【ひとり寿司】第2章

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第2章


祖母は、レッドエッグアンドジンジャー・パーティの最中に「豊胸手術」と大声で言っただけではなかった。

長く苦しい一瞬だった。レックスの鼓動は止まり、その後、ナスカー・レースのようなスピードで再び打ち始めた。振動するハンドルにしがみついているように、手が震え、こわばった。だが、祖母を操縦するのはどうしても無理。情けない。

レックスは深く息を吸い、戦闘のために身を固めた。「おばあちゃん、そのことは、また今度話そう」

祖母の目が鋭くキラッと光った。「どうして? そんな塩のシェーカーみたいなんじゃ、男の子が寄りつかないのは当然よ」

塩のシェーカー???

祖母は、「レックスのおばあちゃんが何でも直してあげる」という表情をしていた。その眼差しが下の方で止まった。「サイズは? Aカップかしら? 大丈夫よ、友達のミセス・チャングを知ってる? あの人の二回目のご主人は……」

(おばあちゃん、外に出ましょう。今すぐ)レックスは、祖母の体を取り押さえて運び出し、そこで絞め殺すという素敵な白昼夢をもてあそんだ。

現実に戻り——祖母を乱暴に扱うなんて不可能だ。一見、デリケートに見える老婦人なのだから。

応援が要る。祖母が怒鳴っているので、レックスのいとこ達が寄ってくるはず。騎兵隊はどこにいるのか?

いたいた、いくつかテーブルをはさんだところでしゃべっている。レックスが瀕死の危機にさらされているというのに。トリッシュの体はレックスの方を向いていたが、隣のテーブルにいる男の子に気のある素ぶりで横目を流している。レックスは手をあげて振った。

「手を振り回すのをやめて、レックス。ちゃんと聞きなさい。ミセス・チャングがご主人を連れて来てるはずだから」

「だけど私のドレスが……」かたまりかけているソースが胸骨の上で不気味な弧を描いていた。

「今ここで診察するわけじゃないのよ」祖母の理性的な口調は、コールでアイラインを描いた頑固な目つきに隠された、残忍で精神異常者のような心と正反対だ。

レックスはやけくそになって、トリッシュの方を見ながら両腕を高く上げて振った瞬間——少なくとも、このタイトなワンピースを着ながらできる限り高く——椅子から立ち上がろうとした中年男性のあごを引っぱたいてしまった。「きゃっ、ごめんなさい」

ついに、トリッシュがこっちを見た。

やっと! レックスは目を大きく開き、祖母の方に頭を振りながら、「助けて!」とメッセージを送った。

トリッシュの表情は数ミリ秒のうちに好奇心から恐怖へと変わっていった。ビーナスとジェニファーを軽くつつき、ぎゅうぎゅう詰めの椅子に体当たりしそうになりながら、必死でいとこの方へ行こうとした。ビーナスはもっと上品についていった。ジェニファーは叉焼包のように目を大きくして、影のようにビーナスの後を追った。

「おばあちゃん!」トリッシュは高い声で嬉しそうなふりをした。

祖母はトリッシュをにらんだ。「何よ?」

言葉に詰まり、元気一杯のトリッシュは一瞬にして凍りついた。「あの……」

まずい。先月、いとこのベビーシャワーにパンクロックのミュージシャンを連れてきて、そのへそピアスで二歳児を遊ばせたトリッシュのことを、明らかに祖母はまだ赦していないようだった。

「こんにちは、おばあちゃん」イライラしてにらむ祖母とトリッシュの間に、ビーナスが割って入った。「ちょっとレックスに話があるんだけど」

「ダメよ、私が今、話してるの。何でそんなにせっかちなの? 来なさい、レックス。ミスター・チャングのところへ行くわよ」

「おばあちゃん、豊胸手術なんてしたくないの」歯を食いしばりながらささやくのはむずかしい。

心配そうなトリッシュの目は、デフコン5の防衛準備状態に入ったかのような恐れに変わっていった。ビーナスは目をグルッと回している。ジェニファーの顔は青白くなった。

祖母の目は、中国の大包丁のように冷たくなった。「話にならないわね。アイロン台みたいに平らな女と誰が付き合いたい、って言うのかしら」

「おばあちゃん!」トリッシュの高い声が、食事の騒音を突き刺した。

「おばあちゃん、お願いがあるの」ジェニファーの柔らかな声が防火用毛布のように緊張をほぐした。

「車の中に色見本があるんだけど、お母さんがキッチンのカーテンを何色にするか決められないのね」

祖母のブルドッグのような表情は、ミス・マープルのスイートなうわべのように溶けていった。「もちろんいいわよ、喜んで」

レックスは信じられないというように、混雑を通り抜けてドアの方へ祖母を連れて行くジェニファーを見た。祖母は少し足を引きずっている——そうだった、さっきもお尻の右側をかばっていた。

「何も言わないで」ビーナスはジェニファーを追おうと振り返りながら、レックスの肩を軽く突いた。「駐車場に行ったら、おばあちゃんとの対決から逃げるんじゃないわよ」

「そうよ、おばあちゃんは忘れてないわ」トリッシュは手錠をかけるようにレックスの腕をつかんで引っ張り、ビーナスの後を追った。

レックスは、ジロジロ見ている親類や家族ぐるみの友人を通り過ぎて、テーブルの間をくねりながら、マリー・アントワネットになったような気がしていた。ギロチンと、完璧に筋が通らない祖母とは、類似点があり過ぎた。

