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【独身淑女のクリスマス】 第4章

→ 作品ページにもどる 第4章 十二月二十四日  夜が明けてピリッと身の引き締まるような寒い朝、恒例のクリスマス用の緑樹を集めるには申し分のない晴天だった。ウィンウッド夫人ことローラは、サリーの首にマフラーを巻き終えた。この少女は、前にローラがここウィントレルホールで会って以来、すっかり大きくなっていた。「はい、これでヤドリギを集めに行っていいわ」 「ウィリアムが、ヤドリギは大人のためだって言うのよ」 「ウィリアムって?」 「牧師先生の息子。サセックスのうちの近くのね」  ローラは笑って、少女のフードの下から顔をのぞかせている茶色の巻き毛を伸ばした。「ヤドリギはキッシング・バウだから、一応ウィリアムの言う通りね」  サリーは顔をしかめた。「どうして大人はキスばかりするの?大人がキスをすると、赤ちゃんができることがあるって、ウィリアムが言ってたわ」  ローラは吹き出しそうになるのをこらえた。「キスしただけじゃ赤ちゃんはできないのよ。だけど、大人が楽しんでキスをするのは確かね」  サリーは疑いの視線を向けた。「ローラおばさんはキスをするのが楽しい?」 「サリーにキスをするのは楽しいわ」ローラはサリーを抱きしめて、頬にキスの雨を降らせた。  サリーはキャーッと言ってクスクス笑った。「今度はポールにキスをする番よ」とローラに言った。 近くで手にミトンをはめようとしていたサリーのいとこは、嫌な顔をして数歩下がった。「僕はもう大きいからキスはできない。キスをするのは赤ちゃんだけだから」 「私だって赤ちゃんじゃないわ」 「君は一番年下のいとこ。君より若いいとこはいないから、赤ちゃんだよ」  サリーはローラの方を向いた。「ローラおばさん、赤ちゃんを産んでよ。そうしたら私が一番年下じゃなくなるから」  ローラは驚いた。無邪気な言葉から、これほど鋭い心の痛みを感じるとは。もう何年も経っているというのに。お腹の中でかすかな痛みを感じるのを想像してみた。そして、サリーに明るい笑顔で言った。「赤ちゃんにはパパが要るのよ。私は独身なの」 「ドライデールさんと結婚したら?」 「ダメよ、ドライデールさんと私は友達なのよ。あなたと牧師先生の息子のウィリアムのようにね。さあ、行きなさい」他のいとこたちが列を作って出て行ったので...

【独身淑女のクリスマス】 第3章

→ 作品ページにもどる 第3章 この十分間、ジェラルドはセシールの鼻毛ばかりを見上げていた。非常に不愉快なのだが、セシールはすぐに鼻を上に向けた。夕食が終わってすぐ後、この書斎で話をしている間、ずっとそうだ。世界中をこうやって見下ろしていて、よく首の筋を違えないものだと、ジェラルドは不思議に思った。それとも、セシールは鼻の穴が異常に大きいだけなのか。 「エレノア(=エリーのこと)がここにいてかわいそうだということは絶対にないから、安心してくれ」サー・セシールは、デスクの仰々しく大きな銀の文鎮をもてあそびながら言った。「この家にすっかり馴染んでいる。近所の者も口を揃えてそう言うぐらいだ」  ああ、ジェラルドはやっと分かった。セシールは決して認めないだろうが、自分が養っている少女を「追い払った」ことが知られたくないんだな。しかも、続けて養うのに十分な財産を明らかに持ち合わせているのに。寛大だという評判があるわけではないが、評判が落ちるかもしれない。 「私の母の健康と幸せのために、これほど小さい犠牲を払ってもらうことに、もちろん異論はないですよね?」ジェラルドは尋ねた。  セシールは適当な返事が思いつかず、さっと瞬きをした。  ジェラルドの父親は、ふかふかした椅子に座っているミスター・ベルモア、エリーの祖父の方を向いた。「メアリーはいつも子供好きで、子供たちからも好かれています。いつも女の子が欲しかったんですよ」 「非常に優秀な息子の次に、ですけどね」ジェラルドはニヤッと笑って付け加えた。ミスター・ベルモアも微笑みを返したが、セシールは鼻であしらった。 「ウィントレルホールより、うちの近所の方が、エリーと同じ年頃の子供が沢山いるのも好都合だ」ジェラルドの父が言った。  セシールの眉が下がるのを見てジェラルドは付け加えた。「よい家族ばかりですよ」  セシールは何も言わなかった。この意見を疑問視すれば、明らかにジェラルドの父を侮辱することになると考えたのだろう。 「セシール、そのことだが、二、三ヶ月前に私の心配事について話したことがあったのを覚えているか?」ミスター・ベルモアは甥に言った。「ジョンが言っていることはもっともだ。彼のところだったら、エリーはもっと遊び友達がいる。あの娘は母親が亡くなってから寂しそうに沈んでるんだよ」...

