【ひとり寿司】第3章

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第3章


トリッシュはイライラした。彼女を落ち着かせようと、レックスはトリッシュの脇に手を回した。レックスにとってもミミはお気に入りではなかったが、二人の間に入って猫のけんかをやめさせる気分ではなかった。

「ずっとそこにいたの?」トリッシュの声は、ほとんどうなり声に近い。

ミミは、軽率そうな素ぶりで細い肩をあげた。「おばあちゃんがここまで引きずられてきてる時に『私もいます』って発表する暇はないでしょ」

「おばあちゃんを完全に避けたかっただけなんじゃないの」かすかなあざけりを帯びたビーナスの唇が曲がった。

「当たり。気が狂って、あんな最終通告を出されるぐらいならね」ミミは、小さい手でレストランの方向を指した。そしてその手を止め、目を細くして、凝った装飾が施されたドアを見つめている。「私も自分を守らなきゃ」

何故か、不吉な予感がする言い方だ。

ミミは、二二歳という妬ましいほど元気な一四四センチの小さい体を揺らしながら、さっそうと歩いていった。

(待って)レックスは心の中で自分をひっぱたいた。「三○歳は年増じゃない、おばあちゃんが何と言っても」

ビーナスがその繊細な眉をつり上げた。「どうでもいいけど、マリコが結婚したら、いとこの中ではあなたが一番年上の独身女性よ」

内輪の肩書きは、OSFC(Oldest Single Female Cousin)=「いとこの中で一番年上の独身女性」。(万歳!)

「今頃なんだっていうのよ? いつも誰かの粗探しをする人だけど、ここまでひどくなかったわ」

トリッシュが手を上に放り上げた。「マリコが七年間OSFCだったからよ。おばあちゃんは、婚約するまでマリコのことで小言を言ってたじゃない」

ビーナスが鼻先で笑った。「どうしてそんなに早く結婚すると思う?」

レックスは頭をかいた。「妊娠したんじゃなかった?」

トリッシュとビーナスがうなるような音を立てた。ジェニファーはその笑顔がV字形になるまで唇を噛んだ。

ビーナスは、そのうんざりするほど綺麗な目に思慮深い光を浮かべて、レックスを見つめた。「どうして豊胸手術をする、って言わなかったの? そうすれば、おばあちゃんはあの最終通告のことを忘れるかもしれないわ」

「絶対いやよ! みんなに言いふらされるわ」

ジェニファーの眉にシワがよった。「だけど……他の人にどう思われてるかなんて、あなた、気にしたことなかったじゃない」

「胸元を見つめられたこともないわ」

ビーナスが細い肩をあげた。「ちょっとパッドを入れるのがそんなに悪い?」

「うるさい、D75」レックスは、にらんでいる。

ビーナスは鼻先で笑った。「いつもD75だったわけじゃないわ」

「そうそう、突然、ゴージャスな女に花咲いたからって、一緒にいて楽しい人になるわけじゃないし」

ジェニファーは息を呑んだが、ビーナスとトリッシュはただ笑った。

「じゃあ、私の言うことを聞いたら?」ビーナスの完全に楕円形の顔が、静かな理性を放っていた。「太りすぎてたから、胸囲なんて気にならなかったのよ。あの胃腸ウィルスは最高だったわ。おかげでD75におさまった時には、自分に自信が持てるようになったもの」

レックスが、まだトレーニングブラを卒業していなかったことを思えば、あまり参考にならない。「二五歳の時にあなたが減量したことと、私が三○で手術をすることは同じじゃないわ」腕を組んだ。「それに、豊胸手術は協定違反よ」

ビーナスも腕を組んだ。「それは違う」

「OSFCっていうタイトルが当てはまるようになったとき、マリコみたいにやけくそになって行動しない、って誓ったじゃない。マリコはやけくそだった。豊胸手術もそうよ、違う?」