ジェニファーの車の前で、いとこ達に合流した。

「ごめんなさい、おばあちゃん」ジェニファーは、トランク中を探し回るのをやめ、背筋を伸ばした。

「会社に色見本を忘れたみたい。パーティに間に合うように急いでたから」

おっと、ジェニファーはそんなことを言うべきではなかった。目を細め、レックスに鋭い表情を向けた祖母は、ジェニファーの手を軽く叩いた。「一応あなたは時間通りに来たものね」

もうやめて。「ごめんね、おばあちゃん。さっきも言ったけど、バレーボールをしてたのよ——」

「あなたはバレーボールに使う時間が多すぎるわ。メイ叔母さんが言ってたわよ。バレーボールで頭を打たれ過ぎたからボーイフレンドができないんだって」

(自分へのリマインダー:メイ叔母さんに口輪をはめること)

「あなたのお父さんも言ってたけど、毎晩、うちにいるそうね。どうしてデートに行かないの?」

最高。祖母はレックスの父すらも使ってコソコソ嗅ぎ回っている。もう少しでコンドミニアムの頭金を払えるぐらいのお金が貯まるから、そうしたらさっさと父の家を出る。「毎晩うちにいるわけじゃないわ。毎週、月水金は女子バレーの練習があるもの」その練習は午後の遅い時間に終わり、そのほかに週三日、夜に大人のリーグで練習しているということは、祖母に言わなくてもいい。

「その女子チームのために時間が取られ過ぎてるわ」

「デートに行きたくないだけよ。それのどこが悪いの?」

「あなた、レズなの?」

「おおおばあああちゃあああん!」トリッシュ、ビーナス、ジェニファーは声をそろえて悲鳴をあげた。合計十二音節。

「違うわ、おばあちゃん。私はクリスチャンなのよ」(私が仏教のお寺にいないって、十二回は文句を言ってるじゃない)

祖母は肩をすくめた。「何が悪いの? 私の友達の半分は、同性愛者の子供がいるのよ」

トリッシュは唇を噛んだ。「そうよレックス、ここはサンフランシスコ・ベイエリアだから……」

「でしょ?」祖母は背筋を伸ばした。「私のせいにしないで。それで、おっぱいを大きくすることのどこが悪いの?」

「私のブラサイズの話は終わったの、終わりよ、おばあちゃん!」

祖母は口をキュッと閉じ、鼻をふくらませた。その茶色い目は線のように細くなった。

「そうじゃない。あなたは家族の集まりに誰かを連れて来たことが一度もないって言ってるの」

「いいわ、次に家族の集まりがあるときには、男性を連れてきます」

祖母の目が細くなった。「ダメよ、それは簡単すぎるわ。どうせバレーボール友達に頼むんでしょ」

レックスは勝てない。「じゃあどうして欲しいの?」

その言葉が出た途端、レックスは間違ったことを言ってしまった、と思った。祖母は、招き猫がニヤッとするように笑った。

「マリコの結婚式までに、ボーイフレンドを作りなさい」

「六月? 四ヶ月しかないじゃない」

トリッシュが寄りかかるようにしてレックスの耳元で囁いた。「愛を急がせることはできないわ……」

レックスがトリッシュの柔らかい脇腹を肘でつつくと、小さく「キャッ」という声がした。

祖母はそれを聞いていた。「誰が急いでるの? あなたたちは四人とも、もう三十……」

「みんなじゃないわ」ビーナスの頬がハロー・キティのようにピンク色になった。

祖母は肩をすくめた。「あなたとジェニファーは、他の二人より数ヶ月遅いだけでしょ。ほとんど同じよ」

レックスは腕組みをした。「四ヶ月でボーイフレンドを作るなんて、無理よ」

祖母の表情が鋭くなった。「それができなければ、女子バレーボールチームへの資金は打ち切ります」

開いた口に掃除機が取り付けられたように、レックスの肺から空気が吸い取られていった。喉を刺すほど鋭く息を呑み込んだ。

「そんなことしないよね」

「私が真剣じゃないと思ってるの?」

「夏のプレイオフまでお金を出してくれるって約束だったじゃない」

「契約書にサインしてないわよ」

無慈悲だ。冷酷人間・坂井。「おばあちゃん、あの子たちはまだ中学生なのよ」

「だったら資金が打ち切られないように何とかしなさい」

「ボーイフレンド? ボーイフレンドのために資金を打ち切るっていうの?」レックスの声は金切り声に変わり始めた。

「そこまでしないと、あなたが私の言うことを聞かないっていうならね」祖母はレストランに戻ろうと歩き始めたが、イタリアンレザーの靴底の上でくるりと回転し、レックスの顔をのぞいた。片方の眉を上げて。「ちゃんとしたボーイフレンドじゃなきゃダメよ。ただの友達や、一回限りのデートの相手はだめ。あなたと仲がいいバレーボール友達もね」遠ざかりながら、シルクのスーツの背がシャンと伸びた。

レックスは車にもたれかかった。トリッシュはその隣でくずれ落ちた。ジェニファーは手をもんで立っていた。ビーナスは片方の足に体重をかけ、腰に手を押しつけた。

突然、ジェニファーのトヨタの隣に停まっていた車のドアが開いた。膝まで届くポニーテールを振って目を大きく開け、車の上から頭を出したのは、いとこのミミだった。

「うわ! 本気?」


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