【独身淑女のクリスマス】 第2章

→ 作品ページにもどる 第2章 「ミランダ!」フェリシティの鋭く不機嫌な声が、ナーサリー棟の壁に沿った羽目板から荒々しくこだました。  ミランダは、自分の部屋に向かう途中で立ち止まり、振り向いた。フェリシティが階段の上に立って、ミランダが来るのを待ち構えていた。  ミランダは廊下を引き返した。「何か用ですか、フェリシティ?」  フェリシティは、じれったそうにムッとした顔つきをして、ミランダの方に向かって途中まで大股で歩いて来た。「まったく、あなたの歩き方はナメクジより遅いわね」  ミランダの母もこのように文句を言ったものだったが、母と同様にベルモア家のその他の家族も、ミランダの足が遅いことと、思考回路が遅いことを同一視していた。こんな時、ミランダはただ口をつぐんだので、相手も居心地が悪くなった。だからこそ彼女は何も言わないのだった。  フェリシティは返事を待った。そして長すぎる沈黙の後、何度か瞬きをしてから言った。「今日の夕食に出席する必要はないと言いたいだけよ。明日到着されるお客様もいるから、今日はテーブルの人数が揃ってるの」 「もちろんです」ミランダはスカートのポケットの中で拳を握りしめ、下を向いたまま冷静に答えた。 「だけど、夕食が終わったら応接間に来てちょうだい。用事があるかもしれないから。それから、ミスター・フォーモントの馬車に乗せてもらうってどういうことかしら?あんなみすぼらしい上着で歩いているのを見られるなんて、本当に恥ずかしいったら」 「買ってきたリボンを三十分でも早くお渡しした方がいいと思ったので」  フェリシティは唇をすぼめ、その口をほとんど開けずに言った。「結構。でも私の気持ちを考えるようにしてね。あなたは目立たないに越したことはないってこと」  ミランダは湖に突き落とされたような気持ちになった。手が震え始め、上着が揺れた。 「十二夜が終わったら、あなたにはポリーの家に行ってもらった方がよさそうね」フェリシティは付け加えた。 「フェリシティ、お願いだからそのことについては考え直してもらえませんか」ミランダは言った。屈辱というより、もっと悲観的な感情のために、手は震えていた。「メイドからミスター・ベイティの噂を聞いたことがあるんです。ベイティ邸の近所の人たちも、逃げ出したメイドたちのことを話...

