【ひとり寿司】第11章
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哀れなほど短い面接だった。彼らは、企業で受付嬢としての経験がないのに受付の職に応募したレックスは完璧な能なしであることを確認するような質問を二つか三つ尋ねた後、彼女がドアを出るときには、そのドアが背中に当たりそうなスピードで、彼女をドアの外に追い出した。
彼らが立ち上がって手も握らず、挨拶もしなかったことは、唯一の救いだった。だから、右手で問題なくできそうな握手を、わざわざ左手でする必要もなかった。ロビーに出ると、反対側に女性用トイレがすぐに見つかった。開いたままになっているドアの前に、(床の清掃中)とスペイン語で書かれた黄色いサインがあった。
中をのぞくと、無愛想に見えるヒスパニック系の清掃業者の男性が見えた。「ちょっと手だけ洗わせてもらえますか?」
「ダメダメ、危ないよ(スペイン語で)」
「手を洗うだけなんですけど」
「ノー、滑るよ(スペイン語で)」
「お願いですから使わせてください」
「オーマイゴッド! サインを見れば分かるだろ! (スペイン語で)」
ダメということだろう。男性用トイレに向かうと、ちょうど誰かが出てくるところで、別の男性が中にいるのが目に入った。ダメだ、こっそり入って洗面台を使うことはできない。
トイレから反対側の壁に、大きいソファが二つ並んでいる。レックスはそこまで歩いて、座り込んだ。
「待って!」男性の声がどこからともなく聞こえた。
(——グシャッ)
ふわふわで心地よい椅子——特に、モダンで活気のある色の布張り——グシャッ、となるはずではなかった。皮膚の温度より冷たいものがスカートの中にしみこんできた。
レックスは肘掛けを手で押して体を持ち上げた。手のひらがベタベタだったのを思い出したが、もう遅い。布張りの毛玉が、ネバネバする手のひらの残留物にくっついた。
スカートがお尻にくっつき、不快でぬれた感じがした。
ポロシャツとスラックス姿の四○代ぐらいの男性が近づいてきた。「大丈夫? ついさっき、清掃業者が椅子のクッションのしみ抜きをしているのを見たんだよね」
トイレよりここの方が産業用クリーナーのにおいが強いことに、レックスはやっと気づいた。振り向いてクッションを見ると、サイケデリックな色調。レックスはとたんに頭痛がしてきた。「水の跡が見えなくなる布地なんですね」見たくもなかったが、体をひねってチラリと見た。
「そんなにひどくないよ」彼は顔を赤くして横を向いた。彼女のお尻をじろじろ眺めるべきではないことに、やっと気がついたのだろうか。もともとそんなに見応えのあるお尻でもないが。
指輪をはめた左手に——(なんだ、既婚者か)——擦り切れた革のブリーフケースを持っている。ラベンジャー・ドット・コムで見るようなバッグで、折り返しのところに色あせたインディアンのバッジが付いていた。スタンフォードの古いマスコットだ。「すごい、それ、どうやって手に入れたんですか?」
彼はブリーフケースを前に出した。「すごい? 引退したフットボールのコーチからもらったんだ。同僚はみんな羨ましがってるよ」
「私も羨ましいです。スタンフォードがそのマスコットを引退させたときは、まだ産まれてませんでしたけどね」
彼の目が好奇心で光ったように見えた。「スタンフォードへ行ったの?」
「いえ——そこまで頭が良くないので。私はサンノゼ州立大学です。いとこはみんなバークレーなんですけどね」
彼は頭を傾けた。額に少しシワがよった。「バークレーファンにしては、スタンフォードのこと、よく知ってるんだね」
レックスは肩をすくめて、決まり悪さを隠そうとした。いとこの男の子たちが、レックスのスポーツ狂をからかうときのことを彼の口調から思い出したのだ。
そして、なぜそこにいるのかを思い出した。ここはSPZ。シリコンバレーのスポーツメッカだ。ネット上で最大のスポーツ系存在。そしてレックスも、誰にも負けないぐらいのスポーツバカだった。(そうだ!)「どこの学校に行かれたんですか?」
「僕はサクラメント州立」
「ああ、じゃあ昨日のゲーム見ました? ロイドが五○点に届くかと思いましたよ」
「あのファウルはひどかったよね」
「ソーントンはステュワートを休ませるべきでした。足首の怪我の後は、あまりいいシュートをしてません」
「彼にコステロをつけたジェーミソンは賢かったね」
「そうそう、あれは見事でした。スチュアートはチャンスを失くしましたから」
彼の率直で真剣な目から、エイデンを思い出した。だがこの人の方が厳しく、洞察力がある。「UCデイビスの野球は今年どうだったと思う?」
「がっかりでした。主要選手は、去年みんな卒業して、新しいコーチは新人を育てていません。だけど、レスリングチームは調子がいいですよ。全国大会へ行くと思います」
「君、大学のスポーツのこと、よく知ってるね」彼の穏やかな口調は、その洞察力のある目とは対照的で、レックスが言うことを聞くだけではなく、彼女の答えを求めて表情をうかがっているように見えた。
