【独身淑女のクリスマス】 第9章
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はじめミランダは、あまりの驚きと錯乱状態のためにものを考えることができず、ただ感覚のみがあるようだった。極上のウールの上着が頬に当たり、腰に当てた手と、背中にはもう片方の手がぴったり押し付けられていた。ミント、そして何故だか荒々しい海の匂い。
廊下の向こう側のダンスフロアに続く開いたドアから、女性達の笑い声が突然湧き上がり、二人は飛ぶようにして離れた。彼の腕の中にいなくても、ミランダはまだ……しっかりと包まれているように感じた。
彼に自分の顔を見せることはできない。長い間この家にいることで引っ掻き傷ができ、本当の自分という解けた糸を必死につかもうとする苦痛に満ちた顔。
「どうしたの?ミランダ」
彼女はただ頭を振っただけだった。
陽気な笑い声をのせて、軽快な調子の音楽がダンスフロアから流れてきた。家族や隣人がダンスを楽しんでいる間、この廊下に立っている自分がこれほど浮世離れしていると感じたことはなかった。不幸なわけではなかったが、このような社交は彼女の趣味ではない。変わり者で、どこにも属する場所がなかった。
ジェラルドは杖を取り、ミランダの手をつかんで引っ張りながら、ダンスホールから離れた方向へと廊下を進んで行った。
「一体何?」小声で言った。
「君も僕も、あんなところにはいたくない」開いた戸口の方を指すために頭を後ろに向けながらジェラルドは言い、ミランダはその声に鋭い苦痛を感じ取った。少し前にダンスホールで彼を見かけたときは、明らかに一緒にいた二人の女性に苛立っていたが、その目は逸れてダンスフロアを見つめていた。十四歳の頃も、ベルモアのいとこたちとダンスフロアを跳ね回るのが大好きだった。ミス・チャーチプラットンやミス・バーンズと座っているだけというのは色々な意味で辛いだろうと、ミランダは察した。
だから、後ろ側にある召使い用の階段に向かう廊下へと連れて行かれるのを許した。彼らは脇のドアから出て、家を離れて整形庭園に向かった。
夜空は暗く、新月が出ていたが、フェリシティは手さげランプとトーチを配置して、庭を照らしていた。おそらくゲストが恥ずべき行為を取らないように、暗い隅を照らそうとしたのだろう。過熱したダンスホールから敢えて出てくる人には空気が冷たすぎるので、フェリシティの心配は無用だった。
ジェラルドは、冷たい空気の中で震えなくてもいいように、庭の端に立てられた明るいトーチの隣までミランダを連れて行った。左側上方からはダンスホールの音が聞こえてきたが、右側上方の長いバルコニーには誰もいなくて、真っ暗で静かだった。
「寒すぎるわ、ジェラルド」そして、そう言ったことを後悔した。ジェラルドは肩にかけていた燕尾服を脱いで、ミランダにかけた。彼の温かみと匂いがして、また彼に包まれている感じがした。
「やめて」ベストとワイシャツ一枚の彼を見て呆れたと同時に、惹きつけられた。
「長く航海に出てたから、寒いのには慣れてるんだ」確かに、彼は震えていなかった。「クリスマスのときに、森の中で君が一人でいるのを見つけたことがあったよね?あの時も僕の上着を貸してあげたのを覚えてる?」
「そしてあの時も、今のように一人になりたかった」ミランダは冷静に言った。
「一人になりたかったからだと言ってたけど、本当はセシールに馬鹿呼ばわりされたからだって白状したよね。だから僕がセシールに一発食らわせてやったんだよ」
「もちろん覚えてるわよ」前庭の芝生で取っ組み合いをしながら、十八歳のジェラルドはニヤリと笑い、セシールは泣いていた。
「今度は誰に一発食らわせようか?フェリシティ?」
「ああジェラルド、馬鹿なことを言わないで」
「フェリシティに何て言われたの?」
「くだらないことよ」ミランダは息を呑んだ。「私のドレスのために面目をつぶされたんですって。ネックレスもよくないって。思っていたより上手な言い方だったわ————今年の舞踏会のために適切な衣装を持ってないとは知らなかった、知ってたら、彼女の古いドレスを貸してくれた、でももう手遅れ、ですって。地元の女性の中に、私のことで陰口をたたいている人がいるから、ダンスホールには戻って欲しくないそうなの」
「何てひどいことを」もう全然寒くない————憤りで熱くなっていた。「フェリシティは君のことに責任がある立場にいる人なのに」
