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【ひとり寿司】第2章

→ 作品ページにもどる 第2章 祖母は、レッドエッグアンドジンジャー・パーティの最中に「豊胸手術」と大声で言っただけではなかった。 長く苦しい一瞬だった。レックスの鼓動は止まり、その後、ナスカー・レースのようなスピードで再び打ち始めた。振動するハンドルにしがみついているように、手が震え、こわばった。だが、祖母を操縦するのはどうしても無理。情けない。 レックスは深く息を吸い、戦闘のために身を固めた。「おばあちゃん、そのことは、また今度話そう」 祖母の目が鋭くキラッと光った。「どうして? そんな塩のシェーカーみたいなんじゃ、男の子が寄りつかないのは当然よ」 塩のシェーカー??? 祖母は、「レックスのおばあちゃんが何でも直してあげる」という表情をしていた。その眼差しが下の方で止まった。「サイズは? Aカップかしら? 大丈夫よ、友達のミセス・チャングを知ってる? あの人の二回目のご主人は……」 (おばあちゃん、外に出ましょう。今すぐ)レックスは、祖母の体を取り押さえて運び出し、そこで絞め殺すという素敵な白昼夢をもてあそんだ。 現実に戻り——祖母を乱暴に扱うなんて不可能だ。一見、デリケートに見える老婦人なのだから。 応援が要る。祖母が怒鳴っているので、レックスのいとこ達が寄ってくるはず。騎兵隊はどこにいるのか? いたいた、いくつかテーブルをはさんだところでしゃべっている。レックスが瀕死の危機にさらされているというのに。トリッシュの体はレックスの方を向いていたが、隣のテーブルにいる男の子に気のある素ぶりで横目を流している。レックスは手をあげて振った。 「手を振り回すのをやめて、レックス。ちゃんと聞きなさい。ミセス・チャングがご主人を連れて来てるはずだから」 「だけど私のドレスが……」かたまりかけているソースが胸骨の上で不気味な弧を描いていた。 「今ここで診察するわけじゃないのよ」祖母の理性的な口調は、コールでアイラインを描いた頑固な目つきに隠された、残忍で精神異常者のような心と正反対だ。 レックスはやけくそになって、トリッシュの方を見ながら両腕を高く上げて振った瞬間——少なくとも、このタイトなワンピースを着ながらできる限り高く——椅子から立ち上がろうとした中年男性のあごを引っぱたいてしまった。「きゃっ、ごめんな...

【ひとり寿司】第1章

『ひとり寿司』 寿司シリーズの第一作 著者:キャミー・タング 日本語訳:西島美幸 → 作品ページにもどる 第1章 食べて帰る。することはこれだけだった。 遅れたことを理由に祖母に殺されなければ、の話だが。 レックス・坂井は中華料理店の戸口をさっと通過し、人々の会話、赤ちゃんの泣き声、香水と古いごま油が混じったにおいの中にとけ込んだ。敷居でつまずいて、足首をひねりそうになった。この忌々しいパンプス。ハイヒールは苦手だ。 いとこのチェスターは、開いた戸口に隣接する壁に押しつけられた小さいテーブルの後ろでくつろいでいた。 「ああ、チェスター」 「遅いじゃないか。ばあさんが機嫌を損ねるぞ。ここにサインしてくれ」チェスターは、周囲にのり付けされた、ピンク色のレースがやけに目立つゲストブックを指さした。 「これはどうすればいい?」レックスは、ベビー用品店の箱をテーブルに置いた。 チェスターはその箱をつかんでラベルをつけ、慣れた手つきで後ろにポンと投げた。フリルの付いた受付のテーブルの上から見えなくなって欲しいかのように。 レックスには彼の気持ちがよく分かった。いとこ達の多くが子供を持つようになり、中には日本人と中国人のハーフもいる。だから少々退屈でも、いとこ達の多くは中国の伝統的なレッドエッグアンドジンジャーのように盛大なパーティを開いて、生まれた子を「お披露目」していた。家族の大多数は日系アメリカ人なのだが。 レックスはかがんで、ゲストブックに自分の名前を書いた。新しいタイトなドレスは腹筋の辺りまで切れ込みが入っていて、布地は背筋を横切るようにピンと張っていた。トリッシュに説得されて買ったこの流行りのドレスは、レックスのスポーティなシルエットをいくらか曲線的に見せたが、コルセットを付けているようで動くのがむずかしい。前から持っているルースフィットのドレスを着ればよかった。「料理はどう?」こんなに騒々しい集まりの中で唯一価値のあること。ビーチの方がよかったな、とレックスは思った。 「まだ出てこないんだ」 「なーんだ。おばあちゃんの機嫌がまた悪くなるわね」 チェスターは顔をしかめ、真っ赤なカーテンがかかった壁と、巨大な金色のドラゴンの壁掛けがある広間の隅を指さした。「あそこにいるよ」 「サンキュー...

【独身淑女のクリスマス】 あとがき・作者より

→ 作品ページにもどる あとがき 読者の皆さんへ 「独身淑女のクリスマス」を楽しんでいただけましたか?イギリス摂政時代のクリスマスについて調べるのはとても楽しく、特に食べ物の描写は、見ているだけでお腹がすいてくるようでした!  摂政時代に使われていたような1837年の模様を使って、ジェラルドの赤と黒のスカーフを編んでみました。ブログに載せてありますから、編み物をされる方は是非http://bit.ly/KnitGerardsScarfをのぞいてみてください。  ウィンウッド夫人とミスター・ソル・ドライデール、そしてその家族のロマンスについてのストーリーを楽しみにしていてくださいね。この二人のちょっとしたロマンスもあるかもしれません!ウィンウッド夫人シリーズの続巻は今年の終わりに発表する予定です。Eニュースレターでお知らせしますから、購読をお忘れなく。  摂政時代のロマンスをテーマにしたその他の著書には、カルテット紳士シリーズの一冊目「主へのプレリュード」があります。今年の後半から来年にかけて、このシリーズの続巻を予定しています。 キャミー 追伸  校正者が見落としたタイプミスなどにお気付きの方は、どうか私にメッセージを送ってください。よろしくお願いします! → 作品ページにもどる → 他の作品を見る ※最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。