「ちょっと待って」ジェニファーがみんなの顔をチラッと見た。「恋愛生活のことは神様に任せる、って誓ったよね」

レックスは少し考えた。「ああ……それもあった」だけど、それはもう守っているのではなかったか? 神様が完璧な男性を送ってくれるまで、ただぼんやりと待つことには何の問題もない。誰かと親密な関係になるなんて、考えるだけで少し怖かった。八年経った後でも。いつかは立ち直るだろうが、その時が来るまで、デートなんてしなくていい。

今日までは……。

「独身は恥ずかしいことじゃないって、はっきりさせたよね?」ジェニファーは深く息を吸って、大胆に言った。「私たちには、結婚や子供より大事なことがあるの」

「それだったら……」レックスは顔をしかめた。「おばあちゃんの最終通告は協定違反だわ。私の女子バレーチームを裏切ることはできない——プレイオフに出られるチャンスもあるの。四ヶ月で独身をやめなきゃいけないんだったら、ただぼんやり待ち続けて、私の恋愛生活を神様に託すことなんて、ちょっとできないわ」

ジェニファーは眉にシワを寄せ、口を開いたが、ビーナスが割り込んだ。「どうしたのよ、私たちはあなたのことが分かってる。おばあちゃんの要求に黙って降参しないよね?」

「だけど……」レックスは石を蹴った。「他にチームのスポンサーになってくれる人がいないか、考えてるの」

「そうよ、おばあちゃんの最終通告を避けて通る道があるかも」

「それに、レックスだけじゃないのよ」ジェニファーがみんなを見回した。「私たちの協定を再確認したほうがいいわ。今みたいにおばあちゃんがしつこい時は、特にね」

レックスはうなずいた。「私たちはおばあちゃんに遊ばれるバービー人形じゃない」

ジェニファーの目が固い決意で光った。「私たちは、恋愛生活を神様に託します」

「それから、OSFCになっておばあちゃんに攻撃されるからと言って、やけくそになってデートをしないことを約束します」ビーナスはそのスレンダーな腰に手をおいた。

レックスにとっては可能なことだった——やけくそになってデートに走るなんて、そもそもしない。勇気を奮い起こさないと、デートなんて無理だ、絶対。

「協定?」ビーナスは手のひらを上にして手を突き出した。

「協定よ」レックスはその手を上から押さえた。ジェニファーはその上に自分の手を置いた。

「トリッシュ?」ビーナスが眉を吊り上げた。

「はいはい、分かったわ」トリッシュが加わった。

そうして彼女らは別れた。

トリッシュはさっさと背を向けたが、ジェニファーは、その優しい笑顔を正義の純潔で輝かせている。

レックスはチラッと見た。ジェニファーを見ていると、いつも自分は良くないクリスチャンであるような気がする。「うちに帰るね。掃除をしなきゃ——大変、バッグを中に忘れたわ」唇を固く閉じた。心の中では、レストランの中に戻ったら、胸の谷間がないと言って祖母にこき下ろされているのを聞いた人たち全員と対面するという考えに、縮み上がっていた。

「私もよ。一緒に行くわ」トリッシュの表情は、同情で輝いていた。レックスの肩に触れる手前で止まった——レックスはさわられるのが大嫌いだということを知っていたから。

「行く必要ないわよ。取ってきたから」ジェニファーは、トリッシュの大きなホーボーバッグ、ビーナスのプラダ、レックスのバックパックに手を伸ばした。

「サンキュー、ジェン」相変わらず気がきく。レックスは、少し前にジェニファーの霊的成熟度のことについてイライラしていたことを思い、胸が痛くなった。

「じゃあね、みんな」ジェニファーは車に乗り込み、ビーナスも自分の車を探しに行った。

トリッシュは、レックスと一緒に自分の古いホンダの方に歩き始めた。

「バイバイ」

レックスは乗り込む前に立ち止まった。「教会で会うよね?」最近、トリッシュは教会に来ないことが多い。

「うーん……そうね。じゃあ、また」トリッシュは、レックスの車の隣に停めたスポーティなRAV4の中へと急いだ。

レックスは一瞬それを見つめ、それから車に乗ってキーを回した。

エンジンがブルンと音を立てたと思ったら、そのまま止まってしまった。

レックスはもう一度、回した。(カチャッ、カチャッ)