「スポーツが好きなんです。兄と父だけの家庭で育ったので」
「失礼だと思わないで欲しいんだけど、ちょっと驚いたよ」
レックスは少し浮かない顔になった。
「そうですよね、アジア人なら医者か弁護士、それか、エンジニアになることを期待しますよね」レックスのいとこ達のように。彼らは学業に秀でることを強要され、固定観念をあおっている。
「面接でここに来たの?」
汚れたブラウスを見下ろして、レックスは顔をしかめた。冷たい手のような疾風がスカートの中に入ってきたような気がした。「あの……受付の面接です。本当は製造エンジニアなんですけど、SPZで働きたいといつも思ってて、足掛かりになると思ったので」
「そうか」彼が微笑むと、広い口の周りにシワができた。「僕はラッセル・デイビス」手を差し出した。
「レックス・坂井です。正直に言いますけど、私と握手しない方がいいですよ」
「レックス、名刺ある?」
フォリオをめくった——兄が自分の余った名刺を一枚、彼女にくれていた。手が汚れていたからって、別にいい。ラッセルに名刺を渡した。
「ありがとう。話せてよかったよ」
「私もです」レックスはラッセルが去っていくのを見送った。何というプロフェッショナルな態度。彼女の見かけやにおいとは対照的だ。肩のにおいを嗅いでみた。もちろん、まだゴムタイヤと車のオイルのにおいがする。
すごくいい人だったな。彼が採用担当だったらよかったのに。
**********
さて、朝になったら、別のエンジニアの仕事を探さなくてはならない。もしかしたら、コンドミニアムが買えるくらい高い給料の会社が見つかるかもしれない。父と一緒に住むのは嫌ではないが、三○になったのだから、自立するべきだ。
レッカー車がオンボロ車を近くの修理工場に牽引するのを待つ間、レックスは自分の選択肢を比較してみた。車の修理には二日かかるだろうということだった。急にレンタカーが必要になったので、最後に一台残っていた大型車を借りることになり、法外な値段を払ったのだが、キーを一回まわしただけでエンジンがかかったという事実に喜んだ。
今の問題は、スポンサーの可能性がある人たちがみんな「ノー」と言っていること——本当に不思議だ、考えてみれば——ボーイフレンドをゲットするか、頭金のために貯めたお金を女子チームのプレイオフの費用に使うか、だった。しかし残念なことに、十分な蓄えではない。祖母が本当に「ノー」と言ったら、父かリチャードから足りない分を借りることができるだろうか。
やはり、それがいいだろう。とにかく、それほどひどい状況ではない。実家に住んでいるのだし、大丈夫。
「お父さん、ただいま」玄関のドアをバタンと閉め、ベタベタのフォリオと鍵、トランクにあった古いTシャツを、落としそうになりながらかかえている。お尻の皮膚が剥がれるかと思った化学物質からレンタカーの座席を保護するために、このTシャツの上に座っていたのだ。
「お父さん?」靴を蹴るように脱いで、ガレージのドアを開けに行った。Tシャツは洗濯機の前の床に投げた。
「どこなの?」レックスは、自分の部屋に続く廊下の方へ進んだ。
父は角を曲がったところにいて、レックスを見て驚いた。「レックス! 早いじゃないか」
「別に」父の手の中にあるコードレス電話を見た。「誰から?」
「別に。その服、どうしたんだ?」
レックスは手でこめかみを押さえた。「コーヒーを持ってる女の人にぶつかっちゃって……。着替えてくる」スカートは冷たく感じ、シワがより、足にぴったりくっついていた。
「あの……レックス」父が頭をかいた。
第六感で、パッと気をつけの姿勢を取った。「何なの、お父さん?」
「実は……解雇されたんだ、今日」
「(ええっ?)そんな、大変だわ、お父さん大丈夫?」
「早期退職みたいなもんだ」父は、ボタンダウンのシャツの端をもてあそんでいる。
二人とも失業中ということか。「私たち、大丈夫かなあ? 隠しごとはなしにして、きちんと計画を立てよう」
「いや、大丈夫さ。この辺りは他にもエアコンの会社があるから、コンサルタントもできると思う。お前もまたすぐに仕事を見つけるんだろう?」
「そうね」スターバックスを例に挙げてエベレットを愚弄したのは、それほど的外れではなかったのかもしれない。ジェニファーの家に行けばいい——まだ実家に居候しているのは、レックスだけではない——そうすれば、彼女の親の高速インターネットを使って就活ができる。
「面接はどうだった?」
「よかったわ」レックスは自分の寝室に歩いて行った。「いい印象を持ってもらえたと思う」
**********
ジムに入ったエイデンは、ウォームアップ中の選手が木の床に叩きつけるバレーボールの音が響くのに圧倒された。ジルを見つけた。アマチュアのバレーボールクラブへの入会について、彼女と話をしに来たのだった。
「おっ、エイデン。やる気になった?」その明るい笑顔が彼を安心させた。