「実は私の大好きなドレスだったから、ショックだったわ」ミランダは言った。「お気に入りなのに」
少し間をおいて、ジェラルドは突然、気乗りがしないような低い声で笑った。「ミランダ、君はいつも僕の癇癪をなだめることを言うね」
「いつもじゃないわ、だってあなたはいまだにセシールと殴り合いになるじゃない」
「君に対する接し方が嫌いなだけさ」
ジェラルドの言葉によって、慰められる部分もあったが、逆に苛立つ部分もあった。何故、彼はこんな行動を取るのかが理解できなかったから。「どうしてあなたがそんなことを気にするの?」
そう質問されて驚いた。「だって、こんなの不公平だと思うから」
「不公平なんて、世界中どこにでもあるじゃない、ジェラルド」
「何もしないではいられないんだよ」彼は、何か忘れていたことを思い出したように身を引いた。そして、「夕食の時、後悔したんだ……もし僕が……」
「ジェラルド、あなたは自分と何の関係もないことで罪悪感を感じているのよ」彼に対する感情を遠ざけておくことが難しくなっていた。上着を彼に返すと、冷たい空気がドレスの中に入り込んできた。「帰った方がいいわ」
ジェラルドはミランダの助けを借り、肩をすくめて上着をきた後、彼女の手を取った。ミランダは手袋をはめていたが、彼の温かさを感じた。
「まだ航海に出ていて、誰かと戦争を始める必要があるような気がするよ」
「あなたはもう十分私の助けになってくれてる。あなたの家族と一緒にウィントレルホールを出て、その後はローラおばさんの家へ行くのよ」仕事を見つけるつもりだとは言わなかった。ローラおばさんに養ってもらいたくはなかったから。「私のために戦争をしないでね、ジェラルド」
「分かってる、だけど……」彼の指先がミランダの顔に触れた。トーチの光の中で、ジェラルドは困惑しているように見えた。
ミランダは彼を困らせたくなかった。それによって自分がもっと困惑するから。目を閉じて頬を背けた。「ジェラルド————」
ジェラルドはミランダの顎を持ち、自分の方に向けて、彼女にキスをした。
それは、彼女が今までいつも夢見てきた全てがかなう以上のことだった。彼の唇はかたく、手は腰から背中の方まで回って彼女を引き寄せていた。ジェラルドは、ミランダが自分にとって貴重な存在であるかのように、自分にとって意味のある存在であるかのように、キスをした。
ミランダがキスをされたのは初めてだった。少女時代ずっと、航海に出ている若者を思いつつ、男の子にそんな隙を与えないようにしていたが、だんだん歳を取るにつれ、自分にキスをしたい男の子の数は減っていった。
だが、こういうのは少女時代の空想で、今では歳も取り、賢くなった。いくら願っても、ここにいるのはあの理想化された若者ではなかった。
二人は同時に離れた。「ジェラルド」
「ごめん、ミランダ」自分自身の行為にショックを受けているようだった。「僕が悪かった……君のことはとても尊敬している……」
ミランダは全身の力を振り絞り、できる限りの平静を装った。「ただの間違いよ、すぐに忘れるわ」身震いがした。「中に入りましょう。寒いわ」
「そうしよう」彼は腕を差し出し、召使い用のドアへと戻り始めた。
居心地の悪い沈黙、それを破ってジェラルドは言った。「ダンスホールで誰かを探してなかった?」
「ミセス・ピーターソンよ」
「牧師先生の奥さん?」
「コンパニオンか家庭教師を必要としている家族を知らないかどうかを聞きたかっただけ。あなたとローラおばさんがお母様を説得できなくて、エリーと一緒に行かせてもらえなかったときのためにね」
ジェラルドは口を開けたが、何も言わずに口を閉じた。それから言った。「今夜はミセス・ピーターソンとは話せないと思うよ。牧師先生の具合が悪くなって、一時間ほど前に帰ったから」
「ああ、そうだったの」ミセス・ピーターソンを探しているうちに、フェリシティに見つかってしまったということか。明日にでも牧師館に行ってみよう。
ミランダは、自分の指の下にあったジェラルドの腕が硬くなったように感じ、それは襲撃される前の唯一の警告になった。
二人の男の影が見えた。ミランダの側とジェラルドの側に一人ずつ。ミランダは息を呑んだ。そして、自分の方にいた男が突進してきたとき、何故叫んで召使いに警告しなかったのかと自分を責めた。もう一人の男がジェラルドに向かってごつい拳を振った。
