彼女の口の隅に当たった。
心臓がドキドキした。
頭を動かし、彼のキスを受け止めた。
読者の皆さんへ
「ひとり寿司」をご購入いただき、ありがとうございます。これは私のデビュー作で、二○○七年に出版されたものです。その後、20冊以上の小説を執筆しましたが、一冊目であるこの本は、今でも一番のお気に入りです。今回、日本語に翻訳することができたことを、とても嬉しく思っています。この本は、クリスチャン現代ロマンス「寿司シリーズ」の第一作で、第二作目の「オンリー・ウニ」は、現在翻訳中です。ニュースレターを受け取られている方には、日本語版ができあがった時にお知らせしますので、ぜひニュースレターをご購読ください。私のホームページとニュースレターには、日本人読者向けに翻訳したセクションがあります。
最後に、私の本を読まれたあなたが、イエス・キリストの愛を感じ取ってくださることを、心からお祈りします。
キャミー
追伸
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キャミー・タング 🌸 カミール・エリオット
Camy Tang / Camille Elliot
キャミー・タングの名前でクリスチャン・ロマンティック・サスペンスを、ペンネームのカミール・エリオットの名前で摂政時代ロマンスを執筆。ハワイ出身。現在は、技術者の夫と元気な犬と共に北カリフォルニア在住。スタンフォード大学(生物心理学専攻)を卒業し、生物学者として9年間働く。その後、全く異なる道へと神に導かれ、現在は執筆業に専念。登場人物の描写に、心理学の知見を生かす。母教会ユースグループのスタッフとして20年以上奉仕し、現在は賛美チームの一員。編み物、毛糸を巻くこと、そして日本語の勉強が大好き。
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http://www.camytang.com/
[翻 訳]
西島美幸お茶の水女子大学英文科卒業後、東京の外資系企業勤務。一九九七年よりカリフォルニア州に在住。一九九八年受洗。サンタクララバレー日系キリスト教会員。学術文献の翻訳のかたわら、証し、教会文書、クリスチャン・ノベルなどを翻訳。
© 2007 Camy Tang
Japanese translation © 2020 Camy Tang
All rights reserved. No part of this work may be reproduced without permission.
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※最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
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