アタックラインにいる選手をチラッと見た。飛び上がって、弧を描くボールを打つ彼らの優美さとリズムは、コミュニティカレッジで彼と同じバレーボールの授業を取っている人たちより格段に上だった。「チームの人は、僕がまだ習い始めたばかりだって知ってる?」
「もちろん——チームキャプテンは私。あなたは四ラウンドめの子の代わりね。心配しないで」ジルは中央のコートを身振りで指した。「向こうへ行きましょう」
エイデンは、斜めがけしたジムバッグを調節してコートに近づくと、四人のアジア系選手がウォームアップ中だった。
ジルは、後ろの壁にある折り畳んだ観客席を指さした。「靴を履いたら、チームに紹介するわ」
観客席近くの床にバッグを下ろし、バレーボールシューズに履き替えようと座った。少しストレッチをして、他の選手を見回した。
エイデンより経験がありそうな人ばかりだったが——そのうちの数人はかなり上手——中には、彼と同じようなレベルの男女がいた。肩がリラックスした。各チームに最低二人は上手な選手がいて、下手な選手も最低二人はいた。
聞いたことがある女性の声。「ジル。私とウォームアップして」スリムな姿が、中央のコートにさっと動いた。
(まさか)神のようなものを信じていないから、神は自分を罰したいのだろうか。そんな皮肉を考えながら、教会のことをレックスに聞いたからだろうか。だってレックスがそこに、エイデンが入るチームにいるとは。
彼女の優れたフォームは、コートにいる選手の中で一番よかった。ダンサーのように強く正確な、流れるような動きのトスだけではなく、次に飛んでくるボールに集中するときの顔に現れる穏やかな表情は、明らかに内なる自信に輝いている。
ジルが手招きするまでもなく、エイデンはレックスが自分のチームにいることを理解した。
「レックス、エイデンよ。ニールの後任。彼とウォームアップしてくれる?」
野火を消すことができそうな、湿った黒い瞳。
クールで無表情な顔を保っていたが、エイデンはイライラした。このエリート選手には威圧されないぞ。玄関マットのように踏みつけられるのは、ごめんだ。「参ったな、お手柔らかに」彼はボールをレックスにパスした。
レックスは驚くべき正確さでレシーブ。それをエイデンに戻しながら、びっくりしたような顔をした。彼のパスは悪くなかった——レックスほどではないが。
「まあまあなんじゃない」しぶしぶ認めるような口調だった。
「フォームをちゃんと習った方がいい、って誰かさんに言われたから、コミュニティカレッジでクラスを取ってるんだ」
レックスの顔はピンクのロリポップ(ペロペロキャンディー)のように赤くなり、それが首から始まって髪の毛の生え際まで這い上がってきたが、何も言わなかった。
数回レシーブした後、エイデンがアタックラインで数回ボールを打った。背が低いアジア系の女の子にトス——そして一回目のアプローチ。空中を飛び、胸を開いて、彼の前で浮いているように見えたボールに一撃を加えた。
(バン!)コートのかなり遠くまで飛んだので、向こう側の壁にある折り畳んだ観客席の足元にぶつかった。正面からボールを打ってしくじった訳じゃないから、まあいい。
アタックの練習中に甲高い笛の音が鳴った。「始めよう!」審判員は——と言っても、その晩中央のコートで練習していた三つめのチームの選手だが——首に巻いたコードからホイッスルを揺らし、ネットのポールにもたれていた。
レックスはネットまで歩いていって、相手チームにいる長身のアジア系男子に声をかけた。「ヘイ、キンムン、先週の筋肉痛、まだ治ってないでしょ?」
彼の微笑みは男性ホルモンを発散していた。「全然、平気。俺、肉体労働者だから。お前の相手なんて、お安い御用だ」
レックスは笑った。「あなたのだったらどんなボールでも取るわよ」
「ピザでも懸けるか?」
彼女が拳をあげると、キンムンは自分の拳でそれにタッチした。「じゃあ勝負。敗者は分かってるけどね」
チームの輪の中で、ジルは他の選手を紹介した。キャロルは体を傾けて、エイデンにつぶやいた。「気をつけて。このゲーム、レックスは本気よ。キンムンと賭けてるんだから」
「彼氏なの?」恋人が別のチームにいるという点で、エイデンはいい話を聞いたことがない。キンムンがレックスのボーイフレンドかどうかが気になる、というわけではない。むしろ、そんなことはどうでもよかった。
「まさか、長年の友達、ってだけよ。付き合うんだったら、もっと早くにそうなってたでしょうに」
「エイデン、男女合同ゲームのローテーション分かってる?」ジルが尋ねた。
みんなが彼を見つめた。息を止めているようだった。「ああ……大体」
「大体って?」レックスは険しい目で彼を見た。
「クラスの先生から聞いたことはあるけど、実際にやったことはない」
レックスはうめき声を上げて天井を見た。他の選手の反応はもっと控え目だったのだが。
ジルが笑った。「まあ、やってみよう。どっちへ動くかは私たちが言ってあげるから」
ポジションは、エイデンがバックセンター——男女合同ローテーションで一番簡単な男子のポジションだ——だから、複雑なパターンの中で他の男子の動きを見ることができる。ただ、彼が最も重要なパスゾーンに置かれることになる。