ヘッドレストに倒れかかった。「うそでしょ?」車から飛び出して、トリッシュが走り出す前に、運転席の窓を叩いた。「トリプルA持ってる?」

「冗談でしょ?」トリッシュは携帯を引っ張り出し、財布の中のカードを探した。「あなたって本当にケチね。そんな死にそうな車に乗ってて、路上サービスに加入してないの? おまけにまだお父さんと暮らしてるし——」

「そうよ。だけど、あと数ヶ月したら、自分のコンドミニアムを買えるぐらいの貯金が貯まるの。その時笑うのは誰かしらね」

トリッシュは車から出た。レックスは、トリッシュが携帯でトリプルAと話している間、トランクにもたれていた。

別のいとことその夫、二人の子供がレストランから出てきた。そろそろパーティは、お開きなのかもしれない。

家族の者たちがレックスとトリッシュを通り過ぎていく中、いとこの一人が用心深い目でレックスを見た——優しく若い母親らが、動物園で蛇の区画を通る時に子供達を急がせるように。そのいとこの夫も、子供達を急かして車に乗り込みながら、さっと手を振っただけだった。

レックスは背を正した。トリッシュも。「見た——?」

年配の叔母と叔父もレストランから出てきた。レックスとトリッシュの横を通り過ぎつつ、叔母は重苦しく非難めいた表情をレックスに向けた後、フンと気取った顔を見せた。

トリッシュは息を呑み、車のトランクを叩いた。「あのばばあ……」

レックスは目をそらした。職場やバレーボールでは、他人に何と思われていても気にならないのに、叔母の表情に何故これほど深く切り刻まれる気がするのだろう? 親類の女性がたった一人、一度だけ見せた表情なのに、餅つきの杵でもち米を叩くような一撃を体に受けたかのようだった。レックスはへこみ、傷ついた。彼女は、他の人と比べてそんなに変わっているのだろうか?

(やめよう。私には何も悪いところはない)レックスは自分のムードを振り払った。彼女は強く、頑固で、気を悪くしても気にしない。「おばあちゃんの言うことに妥協したくないだけ。押しつけられたくないの」

「そうね、だけどチームの子たちは、あなたにとってどれくらい大事なの?」

レックスはため息をついた。「この前、一人の子のお母さんがね、あの子たちがプレイオフの遠征をとても楽しみにしてる、って言いに来たの。私のお母さんが高校でそのお母さんのコーチをしてた時は、お金がなくて行けなかったんだって。四ヶ月後におばあちゃんの資金援助が切れたら遠征に行けないなんて、どうやってそのお母さんに言えばいいのよ?」

トリッシュは何も言わなかった。

「だけど、いい孫のふりをして、ボーイフレンドの腕にぶら下がって素直にマリコの結婚式に行ける?」

トリッシュは、ドレスの透けたリボンを指でつまんだ。「ねえ、それに……デートする覚悟はできてるの?」

レックスはその優しい口調に緊張を覚え、同時に手と、胸郭のちょうど下あたりが震え始めた。「ええ、そう思うわ」

「おばあちゃんにあのことを話してもいいのよ」

「だめ、誰にも言わないわ。八年前のことよ」

トリッシュはその厳しい口調にまばたきした。

レックスはすぐにその口調を弱めた。「ごめん——」

「いいの、謝らなくていい。分かるから」

もちろんだ。トリッシュは他の誰よりも理解していた。病院、警察の調書、三年間のカウンセリング——他の家族は何が起こったのかを何も知らないが、彼女はすべてのことを通してレックスのそばにいてくれた。必要な時にトリッシュがそこにいてくれたから、レックスは安心していられたのだ。