しかしジェラルドはかがんで一撃を避け、男に向かって杖を振り上げた。襲撃者は、こめかみに向けられた杖の先をかろうじて避けた。
ミランダの襲撃者は、彼女の腰を強くつかんだ。コルセットは固く巻いていなかったが、身をよじって相手から逃れることはできず、息をついて叫ぶのも難しかった。叫ぼうとしたが弱々しい声しか出ず、男はたこのできた、土の匂いがする手で彼女の口を押さえた。垢と腐った肉の匂いがして、むせ返った。
ミランダは相手を蹴ったが、ブーツに包まれた足に少し傷を与えただけだった。ミランダが腕を振り回すと、相手は唸り声を上げ、彼女の腰を更に強くつかんだ。息ができず、だんだん視界が薄れてきた。
そして、一番口に近い指を噛むことを考えた。血と泥の味がした。
男は叫び、手を引いた。ミランダはできる限り深く息を吸い込んで、叫んだ。襲撃者はたじろいた。
ジェラルドはもう一人の男とまだ格闘していた。杖を刀のように操って、目に見えない弧を描くように振り回した。しかしその時、敷石の上で足を踏み外し、膝がぐらついてつまずいた。
襲撃者はその膝の弱さに気づき、そこを攻撃した。
ジェラルドは叫び声をあげ、その声は家の外壁と一階の高い窓まで響き渡った。顔は痛みのためにひきつり、地面に倒れた。男はジェラルドの膝をまた蹴ろうとしたがそれは外れ、ブーツが滑ってジェラルドの脛に飛んできた。
ミランダは足を後ろの方に蹴ったが、最初は上着が邪魔になった。そして、振り上げたかかとが何か柔らかいものに当たった。
男が急にミランダを落としたので、彼女は地面にころがった。相手は股間をつかみ、その丸い顔は怒りでねじれていた。ミランダを目掛けて蹴ろうとしたが、力が入らないようで、彼女はころがってそれを避けた。
突然、召使い用のドアが開き、従僕が二人、庭に走って出てきた。彼らは二人の男を見つけて、叫んだ。
襲撃者は逃げ始め、木と藪の影を使って闇の中に消えていった。従僕の一人は男たちを追いかけ、もう一人はミランダのところまで来た。
「私は大丈夫よ。キャプテン・フォーモントをお願い」
胸が一杯で苦しくなった。ジェラルドは地面に横たわって膝をつかみ、その顔は死んだように真っ白だった。
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第9章
はじめミランダは、あまりの驚きと錯乱状態のためにものを考えることができず、ただ感覚のみがあるようだった。極上のウールの上着が頬に当たり、腰に当てた手と、背中にはもう片方の手がぴったり押し付けられていた。ミント、そして何故だか荒々しい海の匂い。
廊下の向こう側のダンスフロアに続く開いたドアから、女性達の笑い声が突然湧き上がり、二人は飛ぶようにして離れた。彼の腕の中にいなくても、ミランダはまだ……しっかりと包まれているように感じた。
彼に自分の顔を見せることはできない。長い間この家にいることで引っ掻き傷ができ、本当の自分という解けた糸を必死につかもうとする苦痛に満ちた顔。
「どうしたの?ミランダ」
彼女はただ頭を振っただけだった。
陽気な笑い声をのせて、軽快な調子の音楽がダンスフロアから流れてきた。家族や隣人がダンスを楽しんでいる間、この廊下に立っている自分がこれほど浮世離れしていると感じたことはなかった。不幸なわけではなかったが、このような社交は彼女の趣味ではない。変わり者で、どこにも属する場所がなかった。
ジェラルドは杖を取り、ミランダの手をつかんで引っ張りながら、ダンスホールから離れた方向へと廊下を進んで行った。
「一体何?」小声で言った。
「君も僕も、あんなところにはいたくない」開いた戸口の方を指すために頭を後ろに向けながらジェラルドは言い、ミランダはその声に鋭い苦痛を感じ取った。少し前にダンスホールで彼を見かけたときは、明らかに一緒にいた二人の女性に苛立っていたが、その目は逸れてダンスフロアを見つめていた。十四歳の頃も、ベルモアのいとこたちとダンスフロアを跳ね回るのが大好きだった。ミス・チャーチプラットンやミス・バーンズと座っているだけというのは色々な意味で辛いだろうと、ミランダは察した。
だから、後ろ側にある召使い用の階段に向かう廊下へと連れて行かれるのを許した。彼らは脇のドアから出て、家を離れて整形庭園に向かった。