一回めのサーブ——エイデンのパスはそれた。しかし、前衛セッターのレックスは、彼の高くそれたパスを猛スピードで追い、強力なサイドアタッカーへ鮮やかなセット、ボールは三階分ぐらい高いキンムンのブロックを越えて、強く叩きつけられた。
「は!」レックスは、キンムンをネットの下に封じ込めた。彼はレックスに向かって滑稽な顔をした。
ゲームは互角に進み、それぞれ二点ずつ。レックスは飛び込み、転がった。それたパスを追い、アタックをさえぎりながら、マイボール! と叫んだ。コートの中で、燃え上がる火の玉のようになった。
(彼女を見るのをやめろ。見たくない、見たくない)
エイデンは、レックスを見ているだけで、いいゲームができた。ボールに飛び込み、パスするときも縄張り意識が強くなった。彼のパスは少し良くなった。
「ゲームポイント!」審判がサーブの合図を出した。
レックスがサーブ。前衛のキンムンがボールをパスし、アタックのためにトス。エイデンはブロックしようと飛んだ……
ボールが手に当たり、高く飛んだ。
「俺!」
「マイン!」
エイデンとレックスは同時に叫んだ。彼の方がボールに近かった。エイデンは走った——
「ウップ!」エイデンとレックスは、手足がこんがらがりながら倒れ込んだ。鼻から先に落ちないように、彼は手で床を叩いた。レックスは彼の隣に倒れた。
もう一人、彼の腕につまずいて、上に倒れ込んできた。(痛い!)肘が彼の胸郭にぶつかった。
「ああ~!」レックスが彼の隣でうめいていると、また別の選手が誰かの足につまずき、レックスの頭の上に落ちてきた。
どこかでジルが笑っている。
レックスの顔から十五センチ離れたところにエイデンがいた。頭を上げ、彼をにらみつけた。
エイデンは、最期の祈りを捧げる時がきたと思った。レックスはエイデンを殺すだろう。ゆっくりと。
**********
——彼女は彼を殺すだろう。ゆっくりと——
レックスは、サイドラインでその夜の最後の試合を見ていた。試合に参加できないのは嫌だったが、順番を待たなくてはならない。
「そんなに怒らない方がいいわよ、あいつのこと」ロビンのチームは遠い方のコートで審判をしていたのだが、彼女とレックスは、それたボールに飛び込むエイデンを見ていた。その積極的なプレイは、後衛にいる女子の気弱な防御をカバーするものだった。
「あの一回めの試合は負けたのよ。キンムンは私に勝った、って死ぬまで言い続けるわ」
「なに言ってるの、ピザをおごればいいだけでしょ」
「ジルが選んだチームメンバーを見た時はね、今シーズンは期待できるって思ったの。ニールだって、四ラウンドめの選手としては悪くなかった。だけど、ニールは膝の手術、それでエイデンが来た」
「ニールよりエイデンの方が上手だと思うけど」
レックスは振り向いてロビンを見つめた。「どこが?」
「エイデンは、コートで一一〇%の実力を出せる。ニールより積極的だし、ポジションもいい」
レックスはロビンに反論できなかったが、それでも彼がチームにいるのが気に入らなかった。毎週、顔を合わせなくてはならない。「彼って、ぎこちないのよ」
「今は優雅な動きができないかもしれないけど、そのうち良くなると思うわ」
レックスは口を閉じた。
ロビンは彼を身振りで示した。「それに、結構冷静な選手よ。逆上しないもの」
エイデンは、いつもあの冷静沈着な表情をしていた。「本当に無愛想」
「自分に対しても、他人に対しても、悪口を言わない。絶対感情的にならないし。誰かさんと違ってね」ロビンはレックスをつついた。
「私は感情的じゃないわよ」
「へーえ、そうなの? コートの中で絶対に誰にも怒鳴らないもんね」
キンムンのチームは審判をしていた。レックスがにらんでいるのを見ると、あの滑稽な「指でさして笑う」しぐさをした。
「あいつ! 許さない」
「あなたのせいでしょ。先にキンムンをからかったのは、あなたよ」
レックスは不機嫌になった。その巨大な口を塞いでおくことができない。
とにかく心配しなきゃいけない、もっと大事なことがある。仕事もそう。それにバレーボールのスポンサーも。「私の女子チームのスポンサーになってくれそうな人、誰か知らない?」
ロビンの口は、おにぎりのように大きくなった。「それって、ジムはダメだったってこと?」
「そう」
「どうしてよ? 彼、何て言ってた?」
レックスはしかめっ面をした。「ちょっと曖昧だったのよ。『ノー』って言って私を傷づけたくないんだと思う」
「不思議だわ、どう考えても彼、お金に余裕あるじゃない」ロビンは、ジムが三つめのコートで審判をしているのをチラッと見た。「話してくる」
「やめて、他のスポンサーを探すから」
「他にお金を持ってそうな人、知らないわよ」
レックスはため息をついた。「もっと探してみる」
「どうしてジムはダメって言ったのかなあ。何か深刻なことが起こったのか、スポンサーにならないようにって、誰かに脅されたのかもね」
レックスは笑った。「一体誰が彼を脅すのよ? キングコング?」