「実際そんなに悪くないと思うし」

トリッシュは、疑い深そうにレックスを見た。「ふーん」

「本当よ。キンムンをデートに誘うつもり」

トリッシュの目が顔から飛び出た。「うそ! やっとだね」

「でしょ? 絶望すると、厚かましくすごいことができるのよ」

思慮深い表情が浮かんだ。「彼が誘いに乗ると思う? あなたたち何十年も友達なのに…… 」

「私の年を責めないでよ。あなただって、私より三ヶ月若いだけなんだから」

「はい、はい、はい、それで——?」

レックスは、下腹部にとどまった些細な疑いを押しのけた。祖母のようにしつこい。「私のことを仲間以上の人として考える機会を、彼にあげてなかっただけなのよ」

トリッシュは、それを理解するのに少し時間がかかった。「ああ……なるほどね」

「その間に、女子チームのスポンサーになってくれそうな友達を探すわ。そうしたら、おばあちゃんの資金カットも心配しなくていいから」

「見つかると思う? あなたは、石からでもお金を引っ張り出すおばあちゃんみたいなビジネスウーマンじゃないのよ——」

「やると決めたら、やるわ。論理的かつ魅力的にね」

トリッシュは中立的な表情のままだった。

「私だって、魅力的になれるのよ」レックスは、にらんだ。

トリッシュはまばたきしたが、何も言わなかった。

「そんなに難しいかなあ?」

トリッシュは高笑いした。

「もう、うるさい」

**********


「いいゲームだったわ、みんな」レックスは、ぼろ勝ちしたばかりのチームの最後の選手の手をたたき、コートの外に出た。

ジムバッグを取りに来る、別のコートの選手をよけながら、やっと自分のバッグの隣のスペースを確保した。首を伸ばしてキンムンを探しながら、靴紐を引っ張った。

彼のチームは、遠い方のコートでまだプレイ中だった。

レフリーがさっと笛を外した。「ラストポイント!」耳をつんざくような笛の音でサーブの合図を出した。

後衛センターのキンムンは、腕の中に落ちたように見える難しいフローターサーブを取った。セッターが弧を描くようにボールをサイドアタッカーに送り、それをパンチ——

相手チームの完璧なタイミング、完璧なブロック。(バン!)打つより早く戻ってきたボールはサイドラインに落ちた。線審の合図は「イン」。ポイントが入り、ゲーム終了。

(ばか!)レックスは競技を見ながら靴を脱ぐべきだった。キンムンがチームの輪に入って掛け声を上げ、相手チームとの握手の列に進んでいる間、レックスは二重に結んだ靴紐をあわてて解こうとしていた。キンムンは自分のジムバッグの方へ一直線に進み、床に座って靴を脱いだ。

レックスはやっと靴紐を解いて、靴を引っ張った。足をいつものスニーカーに押し込み、さっと立ち上がった。

どこに行ったのだろう? さっきまでここにいたのに。

「レックス、いいゲームだったね」

肩にバッグを下げて通り過ぎるチームメートをチラッと見た。「ええ、あなたもね」キンムンはどこにいるのか?

ああ、あそこだ。レックスのチームのキャプテン、ジルと話している。レックスはジムバッグを手に取った。

さて、どうするか? みんなの前で彼を誘う? 考えたこともなかった。みんなが車の方へ出て行くまで、待たなくてはならなかった。そうすれば、キンムンと二人になれる。

それまで、彼の靴についたガムのようにくっついていよう。

「ああ、キンムン、ジル」

「レックス、数ヶ月先だけど、ベガスでのトーナメントに一緒に出ないか、ってキンムンを誘っているの。あなたもどう? 彼にうまくトスを上げられるのはあなたぐらいだから」