夜空は暗く、新月が出ていたが、フェリシティは手さげランプとトーチを配置して、庭を照らしていた。おそらくゲストが恥ずべき行為を取らないように、暗い隅を照らそうとしたのだろう。過熱したダンスホールから敢えて出てくる人には空気が冷たすぎるので、フェリシティの心配は無用だった。
ジェラルドは、冷たい空気の中で震えなくてもいいように、庭の端に立てられた明るいトーチの隣までミランダを連れて行った。左側上方からはダンスホールの音が聞こえてきたが、右側上方の長いバルコニーには誰もいなくて、真っ暗で静かだった。
「寒すぎるわ、ジェラルド」そして、そう言ったことを後悔した。ジェラルドは肩にかけていた燕尾服を脱いで、ミランダにかけた。彼の温かみと匂いがして、また彼に包まれている感じがした。
「やめて」ベストとワイシャツ一枚の彼を見て呆れたと同時に、惹きつけられた。
「長く航海に出てたから、寒いのには慣れてるんだ」確かに、彼は震えていなかった。「クリスマスのときに、森の中で君が一人でいるのを見つけたことがあったよね?あの時も僕の上着を貸してあげたのを覚えてる?」
「そしてあの時も、今のように一人になりたかった」ミランダは冷静に言った。
「一人になりたかったからだと言ってたけど、本当はセシールに馬鹿呼ばわりされたからだって白状したよね。だから僕がセシールに一発食らわせてやったんだよ」
「もちろん覚えてるわよ」前庭の芝生で取っ組み合いをしながら、十八歳のジェラルドはニヤリと笑い、セシールは泣いていた。
「今度は誰に一発食らわせようか?フェリシティ?」
「ああジェラルド、馬鹿なことを言わないで」
「フェリシティに何て言われたの?」
「くだらないことよ」ミランダは息を呑んだ。「私のドレスのために面目をつぶされたんですって。ネックレスもよくないって。思っていたより上手な言い方だったわ————今年の舞踏会のために適切な衣装を持ってないとは知らなかった、知ってたら、彼女の古いドレスを貸してくれた、でももう手遅れ、ですって。地元の女性の中に、私のことで陰口をたたいている人がいるから、ダンスホールには戻って欲しくないそうなの」
「何てひどいことを」もう全然寒くない————憤りで熱くなっていた。「フェリシティは君のことに責任がある立場にいる人なのに」
「実は私の大好きなドレスだったから、ショックだったわ」ミランダは言った。「お気に入りなのに」
少し間をおいて、ジェラルドは突然、気乗りがしないような低い声で笑った。「ミランダ、君はいつも僕の癇癪をなだめることを言うね」
「いつもじゃないわ、だってあなたはいまだにセシールと殴り合いになるじゃない」
「君に対する接し方が嫌いなだけさ」
ジェラルドの言葉によって、慰められる部分もあったが、逆に苛立つ部分もあった。何故、彼はこんな行動を取るのかが理解できなかったから。「どうしてあなたがそんなことを気にするの?」
そう質問されて驚いた。「だって、こんなの不公平だと思うから」
「不公平なんて、世界中どこにでもあるじゃない、ジェラルド」
「何もしないではいられないんだよ」彼は、何か忘れていたことを思い出したように身を引いた。そして、「夕食の時、後悔したんだ……もし僕が……」
「ジェラルド、あなたは自分と何の関係もないことで罪悪感を感じているのよ」彼に対する感情を遠ざけておくことが難しくなっていた。上着を彼に返すと、冷たい空気がドレスの中に入り込んできた。「帰った方がいいわ」
ジェラルドはミランダの助けを借り、肩をすくめて上着をきた後、彼女の手を取った。ミランダは手袋をはめていたが、彼の温かさを感じた。
「まだ航海に出ていて、誰かと戦争を始める必要があるような気がするよ」
「あなたはもう十分私の助けになってくれてる。あなたの家族と一緒にウィントレルホールを出て、その後はローラおばさんの家へ行くのよ」仕事を見つけるつもりだとは言わなかった。ローラおばさんに養ってもらいたくはなかったから。「私のために戦争をしないでね、ジェラルド」
「分かってる、だけど……」彼の指先がミランダの顔に触れた。トーチの光の中で、ジェラルドは困惑しているように見えた。
ミランダは彼を困らせたくなかった。それによって自分がもっと困惑するから。目を閉じて頬を背けた。「ジェラルド————」
ジェラルドはミランダの顎を持ち、自分の方に向けて、彼女にキスをした。
それは、彼女が今までいつも夢見てきた全てがかなう以上のことだった。彼の唇はかたく、手は腰から背中の方まで回って彼女を引き寄せていた。ジェラルドは、ミランダが自分にとって貴重な存在であるかのように、自分にとって意味のある存在であるかのように、キスをした。