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第11章
哀れなほど短い面接だった。彼らは、企業で受付嬢としての経験がないのに受付の職に応募したレックスは完璧な能なしであることを確認するような質問を二つか三つ尋ねた後、彼女がドアを出るときには、そのドアが背中に当たりそうなスピードで、彼女をドアの外に追い出した。
彼らが立ち上がって手も握らず、挨拶もしなかったことは、唯一の救いだった。だから、右手で問題なくできそうな握手を、わざわざ左手でする必要もなかった。ロビーに出ると、反対側に女性用トイレがすぐに見つかった。開いたままになっているドアの前に、(床の清掃中)とスペイン語で書かれた黄色いサインがあった。
中をのぞくと、無愛想に見えるヒスパニック系の清掃業者の男性が見えた。「ちょっと手だけ洗わせてもらえますか?」
「ダメダメ、危ないよ(スペイン語で)」
「手を洗うだけなんですけど」
「ノー、滑るよ(スペイン語で)」
「お願いですから使わせてください」
「オーマイゴッド! サインを見れば分かるだろ! (スペイン語で)」
ダメということだろう。男性用トイレに向かうと、ちょうど誰かが出てくるところで、別の男性が中にいるのが目に入った。ダメだ、こっそり入って洗面台を使うことはできない。
トイレから反対側の壁に、大きいソファが二つ並んでいる。レックスはそこまで歩いて、座り込んだ。
「待って!」男性の声がどこからともなく聞こえた。
(——グシャッ)
ふわふわで心地よい椅子——特に、モダンで活気のある色の布張り——グシャッ、となるはずではなかった。皮膚の温度より冷たいものがスカートの中にしみこんできた。
レックスは肘掛けを手で押して体を持ち上げた。手のひらがベタベタだったのを思い出したが、もう遅い。布張りの毛玉が、ネバネバする手のひらの残留物にくっついた。
スカートがお尻にくっつき、不快でぬれた感じがした。
ポロシャツとスラックス姿の四○代ぐらいの男性が近づいてきた。「大丈夫? ついさっき、清掃業者が椅子のクッションのしみ抜きをしているのを見たんだよね」
トイレよりここの方が産業用クリーナーのにおいが強いことに、レックスはやっと気づいた。振り向いてクッションを見ると、サイケデリックな色調。レックスはとたんに頭痛がしてきた。「水の跡が見えなくなる布地なんですね」見たくもなかったが、体をひねってチラリと見た。
「そんなにひどくないよ」彼は顔を赤くして横を向いた。彼女のお尻をじろじろ眺めるべきではないことに、やっと気がついたのだろうか。もともとそんなに見応えのあるお尻でもないが。
指輪をはめた左手に——(なんだ、既婚者か)——擦り切れた革のブリーフケースを持っている。ラベンジャー・ドット・コムで見るようなバッグで、折り返しのところに色あせたインディアンのバッジが付いていた。スタンフォードの古いマスコットだ。「すごい、それ、どうやって手に入れたんですか?」
彼はブリーフケースを前に出した。「すごい? 引退したフットボールのコーチからもらったんだ。同僚はみんな羨ましがってるよ」
「私も羨ましいです。スタンフォードがそのマスコットを引退させたときは、まだ産まれてませんでしたけどね」
彼の目が好奇心で光ったように見えた。「スタンフォードへ行ったの?」
「いえ——そこまで頭が良くないので。私はサンノゼ州立大学です。いとこはみんなバークレーなんですけどね」
彼は頭を傾けた。額に少しシワがよった。「バークレーファンにしては、スタンフォードのこと、よく知ってるんだね」
レックスは肩をすくめて、決まり悪さを隠そうとした。いとこの男の子たちが、レックスのスポーツ狂をからかうときのことを彼の口調から思い出したのだ。
そして、なぜそこにいるのかを思い出した。ここはSPZ。シリコンバレーのスポーツメッカだ。ネット上で最大のスポーツ系存在。そしてレックスも、誰にも負けないぐらいのスポーツバカだった。(そうだ!)「どこの学校に行かれたんですか?」
「僕はサクラメント州立」
「ああ、じゃあ昨日のゲーム見ました? ロイドが五○点に届くかと思いましたよ」
「あのファウルはひどかったよね」
「ソーントンはステュワートを休ませるべきでした。足首の怪我の後は、あまりいいシュートをしてません」
「彼にコステロをつけたジェーミソンは賢かったね」
「そうそう、あれは見事でした。スチュアートはチャンスを失くしましたから」
彼の率直で真剣な目から、エイデンを思い出した。だがこの人の方が厳しく、洞察力がある。「UCデイビスの野球は今年どうだったと思う?」
「がっかりでした。主要選手は、去年みんな卒業して、新しいコーチは新人を育てていません。だけど、レスリングチームは調子がいいですよ。全国大会へ行くと思います」
「君、大学のスポーツのこと、よく知ってるね」彼の穏やかな口調は、その洞察力のある目とは対照的で、レックスが言うことを聞くだけではなく、彼女の答えを求めて表情をうかがっているように見えた。