【独身淑女のクリスマス】第1章

→ 作品ページにもどる 第1章 十二月二三日  英国海軍キャプテン・ジェラルド・フォーモントは、ウィントレルホールまでの道を歩いている女性に何故気が付いたのだろうか。ダークグリーンのウールのマントをはおったスレンダーな体型が目に入ったとき、その頭の傾きと一定の歩調から、思い出がよみがえってきた。  十四歳のとき、叔父のフリゲート艦の士官候補生として家を出ようとしていた頃に、家族ぐるみの古い友人であるベルモア家と、ここウィントレルホールで最後のクリスマスを過ごした。ヤドリギや緑の葉を運んでいると、十二歳のミランダが彼のところまで来て、顔を上げた。いつもそうだったが、黒いまつげに囲まれた水晶のような緑の目に一瞬ドキッとした。彼女は普段頭を下げていたので、その目を見ることはあまりなかったから。 「航海に出たら、私たちのことが恋しくなる?」ミランダは尋ねた。 「もちろん恋しくなるさ」屋敷に向かって歩きながらジェラルドは答えた。 「あなたがいないクリスマスは、今までと同じじゃなくなると思うわ。あなたは皆を笑わせてくれるもの。セシールだって笑うんだから」  ジェラルドはこれを聞いて微笑んだ。「じゃあ、あの面白くないセシールを笑わせる方法を、君が考えないとね。おいで、ミランダ。ホットパンチが飲みたくないか?」  ジェラルドの家族が乗っている馬車が、緑色のマントを羽織った女性のところまで来た時、記憶は消え去った。彼女が頭を上げてこちらの方を見た時、ジェラルドは、ちらりと見えた水晶のような緑を捉えた。 「馬車を止めろ!」彼は指示した。御者はこれを聞いて、手綱を引き始めた。 「一体何なの?」母親が尋ねた。 「ミランダだよ。屋敷まで乗せてあげないと」  ジェラルドの両親はけげんそうに顔を見合わせた。そして母親は、「彼女が座れるスペースがあるかしら?」と言った。席の間から突き出ている、馬車の隅に立てかけた太い杖を指差した訳ではなかったのだが。  杖のことを思い出しただけではなく、母親にもてなしの心がないことにショックを受けて、ジェラルドは額にシワを寄せた。「どういう意味ですか?」  父親が母に言った。「馬車はもう止まってしまったよ。乗せてあげないと変じゃないか?」 「それもそうね、もちろんよ」母は言った。  ジェラルドはと...

【独身淑女のクリスマス】プロローグ

『独身淑女のクリスマス』 ウィンウッド夫人のスパイ 前編 著:カミール・エリオット 日本語訳:西島美幸 → 作品ページにもどる そこで、彼女は自分に語りかけられた主の名を「あなたはエル・ロイ」と呼んだ。それは、「ご覧になる方のうしろを私が見て、なおもここにいるとは」と彼女が言ったからである。 創世記十六:十三(新改訳) そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。 ピリピ人への手紙四:七(新改訳) 読者の皆さんへ 神様があなたを見ておられること、あなたを深く愛してくださっていることを心から理解することができますように。 プロローグ イングランド、ドーセットシャー 一八一〇年十二月二三日 「小姑のような人にブツブツ言われるのはうんざりだわ」ウィンウッド夫人は、自分の旅馬車の向かいの席にゆったり腰掛けている連れ合いに言った。  その「小姑のような人」とは、実際には四十代の壮健な男性で、顔つきはいかめしいが、口の端から穏やかな微笑みを浮かべていた。顎は二十年前と同じように引き締まっていないかもしれないが、ロンドンで初めてローラ(ウィンウッド夫人)に出会った頃と変わらずハンサムで、本人もそう思っていた。 「悪口しか言えないのかい、ローラ?」ソロモン・ドライデールは物憂げに言った。 「馬車のドアを開けて、外に蹴飛ばした方がよかったかしら?」  これに対しソル(ソロモンのこと)は、臆面もなく歯を見せてニヤッと笑い返した。 「ご自分の馬に乗ってついてくるより、私の馬車に乗りたいとおっしゃったのは、あなたよ」ローラは続けた。「だったら車軸のばねがどうのこうのとか言って、騒ぐのは止めてちょうだい。これはあなたのじゃなくって私の馬車よ」  ソルは降参、という意味で手を上げた。「君の言う通りだ。どうか赦してください」このチャーミングな半笑いで、とても気難しい未亡人の憤りが和らげられないことは決してなかった。  ローラは目をぐるりと回して呆れた表情をみせた。  馬車は、でこぼこ道でまた揺さぶられた。ローラは苛立った。  ソルはこの揺れに反応して、またうめき声をあげた。「ウィントレルホールまであとどのくらい?」そして、相手...