ミランダがキスをされたのは初めてだった。少女時代ずっと、航海に出ている若者を思いつつ、男の子にそんな隙を与えないようにしていたが、だんだん歳を取るにつれ、自分にキスをしたい男の子の数は減っていった。
だが、こういうのは少女時代の空想で、今では歳も取り、賢くなった。いくら願っても、ここにいるのはあの理想化された若者ではなかった。
二人は同時に離れた。「ジェラルド」
「ごめん、ミランダ」自分自身の行為にショックを受けているようだった。「僕が悪かった……君のことはとても尊敬している……」
ミランダは全身の力を振り絞り、できる限りの平静を装った。「ただの間違いよ、すぐに忘れるわ」身震いがした。「中に入りましょう。寒いわ」
「そうしよう」彼は腕を差し出し、召使い用のドアへと戻り始めた。
居心地の悪い沈黙、それを破ってジェラルドは言った。「ダンスホールで誰かを探してなかった?」
「ミセス・ピーターソンよ」
「牧師先生の奥さん?」
「コンパニオンか家庭教師を必要としている家族を知らないかどうかを聞きたかっただけ。あなたとローラおばさんがお母様を説得できなくて、エリーと一緒に行かせてもらえなかったときのためにね」
ジェラルドは口を開けたが、何も言わずに口を閉じた。それから言った。「今夜はミセス・ピーターソンとは話せないと思うよ。牧師先生の具合が悪くなって、一時間ほど前に帰ったから」
「ああ、そうだったの」ミセス・ピーターソンを探しているうちに、フェリシティに見つかってしまったということか。明日にでも牧師館に行ってみよう。
ミランダは、自分の指の下にあったジェラルドの腕が硬くなったように感じ、それは襲撃される前の唯一の警告になった。
二人の男の影が見えた。ミランダの側とジェラルドの側に一人ずつ。ミランダは息を呑んだ。そして、自分の方にいた男が突進してきたとき、何故叫んで召使いに警告しなかったのかと自分を責めた。もう一人の男がジェラルドに向かってごつい拳を振った。
しかしジェラルドはかがんで一撃を避け、男に向かって杖を振り上げた。襲撃者は、こめかみに向けられた杖の先をかろうじて避けた。
ミランダの襲撃者は、彼女の腰を強くつかんだ。コルセットは固く巻いていなかったが、身をよじって相手から逃れることはできず、息をついて叫ぶのも難しかった。叫ぼうとしたが弱々しい声しか出ず、男はたこのできた、土の匂いがする手で彼女の口を押さえた。垢と腐った肉の匂いがして、むせ返った。
ミランダは相手を蹴ったが、ブーツに包まれた足に少し傷を与えただけだった。ミランダが腕を振り回すと、相手は唸り声を上げ、彼女の腰を更に強くつかんだ。息ができず、だんだん視界が薄れてきた。
そして、一番口に近い指を噛むことを考えた。血と泥の味がした。
男は叫び、手を引いた。ミランダはできる限り深く息を吸い込んで、叫んだ。襲撃者はたじろいた。
ジェラルドはもう一人の男とまだ格闘していた。杖を刀のように操って、目に見えない弧を描くように振り回した。しかしその時、敷石の上で足を踏み外し、膝がぐらついてつまずいた。
襲撃者はその膝の弱さに気づき、そこを攻撃した。
ジェラルドは叫び声をあげ、その声は家の外壁と一階の高い窓まで響き渡った。顔は痛みのためにひきつり、地面に倒れた。男はジェラルドの膝をまた蹴ろうとしたがそれは外れ、ブーツが滑ってジェラルドの脛に飛んできた。
ミランダは足を後ろの方に蹴ったが、最初は上着が邪魔になった。そして、振り上げたかかとが何か柔らかいものに当たった。
男が急にミランダを落としたので、彼女は地面にころがった。相手は股間をつかみ、その丸い顔は怒りでねじれていた。ミランダを目掛けて蹴ろうとしたが、力が入らないようで、彼女はころがってそれを避けた。
突然、召使い用のドアが開き、従僕が二人、庭に走って出てきた。彼らは二人の男を見つけて、叫んだ。
襲撃者は逃げ始め、木と藪の影を使って闇の中に消えていった。従僕の一人は男たちを追いかけ、もう一人はミランダのところまで来た。
「私は大丈夫よ。キャプテン・フォーモントをお願い」
胸が一杯で苦しくなった。ジェラルドは地面に横たわって膝をつかみ、その顔は死んだように真っ白だった。
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