「スポーツが好きなんです。兄と父だけの家庭で育ったので」
「失礼だと思わないで欲しいんだけど、ちょっと驚いたよ」
レックスは少し浮かない顔になった。
「そうですよね、アジア人なら医者か弁護士、それか、エンジニアになることを期待しますよね」レックスのいとこ達のように。彼らは学業に秀でることを強要され、固定観念をあおっている。
「面接でここに来たの?」
汚れたブラウスを見下ろして、レックスは顔をしかめた。冷たい手のような疾風がスカートの中に入ってきたような気がした。「あの……受付の面接です。本当は製造エンジニアなんですけど、SPZで働きたいといつも思ってて、足掛かりになると思ったので」
「そうか」彼が微笑むと、広い口の周りにシワができた。「僕はラッセル・デイビス」手を差し出した。
「レックス・坂井です。正直に言いますけど、私と握手しない方がいいですよ」
「レックス、名刺ある?」
フォリオをめくった——兄が自分の余った名刺を一枚、彼女にくれていた。手が汚れていたからって、別にいい。ラッセルに名刺を渡した。
「ありがとう。話せてよかったよ」
「私もです」レックスはラッセルが去っていくのを見送った。何というプロフェッショナルな態度。彼女の見かけやにおいとは対照的だ。肩のにおいを嗅いでみた。もちろん、まだゴムタイヤと車のオイルのにおいがする。
すごくいい人だったな。彼が採用担当だったらよかったのに。
さて、朝になったら、別のエンジニアの仕事を探さなくてはならない。もしかしたら、コンドミニアムが買えるくらい高い給料の会社が見つかるかもしれない。父と一緒に住むのは嫌ではないが、三○になったのだから、自立するべきだ。
レッカー車がオンボロ車を近くの修理工場に牽引するのを待つ間、レックスは自分の選択肢を比較してみた。車の修理には二日かかるだろうということだった。急にレンタカーが必要になったので、最後に一台残っていた大型車を借りることになり、法外な値段を払ったのだが、キーを一回まわしただけでエンジンがかかったという事実に喜んだ。
今の問題は、スポンサーの可能性がある人たちがみんな「ノー」と言っていること——本当に不思議だ、考えてみれば——ボーイフレンドをゲットするか、頭金のために貯めたお金を女子チームのプレイオフの費用に使うか、だった。しかし残念なことに、十分な蓄えではない。祖母が本当に「ノー」と言ったら、父かリチャードから足りない分を借りることができるだろうか。
やはり、それがいいだろう。とにかく、それほどひどい状況ではない。実家に住んでいるのだし、大丈夫。
「お父さん、ただいま」玄関のドアをバタンと閉め、ベタベタのフォリオと鍵、トランクにあった古いTシャツを、落としそうになりながらかかえている。お尻の皮膚が剥がれるかと思った化学物質からレンタカーの座席を保護するために、このTシャツの上に座っていたのだ。
「お父さん?」靴を蹴るように脱いで、ガレージのドアを開けに行った。Tシャツは洗濯機の前の床に投げた。
「どこなの?」レックスは、自分の部屋に続く廊下の方へ進んだ。
父は角を曲がったところにいて、レックスを見て驚いた。「レックス! 早いじゃないか」
「別に」父の手の中にあるコードレス電話を見た。「誰から?」
「別に。その服、どうしたんだ?」
レックスは手でこめかみを押さえた。「コーヒーを持ってる女の人にぶつかっちゃって……。着替えてくる」スカートは冷たく感じ、シワがより、足にぴったりくっついていた。
「あの……レックス」父が頭をかいた。
第六感で、パッと気をつけの姿勢を取った。「何なの、お父さん?」
「実は……解雇されたんだ、今日」
「(ええっ?)そんな、大変だわ、お父さん大丈夫?」
「早期退職みたいなもんだ」父は、ボタンダウンのシャツの端をもてあそんでいる。
二人とも失業中ということか。「私たち、大丈夫かなあ? 隠しごとはなしにして、きちんと計画を立てよう」
「いや、大丈夫さ。この辺りは他にもエアコンの会社があるから、コンサルタントもできると思う。お前もまたすぐに仕事を見つけるんだろう?」
「そうね」スターバックスを例に挙げてエベレットを愚弄したのは、それほど的外れではなかったのかもしれない。ジェニファーの家に行けばいい——まだ実家に居候しているのは、レックスだけではない——そうすれば、彼女の親の高速インターネットを使って就活ができる。
「面接はどうだった?」
「よかったわ」レックスは自分の寝室に歩いて行った。「いい印象を持ってもらえたと思う」
ジムに入ったエイデンは、ウォームアップ中の選手が木の床に叩きつけるバレーボールの音が響くのに圧倒された。ジルを見つけた。アマチュアのバレーボールクラブへの入会について、彼女と話をしに来たのだった。
「おっ、エイデン。やる気になった?」その明るい笑顔が彼を安心させた。
アタックラインにいる選手をチラッと見た。飛び上がって、弧を描くボールを打つ彼らの優美さとリズムは、コミュニティカレッジで彼と同じバレーボールの授業を取っている人たちより格段に上だった。「チームの人は、僕がまだ習い始めたばかりだって知ってる?」