レックスは肩をすくめた。「もちろん、いいわよ。メールして」

「仕事の予定を確認させてくれよ」キンムンの異様に低い声が騒々しいジムの中で響いた。レックスは彼の声がよく聞こえるように、もっと近づいた。

「いいわ。ありがとう、二人とも」ジルは離れていった。

「出られるといいんだけどな」キンムンは、座ってバレーボールシューズを脱いだ。「そうしたらジルが僕にトスできるからさ」と言って爆笑した。

「はは、ネット近くの低いトスが好きなんだ、って言っておくわ。ブロッカーにネットを押しつけられるぐらいにね」

「意地悪だなあ」キンムンは立ち上がって、バッグを取り上げた。

やった。もしかしたら彼を急がせて、ジムを早く出ることができるかも。「何か食べに行く?」レックスはドアの方までゆっくり歩き始めた。

「そうだね……あれ、僕のボールは?」キンムンは折り畳んだ観客席の方へ歩いて行き、床に転がっているボールを調べている。

レックスは反対側へ行って一緒に探し始めた。少しでも早く彼を車まで行かせることだったら何でもやる。「タチカラ」という紋の上に青いマーカーで彼が書いた、かすれた絵が目に留まった。「あったわよ」

「サンキュー」キンムンはそれをバッグに入れ、また床に座ってストレッチを始めた。

(何でストレッチ!?)

レックスは怒って騒ぐか、一度ぐらいは辛抱するか。彼の隣にすわった。

二人は他の選手から少し離れている。低い声で話せば聞こえない距離だ。「ねえ、キンムン ——」

「ねえ、ねえ」ロビンが歩いてきた。「息子の募金活動なんだけど、雑誌の購読しない?」

また中断された。この調子では、彼を誘うなんて無理だ。「もちろん、いいわよ」レックスは手探りでバッグの中の財布を探した。さっさとロビンにお金を払えば、さっさと行ってくれるだろう。

「キンムンはどう?」ロビンが猫なで声を出した。

「ええと……もちろん」キンムンはバッグの中の財布を探した。

ロビンは雑誌がリストされている、使い古されたフリップカードをレックスに渡した。レックスはこれをほとんど見ずに言った。「ゴルフ」

キンムンは、うっとりするほど困惑した表情を見せた。「お前、ゴルフ嫌いだろ?」

「スポーツの流行についていきたいの。ESPNとスポーツ・イラストレイティッドは、もう購読してるのよ」ロビンに代金を渡した。

キンムンは雑誌のリストに目を通している。苦しくなるほどゆっくりと。その几帳面な性格には、時々本当にイライラする。今みたいに。(今世紀中のうちには……)

「アントレプレナーにしようかな」

「投資なんてしないじゃない」

「したいんだ」ロビンにカードとお金を渡した。

「ありがとう、二人とも」やっとロビンが離れていった。

「それで、キンムン」

「キンムンおじちゃん!」

その甲高い声が聞こえたと思ったら、三歳児が二人の間に突進してきた。激しく揺れる手が、レックスの両目を横切るように直撃した。「うっ!」

灼熱感が目を襲った。まぶたを閉じたが、痛みは目の端まで広がった。このガキ——いや、この子は手に何を持っていたのだろうか?

「おい、手がベタベタだよ」キンムンの陽気な声で、レックスの黒ずんだ苦痛が和らいだ。

「はーい」幼児は、セサミストリートなみの冗談を飛ばしたかのようにクスクス笑った。

やっと涙があふれ、こぼれ出した。焼けるような痛みが和らいできた。レックスは目をこすった。

「ママのとこへ帰りな」キンムンがオムツを履いたお尻をぽんと叩くと、幼児はよろよろと歩いていった。

「それで、キンムン——」

流れるような動きで、彼はそのひょろっとした体を持ち上げた。「みんなと食べに行くんだろ?」ドアの方へ向かった。

レックスのことを待ちもしない。レックスは苛立ちを呑み込んで立ち上がり、バッグをつかんで彼を追った。

とりあえず、ジムから出るとき、ドアだけは押さえていてくれた。

みんなが駐車場へ向かう中、二人の周りには他の選手たちがいた。

「どこへ食べに行くのかな?」キンムンは歩道に落ちた枝をよけた。

レックスは肩をすくめた。「多分、いつものとこでしょ」

「マイケルズ・ダイナーは飽きたよな」

「じゃあ、月曜日の夜十時以降も営業するように、他のレストランを説得しなさいよ」毎週この会話をしているのではないだろうか?