「もちろん——チームキャプテンは私。あなたは四ラウンドめの子の代わりね。心配しないで」ジルは中央のコートを身振りで指した。「向こうへ行きましょう」
エイデンは、斜めがけしたジムバッグを調節してコートに近づくと、四人のアジア系選手がウォームアップ中だった。
ジルは、後ろの壁にある折り畳んだ観客席を指さした。「靴を履いたら、チームに紹介するわ」
観客席近くの床にバッグを下ろし、バレーボールシューズに履き替えようと座った。少しストレッチをして、他の選手を見回した。
エイデンより経験がありそうな人ばかりだったが——そのうちの数人はかなり上手——中には、彼と同じようなレベルの男女がいた。肩がリラックスした。各チームに最低二人は上手な選手がいて、下手な選手も最低二人はいた。
聞いたことがある女性の声。「ジル。私とウォームアップして」スリムな姿が、中央のコートにさっと動いた。
(まさか)神のようなものを信じていないから、神は自分を罰したいのだろうか。そんな皮肉を考えながら、教会のことをレックスに聞いたからだろうか。だってレックスがそこに、エイデンが入るチームにいるとは。
彼女の優れたフォームは、コートにいる選手の中で一番よかった。ダンサーのように強く正確な、流れるような動きのトスだけではなく、次に飛んでくるボールに集中するときの顔に現れる穏やかな表情は、明らかに内なる自信に輝いている。
ジルが手招きするまでもなく、エイデンはレックスが自分のチームにいることを理解した。
「レックス、エイデンよ。ニールの後任。彼とウォームアップしてくれる?」
野火を消すことができそうな、湿った黒い瞳。
クールで無表情な顔を保っていたが、エイデンはイライラした。このエリート選手には威圧されないぞ。玄関マットのように踏みつけられるのは、ごめんだ。「参ったな、お手柔らかに」彼はボールをレックスにパスした。
レックスは驚くべき正確さでレシーブ。それをエイデンに戻しながら、びっくりしたような顔をした。彼のパスは悪くなかった——レックスほどではないが。
「まあまあなんじゃない」しぶしぶ認めるような口調だった。
「フォームをちゃんと習った方がいい、って誰かさんに言われたから、コミュニティカレッジでクラスを取ってるんだ」
レックスの顔はピンクのロリポップ(ペロペロキャンディー)のように赤くなり、それが首から始まって髪の毛の生え際まで這い上がってきたが、何も言わなかった。
数回レシーブした後、エイデンがアタックラインで数回ボールを打った。背が低いアジア系の女の子にトス——そして一回目のアプローチ。空中を飛び、胸を開いて、彼の前で浮いているように見えたボールに一撃を加えた。
(バン!)コートのかなり遠くまで飛んだので、向こう側の壁にある折り畳んだ観客席の足元にぶつかった。正面からボールを打ってしくじった訳じゃないから、まあいい。
アタックの練習中に甲高い笛の音が鳴った。「始めよう!」審判員は——と言っても、その晩中央のコートで練習していた三つめのチームの選手だが——首に巻いたコードからホイッスルを揺らし、ネットのポールにもたれていた。
レックスはネットまで歩いていって、相手チームにいる長身のアジア系男子に声をかけた。「ヘイ、キンムン、先週の筋肉痛、まだ治ってないでしょ?」
彼の微笑みは男性ホルモンを発散していた。「全然、平気。俺、肉体労働者だから。お前の相手なんて、お安い御用だ」
レックスは笑った。「あなたのだったらどんなボールでも取るわよ」
「ピザでも懸けるか?」
彼女が拳をあげると、キンムンは自分の拳でそれにタッチした。「じゃあ勝負。敗者は分かってるけどね」
チームの輪の中で、ジルは他の選手を紹介した。キャロルは体を傾けて、エイデンにつぶやいた。「気をつけて。このゲーム、レックスは本気よ。キンムンと賭けてるんだから」
「彼氏なの?」恋人が別のチームにいるという点で、エイデンはいい話を聞いたことがない。キンムンがレックスのボーイフレンドかどうかが気になる、というわけではない。むしろ、そんなことはどうでもよかった。
「まさか、長年の友達、ってだけよ。付き合うんだったら、もっと早くにそうなってたでしょうに」
「エイデン、男女合同ゲームのローテーション分かってる?」ジルが尋ねた。
みんなが彼を見つめた。息を止めているようだった。「ああ……大体」
「大体って?」レックスは険しい目で彼を見た。
「クラスの先生から聞いたことはあるけど、実際にやったことはない」
レックスはうめき声を上げて天井を見た。他の選手の反応はもっと控え目だったのだが。
ジルが笑った。「まあ、やってみよう。どっちへ動くかは私たちが言ってあげるから」
ポジションは、エイデンがバックセンター——男女合同ローテーションで一番簡単な男子のポジションだ——だから、複雑なパターンの中で他の男子の動きを見ることができる。ただ、彼が最も重要なパスゾーンに置かれることになる。