車に着いたとき、レックスはトランクを開けるキンムンの方に近づいた。「あの——」

「おいキンムン、この前、ジャイアンツの試合見に行ったのか?」チームメートの一人が異常に大きなバッグを引っ張りながら走ってきた。

「いや、スポーツセンターでハイライトを見たよ。お前は?」

「ああ、ティーボに録画してある」

「おお、いいなあ。DVDに焼いてくれよ」

「もちろん」

「サンキュー。それじゃあな!」彼とバッグは重々しく離れていった。

「キンムン、私とデートしない?」あっ、とちょっと脅迫じみた言い方だった。

濃い眉毛が上がり、日焼けした額にできたシワは、後退気味の生え際まで届いている。「え?」

「あの……私とデートしたい?」

「デート? 何ていうか…… 」

「デートよ」

「だけど、いつも遊んでるじゃないか」

「違うの、友達としてじゃなくて」やれやれ、こうやって関係を明確にするのは大の苦手だ。待って、これは関係を明確にするための会話なのだろうか? うわ、何か変だ。

「うーん……」キンムンは頭をかき、下を向いた。

分かった、これは悪いサインだ。すぐに、「そんなこと今まで考えたこともなかったよ。もちろんさ、やってみよう」と言わなかった。

「うーん、って、それだけ?」

「ただ友達でいるのがいいんだけどな」

あーっ。「ダメダメ、それはダメなの」しまった……声が大きすぎたか? もう一度言おう。「私のことを友達以上のものとして考えたこと、一度もないの? 本当に?」

「君ってさ……、弟みたいだから」

「弟? 男ってこと?」

「そうそう」キンムンは笑顔を見せた。

「私って何? 中性?」もう少しで金切り声になりそうな声だった。祖母は間違っていた。男を捕まえるのに、乳房を大きくする必要はなかった。

笑顔が消えた。「違う、君は……妹だ。そうそう、妹みたいなもんだ」

自分は、そんなに魅力的ではないのか——(待った、そんな考えはやめよう。バカげている)

「だけど、私はあなたの妹じゃないわよ」

「うーん……それもそうだ」

「じゃあ、どうして妹だって思うの?」

「さあ」

レックスはこの会話にリセットボタンを押す必要がある。「じゃあ、試してみましょうよ」

「何を?」

「デートよ」

「何でだよ」

「何でやってみないのよ」

キンムンはそこに立っていたが、レックスは、彼の左脳の論理的思考にギアが入って回転し始めたのが、見えるようだった。「う……ん」

「何かいい理由を言ってよ」

「ええと……」彼は頭をまたかいた。「まあいいかな」

「やった!」

キンムンは、元気一杯のレックスを見て飛び上がった。その笑顔に少し苦痛が見える。ちょっと大きな声で叫びすぎたかもしれない。

気持ちが変わる前に予定を入れないと。「メールするわ。今週の土曜日はどう? 空いてるでしょ?」

「ええと……」ギアがさらに回転している。「まあね——」

「よかった! FJLに連れてってくれる?」

お気に入りのイタリア料理店の名前が出たら、キンムンの顔が明るくなった。「オッケー」

「予約しておくわ。七時に迎えにきてね」

「分かったよ」

レックスは歩いていった。それほど悪くなかったようだ。ちょっと突っつくだけで済んだのだから。


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