一回めのサーブ——エイデンのパスはそれた。しかし、前衛セッターのレックスは、彼の高くそれたパスを猛スピードで追い、強力なサイドアタッカーへ鮮やかなセット、ボールは三階分ぐらい高いキンムンのブロックを越えて、強く叩きつけられた。
「は!」レックスは、キンムンをネットの下に封じ込めた。彼はレックスに向かって滑稽な顔をした。
ゲームは互角に進み、それぞれ二点ずつ。レックスは飛び込み、転がった。それたパスを追い、アタックをさえぎりながら、マイボール! と叫んだ。コートの中で、燃え上がる火の玉のようになった。
(彼女を見るのをやめろ。見たくない、見たくない)
エイデンは、レックスを見ているだけで、いいゲームができた。ボールに飛び込み、パスするときも縄張り意識が強くなった。彼のパスは少し良くなった。
「ゲームポイント!」審判がサーブの合図を出した。
レックスがサーブ。前衛のキンムンがボールをパスし、アタックのためにトス。エイデンはブロックしようと飛んだ……
ボールが手に当たり、高く飛んだ。
「俺!」
「マイン!」
エイデンとレックスは同時に叫んだ。彼の方がボールに近かった。エイデンは走った——
「ウップ!」エイデンとレックスは、手足がこんがらがりながら倒れ込んだ。鼻から先に落ちないように、彼は手で床を叩いた。レックスは彼の隣に倒れた。
もう一人、彼の腕につまずいて、上に倒れ込んできた。(痛い!)肘が彼の胸郭にぶつかった。
「ああ~!」レックスが彼の隣でうめいていると、また別の選手が誰かの足につまずき、レックスの頭の上に落ちてきた。
どこかでジルが笑っている。
レックスの顔から十五センチ離れたところにエイデンがいた。頭を上げ、彼をにらみつけた。
エイデンは、最期の祈りを捧げる時がきたと思った。レックスはエイデンを殺すだろう。ゆっくりと。
——彼女は彼を殺すだろう。ゆっくりと——
レックスは、サイドラインでその夜の最後の試合を見ていた。試合に参加できないのは嫌だったが、順番を待たなくてはならない。
「そんなに怒らない方がいいわよ、あいつのこと」ロビンのチームは遠い方のコートで審判をしていたのだが、彼女とレックスは、それたボールに飛び込むエイデンを見ていた。その積極的なプレイは、後衛にいる女子の気弱な防御をカバーするものだった。
「あの一回めの試合は負けたのよ。キンムンは私に勝った、って死ぬまで言い続けるわ」
「なに言ってるの、ピザをおごればいいだけでしょ」
「ジルが選んだチームメンバーを見た時はね、今シーズンは期待できるって思ったの。ニールだって、四ラウンドめの選手としては悪くなかった。だけど、ニールは膝の手術、それでエイデンが来た」
「ニールよりエイデンの方が上手だと思うけど」
レックスは振り向いてロビンを見つめた。「どこが?」
「エイデンは、コートで一一〇%の実力を出せる。ニールより積極的だし、ポジションもいい」
レックスはロビンに反論できなかったが、それでも彼がチームにいるのが気に入らなかった。毎週、顔を合わせなくてはならない。「彼って、ぎこちないのよ」
「今は優雅な動きができないかもしれないけど、そのうち良くなると思うわ」
レックスは口を閉じた。
ロビンは彼を身振りで示した。「それに、結構冷静な選手よ。逆上しないもの」
エイデンは、いつもあの冷静沈着な表情をしていた。「本当に無愛想」
「自分に対しても、他人に対しても、悪口を言わない。絶対感情的にならないし。誰かさんと違ってね」ロビンはレックスをつついた。
「私は感情的じゃないわよ」
「へーえ、そうなの? コートの中で絶対に誰にも怒鳴らないもんね」
キンムンのチームは審判をしていた。レックスがにらんでいるのを見ると、あの滑稽な「指でさして笑う」しぐさをした。
「あいつ! 許さない」
「あなたのせいでしょ。先にキンムンをからかったのは、あなたよ」
レックスは不機嫌になった。その巨大な口を塞いでおくことができない。
とにかく心配しなきゃいけない、もっと大事なことがある。仕事もそう。それにバレーボールのスポンサーも。「私の女子チームのスポンサーになってくれそうな人、誰か知らない?」
ロビンの口は、おにぎりのように大きくなった。「それって、ジムはダメだったってこと?」
「そう」
「どうしてよ? 彼、何て言ってた?」
レックスはしかめっ面をした。「ちょっと曖昧だったのよ。『ノー』って言って私を傷づけたくないんだと思う」
「不思議だわ、どう考えても彼、お金に余裕あるじゃない」ロビンは、ジムが三つめのコートで審判をしているのをチラッと見た。「話してくる」
「やめて、他のスポンサーを探すから」
「他にお金を持ってそうな人、知らないわよ」
レックスはため息をついた。「もっと探してみる」
「どうしてジムはダメって言ったのかなあ。何か深刻なことが起こったのか、スポンサーにならないようにって、誰かに脅されたのかもね」
レックスは笑った。「一体誰が彼を脅すのよ? キングコング?」
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